我知われし)” の例文
紫玉は我知われしらず衣紋えもんしまつた。……となへかたは相応そぐはぬにもせよ、へたな山水画のなかの隠者めいた老人までが、確か自分を知つて居る。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
このときからわたしは我知われしらずかの女を、なにか後光につつまれた人間以上いじょうのものに思うようになり、それが白い大きなつばさをしょってはいないで
かれかしらげては水車みづぐるままた畫板ゑばんむかふ、そしてり/\愉快ゆくわいらしい微笑びせうほゝうかべてかれ微笑びせうするごとに、自分じぶん我知われしらず微笑びせうせざるをなかつた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
いまはと決心けつしんほぞかたまりけんツト立上たちあがりしがまた懷中ふところをさしれて一思案ひとしあんアヽこまつたと我知われしらず歎息たんそくことばくちびるをもれて其儘そのまゝはもとのとほ舌打したうちおとつゞけてきこえぬ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
蘿月らげつ稽古けいこのすむまで縁近えんぢかくに坐つて、扇子せんすをぱちくりさせながら、まだ冷酒ひやざけのすつかりめきらぬところから、時々は我知われしらず口の中で稽古けいこの男と一しよにうたつたが
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「はは、かうなりやあ人間にんげんもみじめだ‥‥」と、わたし暗闇くらやみなか我知われしらず苦笑くせうした。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
兎も角も先道連みちづれに成申さんとて是より彼の男と同道どうだうして行程に彼旅人は旅馴たびなれたる者と見えて此邊の名所々々知らざる處もなく此處こゝに見ゆるが比良ひらの高嶺彼處が三井寺堅田かただ石山などと案内者の如くをしふるにぞ友次郎夫婦は我知われしらず面白き事に思ひ猶樣々に此處はなに彼處かしこ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
用いてさまではなあるものとも覚えぬものから句ごとに文ごとにうたゝ活動するおもむきありて宛然さながらまのあたり萩原某はぎわらそれおもて合わするが如く阿露おつゆ乙女おとめ逢見あいみる心地す相川あいかわそれの粗忽そゝっかしき義僕ぎぼく孝助こうすけまめやかなる読来よみきたれば我知われしらずあるいは笑い或は感じてほと/\まことの事とも想われ仮作つくりものとは思わずかし是は
怪談牡丹灯籠:01 序 (新字新仮名) / 坪内逍遥(著)
なつかしい。わたし貴下あなた七歳なゝつ年紀とし、おそばたお友達ともだち……過世すぐせえんで、こひしうり、いつまでも/\、御一所ごいつしよにとおもこゝろが、我知われしらずかたちて、みやこ如月きさらぎゆきばん
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
長いあいだわたしは火をながめていたけれど、だんだん我知われしらずうとうとし始めた。
もしやおまへさんはと我知われしらずこゑをかけるに、ゑ、とおどろいてふりあふぐをとこ、あれおまへさんはのおかたではいか、わたしをよもやおわすれはなさるまいとくるまよりすべるやうにりてつく/″\とうちまもれば
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いま客人きやくじんながさまだ車代しやだいくれんともせず何時いつまでたするこゝろにやさりとてまさかにはたりもされまじなんとしたものぞとさしのぞおくかた廊下らうかあゆ足音あしおとにもおもてくわつあつくなりて我知われしらずまたかげ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかりつけられて我知われしらずあとじさりする意氣地いくぢなさまだしもこほる夜嵐よあらし辻待つじまち提燈ちやうちんえかへるまであんじらるゝは二親ふたおやのことなりれぬ貧苦ひんくめらるゝと懷舊くわいきうじやうのやるかたなさとが老體らうたいどくになりてやなみだがちにおなじやうなわづらかたそれも御尤ごもつともなりわれさへ無念むねんはらわたをさまらぬものを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)