うたがい)” の例文
われらのいはゆる理窟に、理窟なりや否やのうたがいありとの事なれども、理窟なりや否やは知識上の事なれば疑問となるまでの価値なし。
人々に答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
これをもってこれを見れば、古来貞操に関するうたがいを受けて弁疏べんそするあたわず、冤枉えんおうに死せし婦人の中にはかかる類例なしというべからず。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と得三は下枝に責め問い、うたがいを晴さんと思うめれど、高田はしきりに心急ぎて、早くお藤のかたをつけよ。夏とはいえど夜は更けたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二には減禄ののちは旧にって生計を立てて行くことが出来ぬからである。その母を弘前に遺すのは、脱藩のうたがいを避けんがためである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こう云われて見ると、田口が自分に気を許していない眼遣めづかいやら言葉つきやらがありありと敬太郎けいたろうの胸に、うたがいもない記憶として読まれた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大倉ダイクラ山は二千五十四米の大倉山と同じものであることはうたがいなきことであって、入山村の住民は此附近までさかんに山稼ぎに入り込み
上州の古図と山名 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
この鼻の良い恋の猟夫ハンターは、若い尼の態度に、多少のおそれとうたがいはあるにしても、少しも自分を嫌う様子の無いことを早くも見て取ったのです。
百唇の譜 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そのふるえようがあんまりひどいので私は少し神経病のうたがいさえももちました。ところが水をのむとその人は俄かにピタッと落ち着きました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
吾々の此の日常生活というものに対してうたがいをもさしはさまず、あらゆる感覚、有ゆる思想を働かして自我の充実を求めて行く生活、そして何を見
絶望より生ずる文芸 (新字新仮名) / 小川未明(著)
山田を始め七人の運命は、何のうたがいを挟む余地もなく、簡単に、礙滞こだわりなく、至極男性的に、明白に処断されたのは勿論である。
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
それは彼の犯罪準備行為を、態と大胆に曝露ばくろして、相手を油断させ、相手にうたがいを抱かせまいとする、捨身の計略であった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこでうたがいが起りました。蠅には毒になっても鶏には毒にならないのか、それとも蠅を殺す分量では鶏を殺すまでに至らないのかとも思いました。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
物にもよりますが、こんな財物たからを持っているからは、もううたがいはございませぬ。引剥ひはぎでなければ、物盗ものとりでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、光は暗かった。その上、巡査の心にそうしたうたがい微塵みじんも存在しないらしかった。彼は、やっと安心して、自分の物でない物を、自分の物にした。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
御年おんとし四十にして、御鬚おんひげへそぎさせたもうに及ばせたまわば、大宝位たいほういに登らせたまわんことうたがいあるべからず、ともうす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あの月島と日本橋室町とが、もし、地中路で続いていたとしたら、このうたがいがうまく解けるじゃないですか」
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これらの便・不便を考うれば、小学の初学第一歩には、平仮名の必要なること、うたがいをいるべからざるなり。
小学教育の事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
神は今やわが敵となりて我を撃ちたるかと、これ彼の暗きうたがいであり、またの懊悩の原因であったのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
例えば距離が変化を顕著にすることなどは、仮にまだ理論の満足にこれを説明し得るものがなくとも、次第に実験を積めばもううたがいの余地がなくなるはずである。
フランボーはアンソニーとはうたがいもなく元の伊太利イタリー名をノーフォーク流に呼んだものに相違ないと思った。
それにしても夕暮ゆうぐれの湖の紅鶴べにづるのような、何とさびしい女だろう。それはうたがいもなく、彼の妻だった女である。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
今年の夏、東恩納君が大学を卒業して帰った日、早速あの瓦の事を尋ねると、専門家の鑑定によれば、うたがいもなく鎌倉時代のものであるとのこと。私は飛立つように喜んだ。
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
そこで「緑内障」のうたがいありとして、入院治療を勧められ私がその受持となったのであります。
痴人の復讐 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
秋山紳士は、自分にかけられたうたがいが解かれそうになったので、元気を取戻とりもどしながら話した。
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この頃新聞に見え候勇士々々が勇士に候はば、私のいとしき弟もうたがいなき勇士にて候べし。
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
瘠我慢やせがまん一篇の精神せいしんもっぱらここにうたがいを存しあえてこれを後世の輿論よろんたださんとしたるものにして、この一点については論者輩ろんしゃはいがいかに千言万語せんげんばんごかさぬるも到底とうてい弁護べんごこうはなかるべし。
