此所ここ)” の例文
「おや、此所ここにいらっしゃるの」と云ったが、「一寸ちょいと其所そこいらにわたくしくしが落ちていなくって」と聞いた。櫛は長椅子ソーファの足の所にあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寺町通りには軒並みに仏師屋があってそれぞれ分業の店々がまた繁昌をしている。中古の(前同意義)仏師の本家は此所ここでありました。
「一刻も早く御帰国なさい。だが此所ここで御覧のとおり、事態は極度に悪化しています。のがれる路は唯一つ、おほりをくぐって、山下橋やましたばしへ」
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
類品るゐひんよりでたれど此所ここげたるものは武藏荏原郡大森貝塚より出でたるなり。骨器の類は此他種々れどはんいとひてしるさず
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
「えゝ/\、夫れは本当においしいのよ。これから谷川へ行つて、うんと捕つて来てあげるから、此所ここ温順おとなしく待つておいで。」
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
驚くまいことか、これがお政が外出そとゆきたった一本の帯、升屋の老人が特に祝わってくれた品である。何故なぜこれが此所ここに隠してあるのだろう。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
よびつかはしたり必らず/\心配しんぱいするに及ばず早々此所ここあふべきかぎを持參して此錠前このぢやうまへあけよと申されしかば漸々やう/\吉五郎はホツと太息といき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此所ここの渡しというのは、別に渡し守がいるのではなく、船だけ備えて有るばかりで、世に云う手繰り渡しに成っているのだ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そうした麻酔によるエクスタシイの夢の中で、私の旅行した国々のことについては、此所ここに詳しく述べる余裕がない。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ほんとにそんな事も云たそうですがね、なにも、そんなに腹がたつなら、此所ここの家に居ないが宜じゃ有りませんか。私ならすぐ下宿か何かしてしまいまさア。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
(中略)三八は身ごしらへして、娘うちつれ出でにける。名にしおふ難波なには大湊おほみなとまづ此所ここへと心ざし、少しのしるべをたずね、それより茶屋奉公にいだしける。
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
憲政そのものはすこぶる複雑の政治にして、人文の発達によって起った事は、諸君のご承知の事であります。人文の発達に伴えば、自ずから輿論が此所ここへ成立つのである。
憲政に於ける輿論の勢力 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
此所ここが実に嬉しいところサ。植物も生きている。動物も生きている。実は植物も動物もおなじものサ。婦人の手が触れると喜ぶなんかんという洒落た助倍すけべいの木もある。
ねじくり博士 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
此所ここには「河原の湯」と云う名湯がある、弥之助はこの湯が好きなので宿の内湯等は二の次にして此所であたたまる事を楽しんで居た、河原の湯は昔とは違って改造され
此所ここに落付くことになったが、何分にも下は湿っているし、寒くはあるし、中々眠ることは出来ない、その上に雨は本式に降り出したので、何んともいえない困難をした。
利尻山とその植物 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
此所ここに居る自分と同じ運命の人間は、大約かれこれ三千人と云う話だが、内容なかみは絶えず替って居る。
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
そんなら沢山も有りません、金はわずかだが、このうしろの山の焚木たきゞうちの物だから、山のわらびを取っても夫婦が食って行くには沢山ある、また此所ここうすれば此所で獣物けだものが獲れる
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
選手は幸いにして、数分後には、気を取り直しボオトを引き上げ、更衣所こういじょに帰るや、一同その場に打ちたおれ、語るに言葉なく、此所ここにもつづるレギヤツタ血涙史けつるいしの一ペエジを閉じた≫
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
捕れた男の顔は、土色と変ってじっを据えて下を向いている——此所ここには文明の手が届いていない。警察の権利が及んでいない。全く暗黒の山奥で、人の知らぬ秘密が演ぜられる。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
此所ここはフランスで一番古い町だと言われフランス語の発生地だそうです。だから農夫達の話すのでもとても正確な発音なので私の今度の旅行の重大な目的である会話の上達に役立つわ。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
陳はその庭を通って小さなちんそばへ往った。そこに鞦韆ぶらんこたながあったが、それは雲と同じ高さのもので、そのなわはひっそりと垂れていた。陳はそこで此所ここ閨閣おおおくに近い所ではないかと思った。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
或いは又、孫のハアモニカを、じいに借せとだまして取上げ、こっそり裏口から抜け出し、あたふた此所ここへやって来たというような感じでありました。珠数じゅずを二銭に売り払った老爺ろうやもありました。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
大丈夫助り候由に受合申候、十八歳に成候男は土藏の戸前をうちしまひ、是迄これまではたらき候へば、私方は多町一丁目にて、此所ここよりは火元へも近く候間、宅へ參り働き度、是より御暇被下おんいとまくだされと申候て
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
