こころ)” の例文
太夫様が仰っしゃるには、先刻からお席をはずし、定めしこころない女子おなごと皆様がお思いに違いない。けれどあのような困ったことはない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて胸はその花のごとく燃ゆるをおぼえ、こころはかの帆影の星のごとくただよふをわかざらむとす、そは佐用姫さよひめの古事を憶ひいづればなり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
「相見れば常初花とこはつはなに、こころぐし眼ぐしもなしに」(巻十七・三九七八)、「その立山に、常夏とこなつに雪ふりしきて」(同・四〇〇〇)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
でも、こんなに父の死を惜しんでくれる人たちもあるというその熱いこころに動かされて、宗太も倹約一方の説をくつがえし、結局勝重の意見をいれた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
相手の女は期待したより上タマでは有りましたが、私のこころには既に最前の色情気分エロティシズムは消えて階下の疑問の女に注意が惹かれる許りでありました。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
いましふ所の如くば、の勝たむこと必ずしからむ。こころねがふは、十年百姓をつかはず、一身の故を以て、万民おほむたからわづらはしいたはらしめむや。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
じつと松太郎の寝姿を見乍ら、大儀相に枕頭まくらを廻つて、下駄を穿いたが、その寝姿の哀れに小さく見すぼらしいのがお由の心に憐愍あはれみこころを起させた。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
梅子が泣いて見あげた眼の訴うるが如くわびるが如かりしを想起おもいおこす毎に細川はうっとりと夢見心地になり狂わしきまでに恋しさのこころ燃えたつのである。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そこのそうしたさまになったと一しょに、伝法院の横の、木影を帯び、時雨のこころをふくんだその「細工場」は「ハッピー堂」と称する絵葉書屋になった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
どちらをどちらとけかぬる、二人のこころを汲みて知る上人もまたなかなかに口を開かん便宜よすがなく、しばしは静まりかえられしが、源太十兵衛ともに聞け
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
同巻十一の「山吹やまぶきのにほへる妹が唐棣花色はねずいろの、赤裳あかものすがたいめに見えつつ」、同巻十二の「唐棣花色はねずいろの移ろひ易きこころあれば、年をぞ来経きふことは絶えずて」
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
お互のこころを通じあって、恋の橋渡はしわたしをおしじゃあないか。何の事はない、こりゃ万事人の悪い髪結かみゆいの役だあね。
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なまじひに手をつけて、なほこの上の憂き目見むよりは、身をなきものに思ひ定め、女の道に違はぬこそ、まだしもその身の幸ならめと、はやるこころを我から抑へて
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
麻多智またち大いに怒りのこころを起し云々、せ逐いてすなわち山口に至り、つえ(杭)を標して堺の堀に置き夜刀神に告げていわく、これより以上は神の地たることをゆる
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして、自分の苦しめてゐる本屋の主人の氣持ちがそれだけはつきりと胸に映つて來ると、今さきに感じた自分の喜びは、汚いけしからぬこころの動きのやうに思はれた。
悲しみの代価 (旧字旧仮名) / 横光利一(著)
人々の視線を追ってその集まる一点へすがめを凝らした八丁堀、なにしろ府内に名だたる毎度の捕親とりおやだ、あらゆる妖異変化へんげに慣れきって愕くというこころを離れたはずなのが
あの「……薄尾花すすきおばなも冬枯れて……」と、呂昇の透き徹るような、高い声を張り上げて語った処が、何時までも耳に残っていて、それがお宮を懐かしいと思うこころそそって
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
人と共に生きるこころを養ってくれる。また怨み心を美しく表現する技術さえ教えてくれる。詩が真に味えてこそ、近くは父母につかえ、遠くは君に事えることも出来るのじゃ。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
もし又、万が一にも、そのに及んで満月が二人の切ないこころまず、売女ばいたらしい空文句を一言でもかしおって、吾儕われらを手玉に取りそうな気ぶりでも見せたなら最後の助。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひたぶるに四二隔生即志きやくしやうそくまうして、四三仏果円満ぶつくわゑんまんくらゐに昇らせ給へと、こころをつくしていさめ奉る。
この真理は天地間に充ち満ちているのだから、誰でも覚られそうなものだが、人間の心中に迷妄のこころがある。それが妨げていて覚れないのだ。よし一つ、それを拭き払う方法を
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
将来有為の男児をば無残々々むざむざ浮世の風にさらし、なお一片可憐かれんなりとのこころも浮ばず、ようよう尋ね寄りたる子を追い返すとは、何たる邪慳じゃけん非道ひどうの鬼ぞやと、妾は同情の念みがたく
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
親鸞 それが正直な人間のこころだよ。恥ずかしながらこのわしも、このに及んでもまだ死にともないこころが残っている、それが迷いとはよく知っているのだがな。浅ましいことじゃ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
特に彼が典型と認める中古の物語は、「の人の情とははるかにまさりて」、「こよなくあはれ深き」、「みやびやかなるこころ」のかぎりを写している(玉の小櫛、全集五。一一九八—九九)。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