支配人と岩見とは厳重に調べられたが、支配人の言は全く信用するに足るもので、岩見も当時殆ど人事不省の状態にあったのであるから、これ亦うたがいをかける余地がなかったのである。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
なぞはその部分に比較的はつきりとあらわれてゐるやうに伊曾は思つた。彼は執拗しつように凝視を続けてゐた。明子が彼の視線の方向に気づいてゐることはうたがいもなかつた。伊曾はその効果を待つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
ただ気圧の点あるのみ、勿論運動または沐浴もくよく不如意ふにょい等も、大に媒助ばいじょする所ありしには相違なきも主として気圧薄弱のしからしむる所ならんか、しばらうたがいを存す、もし予にして羸弱るいじゃくにして
この自分が大怪物だいかいぶつである事を悟らずに種々いろいろ怪物ばけものの事を想像してやれ宙を飛んだり舞ったりするのが怪物ばけものであるの、怪物ばけもの目方めかたはないなぞと勝手に考える、しかしこれは疑えばうたがいが出て来る
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
ところで、今まで伝えられていただけの事実を見たとして、私は、空しく手を引かなければならないでしょうか、大寺の犯罪には少しもうたがいはないでしょうか。私はそうは思いませんでした。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
杉村はいかほど遊び歩いていても、おのれの独断にはうたがいはさまない、極めて粗雑な考えの人なので、お千代がその夜の態度を見て、簡単にこれほどの女は世間をさがしても容易には得られまい。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もし私を了解しているならば、私に対してうたがいさしはさむ事が出来ないはずだ。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
もしこんなことを女主人おんなあるじにでも嗅付かぎつけられたら、なに良心りょうしんとがめられることがあるとおもわれよう、そんなうたがいでもおこされたら大変たいへんと、かれはそうおもって無理むり毎晩まいばんふりをして、大鼾おおいびきをさえいている。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
さて私はこのことについて一つのうたがいを挟むことを許されるであろう。
私には昔から如何どういう者かこのうたがいがあるので、始終胸を痛めてるので御座ます、知らして益のない秘密だから父上おとうさまも黙ってお居でになるのでしょうけれど、私は是非それが知りたいので御座います。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
(6)福州の南台に琉球館があって此処ここに通事が常置してもあったことは言うまでもない。「夷語音釈」の方には琉球とは断ってないが、収めてある言語から推定してやはり琉球語たることはうたがいない。
結縁けちえんうたがいもなき花盛り
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
の消えたその洗面所のまわりが暗いから、肩も腰も見えなかったのであろう、と、うたがいの幽霊を消しながら、やっぱり悚然ぞっとして立淀たちよどんだ。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは抽斎の師となるべき人物を数えて京水けいすいに及ぶに当って、ここに京水の身上しんしょうに関するうたがいしるして、世の人のおしえを受けたい。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
或は夫等からも何等か示唆されているのではないかとのうたがいを持っている、唯私の力では今の所それを解決し得る見込みはない。
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
余は文法論につきてなほ幾多のうたがいを存する者なれども、これらの俳句をことごとく文法に違へりとて排斥する説には反対する者なり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
津田は心の中で、この叔父と妹と対坐たいざした時の様子を想像した。ことによるとそこでまた一波瀾ひとはらん起したのではあるまいかといううたがいさえ出た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
国府老人殺しのうたがいは十分にあったのですが、証拠不十分でそれは不起訴になったことは、皆様も御存じのことと思います。
すると千代子は、やっぱりうたがい深い様子を改めないで、何のかのと口実を構えては、彼の勧めをこばもうとばかりするのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一家のうちうたがいという事が起ったらたちまち和気が消滅する。だから家庭の人たちは少しの事でもたがいに疑いを起させないようにと心掛なければならん。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
われ聖徒となりて父の業を継ぎ、神学を学ぶうちに、聖書の内容にうたがいを抱き、医薬化学の研究に転向してより、宇宙万有は物質の集団浮動に過ぎず。
悪魔祈祷書 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今は、この僧が来ると、誰か一人この村で死ぬのでないかといううたがいを抱かぬ者はなかった。曾て誰やら言った噂を気にせない者はないようになった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
新しく兄を失った青木と云う青年が、彼女が青山墓地で見たその人であることに、もう何のうたがいも残っていなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
建文永楽のかん、史に曲筆多し、今あらたに史徴を得るあるにあらざれば、うたがいを存せんのみ、たしかに知るあたわざる也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)