西鶴も「さて此所ここの私雨、恋をふらすかと袖ぬれて行ば」(『三代男』)「軒端はもろ/\のかづらはひかゝりてをのづからの滴こゝのわたくし雨とや申すべき」(『五人女』)などと使っている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
もう此所ここで己はつかえる。誰のたすけを借りて先へ進もう。1225
光太郎智恵子はたぐひなき夢をきづきてむかし此所ここに住みにき
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
此所ここにして地平は高しはろばろに雲居垂れたり日の落つる雲
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と、此所ここを立ちたい希望を小声に洩らした。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「わしだよ。此所ここを開けなさい」
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
法華堂、常行堂じょうぎょうどうが左右にあって中央は通路をまたいで橋が掛かり、これをくぐって中堂がありました。此所ここが山中景色第一の所でした。
私は特に流れ込むという言葉を此所ここに用いました。もともと淡い影のような像ですから、胸を突つくのでも、鋭く刺すのでもない様です。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
七月の声は聞いても、此所ここは山深い箱根のことです。夜に入るとやり穂先ほさきのように冷い風が、どこからともなく流れてきます。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此所ここに畫きたるものは伊豆君澤郡久連くづら村より出でしものなるが、類品るゐひん諸地方しよちはうより出でたり。恐らくは網のおもりならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
あづかる者は器量きりやうなくて有べきや斯樣かやうなる事わきまへぬ其方にても有可ざるに事の此所ここに及べるはまことうたがはしきことどもなり是其方に疑ひのかゝ糺問きうもんせざるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此所ここに現象しているものは、確かに何かの凶兆である。確かに今、何事かの非常が起る! 起るにちがいない!
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
生縄のお鉄から教わった縄抜け縄切りの法を、此所ここに早速応用するのだ。それが一番の上策だと考えた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
此所ここには商科の人もいる。理工科の人もいる。この中から大発見家、大なる天才が起るかも知らぬ。起るかも知らぬではない。起らなければならぬ。必ず起るに相違ない。
始業式訓示 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
日も西山せいざんにかたむき、折ふししよぼ/\雨のふるをいとはず、歩きをたのしみにうでこきする男、曾我宮そがのみや日参ひまゐり此所ここを通りけるに、池の中より『もしもし』と呼びかくる。
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「それは面白い、その岩を、是非見たいものだ。民部大輔は、日本一の力もちだから、きつと、持つてきたに相違ない。早く此所ここへ、もつて来るやうに、言ひつけるがよい。」
岩を小くする (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
草は少ない方ではないといって宜しかろう、この辺に、タカネオウギの自生しているのを見た、絶頂から少し向うへ下る所まで、木下君と同行したが、此所ここでとうとう同君と分れて
利尻山とその植物 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
わっちの妹に違いないのだ、此の間の火事に母親おふくろに放れ、行方も知れねえから段々様子を聞くと、此所ここに居る事が分り、路銀を遣い、此様こんな山の中まで尋ねて来て、手ぶり編笠あみがさけえられましょうか
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
下等だ。毛虫だ。助けまい。あの男を撃つより先に、やはりこの女と、私は憎しみをもって勝敗を決しよう。あの男が此所ここへ来ているか、どうか、私は知らない。見えないようだ。どうでもよい。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「君は、いったい此所ここで何をしているのだ」
荷花公主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その寒さを何とも思わず、群衆はこね返している。商売人の方はなおさら、此所ここ先途せんどと職を張って景気を附けているのです。
代助の心の底をく見詰めていると、彼の本当に知りたい点は、却って此所ここに在ると、自から承認しなければならなくなる。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「至急当直将校に会わせて下さい。内容はお目にかからなければ言えませぬ。早く願います。僕の名刺めいし此所ここにあります」
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
此事に付きては後段こうだんべつに述ぶる所有るべけれど、土偶の形状けいじやうはコロボツクル日常の有樣ありさまもととして作りしものならんとの事丈ことだけ此所ここに記し置くべし。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
きはめ其夜兩國橋へ行きすでに身をなげんとたりしとき小提灯こちやうちんを持ちたる男馳寄かけよつてヤレまたれよと吉之助をいだとゞめるに否々いな/\是非死なねばならぬ事あり此所ここはなしてと云ふを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
東面山麓とうめんさんろく山土さんど崩壞ほうくわいして堆積たゐせきしたる一に、祝部高坏土器いはひべたかつきどき發見はつけんしたので、如何どう此所ここあやしいと、人類學者じんるゐがくしやならぬ土方どかた船町倉次郎ふなまちくらじらうといふのが、一生懸命しやうけんめいすゝんでほか
此所ここまで登るには随分長い年月を費やしたのである。富士山へ登るよりも困難であった。しかして此所まで登ったものを一朝にして破壊した。僅々四年の間に山を下ってしまったのである。
始業式に臨みて (新字新仮名) / 大隈重信(著)