)” の例文
この程度に、生活をしていることは、彼としては、かなり自戒を保って、生れ変ったほど、身を修めているつもりなのである。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
常に一切の事物を自個の標準によって判断し、自個以外に偉人を認めざりし態度をしたるをもって、絶対的傍観の見地に立てりと断ぜんと欲す。
絶対的人格:正岡先生論 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
貧なればよく質素にあまんずといへども僅少きんしょうの利を得ればただちに浪費するへきある事なり。常に中庸をとうとび極端にする事を恐るる道徳観をする事なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もっとも俳句界の盛時というべき元禄と天明とで比較すると、元禄はで、天明は京の勝なのですから、全体の上で京の勝というても宜しいのです。
俳句上の京と江戸 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
燕将張武ちょうぶ悪戦して敵をしりぞくといえども、燕軍遂にたず。ここに於て南軍は橋南きょうなんとどまり、北軍は橋北に駐まり、あいするもの数日、南軍かて尽きて、を採って食う。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
新聞しんぶんには講演かうえん梗概かうがいたが、新聞しんぶん記事きじには、信用しんようはらはぬ一にんであるので、しようとせぬ)として、生意氣なまいきながらごとせつするのである。
帆村は、お化け鞄については、前章に述べたような見解をしていた。しかし彼は、この鞄の素性すじょうについてまだ突き留めていないことは、田鍋課長の場合と同じだった。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは天性英雄えいゆう豪傑ごうけつならぬものが、英雄豪傑を気取り、傍若無人ぼうじゃくぶじんてらい、なに彼奴きゃつらがという態度をすることは、あるいはこの方法で成功するものもあるか知らぬが
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
鄙近ひきんにいえば潔癖、突込んで言えばこれが正しい事を好む心と連関している。この性情が自分の貞操を正しくすることの最も大きな理由になっているように考えられる。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
又身をすること謹厳で、倹約を旨とし、大臣の位に六年の間いたけれども、家にあっても、外にあっても、大臣の作法を振舞わず、外出の時は前駆を具して行くことはめったになく
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かねてから自分は個々の短篇を重ねた末に、その個々の短篇が相合して一長篇を構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうかという意見をしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
卑俗低調の下司げす趣味が流行して、詩魂のない末流俳句が歓迎された天明てんめい時代に、独り芭蕉の精神をして孤独に世から超越した蕪村は、常に鬱勃うつぼつたる不満と寂寥せきりょうに耐えないものがあったろう。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
恭倹きょうけんおのれするつもりだ。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
円満具足えんまんぐそくの己れをした
傾ける殿堂 (新字旧仮名) / 上里春生(著)
おおやけに奉ずること謹慎、王室につくすこと忠誠、身をすること倹素。——そう三つの自戒を以て終始していたといえよう。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
慨世のなげき、憂国の涙、二人あいして、泫然げんぜんとして泣きしが、すなわち酒をみてともちかい、死を以て自ら誓い、済南せいなんはしりてこれを守りぬ。景隆ははしりて済南にりぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし公平に考えて見まするに、やはり無勝負のというが正当でありましょう。
俳句上の京と江戸 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
後世の男子が我儘わがまま玩弄物がんろうぶつの如く女子を選ぶよりも、更に数層はなはだしい強圧即ち暴力を以て女子を掠奪りゃくだつしたのであるから、当時の女子に純潔をすることの出来なかった事は想像が附く。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「だからいけない!」鴻山はいよいよ説をした。「それほど、阿波の力が大きいのだ、将軍家でもおそれているのだ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひくうして以て みづからす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
元々、九州九ヵ国の諸豪は相譲あいゆずらぬ対立をしていたし、またとくに、少弐、大友の二氏は、菊池党とはまったく違う時勢観と利害の上にも立っていた。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、いくばくもなく、南都に遊び洛内にじゅうし、いつか東寺とうじ長者ちょうじゃ、醍醐の座主ざすにまで補せられて、四曼三密しまんさんみつ棟梁とうりょうと、人もゆるし、みずからもすこの文観もんかん