すまないというこころが湧き、堪える心になった。自分より孤独なたよりなさそうな仲間の者の姿が眼に映るのだった。そして常に人にたよってばかりいる、そういう自分の性質を、来し方を思った。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
養母ははの愛師の愛君の花差入くれこころうれしと憶ひ優しむ
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
こころあらば伝へてよ
「あしひきの八峯やつを踏み越え、さしまくるこころさやらず、後代のちのよの語りつぐべく、名を立つべしも」(四一六四)とあり、短歌の方に
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その時、彼は実に強い衝動に駆られた。手にした粗末な扇子でも、それを献じたいと思うほどのやむにやまれない熱いこころが一時に胸にさし迫った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
月にもこころじ、花にも耳をふさぎ、太陽にも胸をひらかず、ただ冷たく凝結していた自分というものが、顧みられる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつ拙者は貴所の希望の成就を欲する如く細川の熱望の達することを願う、これに就き少も偏頗へんぱこころを持ていない。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おずおずその袂をきて、惻隠そくいんこころを動かさむとせり。打俯うちふしたりし婦人おんな蒼白あおじろき顔をわずかにもたげて
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
草履脱いでのっそりと三畳台目の茶室に入りこみ、鼻突き合わすまで上人に近づき坐りて黙々と一礼するさまは、礼儀にならわねど充分に偽飾いつわりなきこころ真実まことをあらわし
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
乞食の三日が忘られぬ人のこころの不思議さは、そなたを此村ここに置くまいと、他国に苦労したおれが。自分ばかりはこの村の土となりたさ、多からぬ余命を隠れて住むつもりが。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
不図渠は、諸有あらゆる生徒の目が、諄々くどくどと何やら話し続けてゐる校長を見てゐるのでなく、渠自身に注がれてゐるのに気が付いた。いつもの事ながら、何となき満足が渠のこころを唆かした。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
時雨のこころをふくんで、しずかにそれぞれぬかをふせていた。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
人性の根本を「物はかなくめゝしきまことこころ」に置いた。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「あらなむ」は将然言しょうぜんげんにつく願望のナムであるが、山田博士は原文の「南畝」をナモと訓み、「こころアラナモ」とした。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
さもあらばあれ、われこの翁をおもう時は遠き笛のききて故郷ふるさと恋うる旅人のこころ、動きつ、またはそう高き詩の一節読みわりて限りなき大空をあおぐがごとき心地す
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
妙に気の沈む時は、部屋へやにあるふすま唐草からくさ模様なぞのこころのないものまでが生き動く物の形に見えて来た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
去年使うてやった恩も忘れ上人様に胡麻摺ごますり込んで、たってこん度の仕事をしょうと身の分も知らずに願いを上げたとやら、清吉せいきちの話しでは上人様に依怙贔屓えこひいきのおこころはあっても
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
確固しつかりした気立きだて、温かいこころ……かくまで自分に親くしてくれる人が、またと此世にあらうかと、悲しきお利代は夜更けて生活なりはひの為の裁縫をし乍らも、思はず智恵子の室に向いて手を合せる事がある。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
荒物屋から婆さんが私の姿を見ると、駆けて出て、取次いで、その花のことについて相談をされたのは私ばかり、はじめは滅相なと思ったが、こころを察すると無理はないので、なきの涙で合点しました。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この時ふなばたに立ちてこの歌をうたうわがこころを君知りたもうや、げにりくを卑しみ海をおそれぬものならではいかでこのこころを知らんや、ああされど君は知りたもう——
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
捨吉は人を教えるという勤めの辛さをあじわった。どうかして自分の熱い切ないこころを勝子に伝えたいとは思っても、それを伝えようと思えば思うほど、余計に自分をおさえてしまった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
(前略)下恋したこひに何時かも来むと待たすらむこころ左夫之苦サブシク(下略) (巻十七。三九六二)
『さびし』の伝統 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
あの時は飛瀑ひばくの音、われを動かすことわがこころのごとく、いわおや山や幽𨗉ゆうすいなる森林や、その色彩形容みなあの時においてわれを刺激すること食欲のごときものありたり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お父さんの最終にくれた手紙には、古歌なぞに寄せて、子を思う熱い親のこころが書き籠めてあったが、それからはもう郷里の方のこまかい事情を知らせてよこしてくれる人もなくなった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自ら欺けるをかれはいつしか知りたれど、すでに一度自ら欺きし人はいかにこれを思い付くともかいなく、かえってこれを自ら誇らんとするが人のこころの怪しき作用はたらきの一つなり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
七つのこころ声を得て
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)