“奚疑塾”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
けいぎじゆく50.0%
けいぎじゅく50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
天民貧道など奚疑塾(けいぎじゆく)に居候時分、百疋(ひき)持た弟子入(でしいり)が參れば、よい入門と申候物が、此頃は天でも五山でも、二分(ぶ)の弟子入はそれ程好いとは思はず、流行はあぢな物に御座候。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
姪は素(もと)女子の謂ふ所であつても、公羊傳(くやうでん)の舅出(きうしゆつ)の語が廣く行はれぬので、漢學者はをひを姪(てつ)と書する。そこで奚疑塾(けいぎじゆく)に學んだ壽阿彌は甥と書せずして姪と書したものと見える。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
五郎作は少(わか)い時、山本北山(やまもとほくざん)の奚疑塾(けいぎじゅく)にいた。大窪天民(おおくぼてんみん)は同窓であったので後(のち)に迨(いた)るまで親しく交った。上戸(じょうご)の天民は小さい徳利を蔵(かく)して持っていて酒を飲んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
星巌は古賀精里(こがせいり)、山本北山の二家に就いて業を受けたがいくばくもなくして帰省し、七年を経て年二十二、文化七年に至って再び江戸に来り、北山の奚疑塾(けいぎじゅく)にあること六、七年
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)