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自ら高くすのではないが、秀吉の平常の言そのままを以てすれば、半兵衛は左の腕と思うぞ、官兵衛はわが右腕だぞと、酒興しゅきょうのうちにもいっていた主人である。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御代みよしずめ、世を護りたまわんがために、悪をはらい、魔を追うところの降魔ごうまの剣であり——また、人の道をみがき、人の上に立つ者が自らいましめ、自らするために
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
北越にはみずから、北越の鎮をもって任ずる謙信以来の上杉家が、高くしつつ、しかも独自の経略をもって、この大風雲期を乗り越えてゆかんとする風があった。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高貞は心の眼をくばって、終始、鎌倉の代官たる自分をしていた、というよりも帝のおことばといい、道誉と清高のあいだなども、仔細に、猜疑さいぎしていたのだった。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは、にんを守って人とり、にんして、強国の間に生き、忍にって今日の位置を築いた。消極的な忍ではなく、積極的な大希望を遠くに期している忍であった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その情念の上に、理念からも、堂々たる正論を掲げて、衆判しゅうはんに問うたのであるから、さしも自主緘黙かんもくしていた諸将も、秀吉の主張にうごかされたのは当然であった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、夫婦共にまだ、どこか以前の気位をしていて、そうあかじみた生活に疲れてもいない。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
荊州九郡の内、残るは麦城の一くつのみ、今やことごとく呉軍でないものはありません。しかも内にかてなく、外に救いなき以上、いかに将軍が節をしても無駄ではありませんか。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いえいえ、まんしてうごかぬようす、敵の気ごみはすさまじゅう見うけられます」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
探題の前でもたかくしてくだらず、正成の幼時に兵学を教授したことはあるが、千早の籠城などには一切関知してないといい、その理由として、自分は元々、北条一族の者である
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さきに践祚せんそあらせられた持明院統の天子のお次には、ぜひとも、准后さまのお腹になる成良なりなが親王をして皇太子におすえ申しあげたいものと、いまからその案などをしております。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま天下信長公のぶながこうきのちは、西に秀吉ひでよし、東に徳川とくがわ北条ほうじょう北国ほっこく柴田しばた滝川たきがわ佐々さっさ、前田のともがらあって、たがいに、中原ちゅうげんねらうといえども、いずれもまんしてはなたぬ今日こんにち
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし麾下きかの軍団は、幾段、幾十隊か数も知れない。そしてそれぞれ金甲きんこう鉄鎗てっそう燦然さんぜんたる部将のもとにたてをならべ——ござんなれ烏合うごうの賊——と弩弓どきゅうまんして待ちかまえていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
謹厳おのれをしていやしくもせず、日頃はあまり大きな声すら出さない孔明が、断乎、斬れ! と命じたのであるから、人々みな慄然りつぜんとすくみ立って、どうなることかと思っていた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわゆる院政の権をかたくされ、朝廷をすら、意にかいし給わぬ御存在です。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左衛門は、彼らがなお、首尾両端をし、秀吉方へつこうか、家康方へ組そうか、一城の方向としてよりも、自分自分の方途として、心のうちで迷っているらしいものを見のがせなかった。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、かたくしているふうであると、さぐりの者は城中へ告げて来ている。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なども人いちばい意識にい彼で、時流の武人どもからいわせれば、ふるい武将型と笑うかもしれないほど名を重んじ、またつねに源家の嫡流ちゃくりゅうたることを、ほこり高くしている義貞でもある。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よくこの地方を治めて来たという一事だけでも、彼が尋常一様な凡物でないことは証し得て余りがある。まして麾下百錬の精鋭はなお“滝川衆”の名をして誇る剛強揃いでもあるにおいては。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仲間の見ている手前もあるが、平常でも、主持ちの士とか、少し身分のある武士に対すと、下風にはつかぬぞ、へつらいはせぬぞ——と殊さらに態度をして示す——野武士たちの通有性でもあった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後見の父親房は、あの「神皇正統記」の著者ちょしゃでもあった。それでもわかるように身をすことみずからきびしく、神国、皇室、万世一系をとする主義のほかには生きがいもないかのような人である。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まんす——
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)