彼方此方あちこち)” の例文
黒い樹蔭のはるか彼方此方あちこちに、やがて仏火の聖く炎ゆるをみた。老僧は七月の夜天に高く、盂蘭盆経を唱へ三世諸仏の御名を讃へた。
仙台の夏 (新字旧仮名) / 石川善助(著)
「いつもの、氷川のやしろへ参詣に行って、その帰り道、彼方此方あちこち、駒にまかせて歩いて来たので、遅くなったのだと申しておりました」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
顔こそ見知らないが、自分と同業の人らしい風采の男が、五六人プラットフォームを彼方此方あちこちと歩いて居るのが、目に付きました。
たちあな姫 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
家の中でも、隣家となりでも、その隣家となりでも、誰一人起きたものがない。自分は静かに深呼吸をし乍ら、野菜畑の中を彼方此方あちこちと歩いて居た。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
天井を仰向あおむいて視ると、彼方此方あちこちの雨漏りのぼかしたようなしみが化物めいた模様になって浮出していて、何だか気味きびの悪いような部屋だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あたりの森林帯もすつかり春めいて彼方此方あちこちの炭焼小屋から立ち昇る煙りまでが見るからに長閑のどからしく梢の間を消えてゆきます。
舞踏会余話 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
靜な山の彼方此方あちこちから櫻の花片はなびらの一とつ/\にその優しい餘韻を傳はらせ初めるのだと思つた時に、みのるの胸は微かに鳴つた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
一人が話し出しますと、大抵七八つの首がその石盤を覗く、そんなかたまりが教場の彼方此方あちこちで出来ると云ふのが、遊び時間の光景でした。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
楽しそうに吹く生徒の口笛が彼方此方あちこちに起る。テニスのコートを城門の方へ移してからは、桜の葉蔭で角力すもうを取るものも多い。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
若い人達が眠さうで可哀想ですから、床を敷かせて、彼方此方あちこちに休ませ、一番お仕舞にお菊が、路地の木戸を締めに外へ出たやうでございます。
ソコで其処そこの玄関にいっ調合所ちょうごうじょの人などに習って居たので、う云うように彼方此方あちこちにちょい/\と教えてれるような人があれば其処そこへ行く。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僕等より遅れてはひつて来た一人の女が彼方此方あちこちしばらく見廻して居たが、ついと寄つて来て僕等に会釈をしながら立つて晶子の日本服を眺めて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
が、炎天、人影も絶えた折から、父母ちちははの昼寝の夢を抜出ぬけだした、神官のであらうと紫玉はた。ちら/\廻りつゝ、廻りつゝ、彼方此方あちこちする。……
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
見わたしたところ、追い追い客が詰まって来た土間の彼方此方あちこちには、思い思いに輪を作って小さな宴会が始まっていた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
知らず知らず呼吸いきの触れ合ふ程顔を近づけてしまつたが、する中映画が変つたと見えて、場内が明くなり、彼方此方あちこちの椅子から立つ人が出来たので
男ごゝろ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その他、彼方此方あちこちいけなかつたやうです。彼女はその体の話が出ると、自分の健康には殆んど何んの望みも持つてはゐないやうに、諦め切つてゐました。
背負ひ切れぬ重荷 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
始めは町の友達のもとにでも行つて、話が面白くなつて、つい帰るのを忘れたのだらうなどと思つて、思ひ当るところに彼方此方あちこちと迎への使者を出したが
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
私も旅なれない事ゆえ、あのおりはお前さんにはぐれたから、どうか捜してお前さんに渡そうと思って、彼方此方あちこちと捜しましたが、どうしても行方が知れず
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
崩れた崖へかかっている家具の間を彼方此方あちこちしていたが、見ている内に軸物のような物を二つばかり拾った。
変災序記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ぜひ朝鮮を見に来てくれと彼方此方あちこちから招きを受けるようになり、とうとうこの訪問となったのであった。
与次郎は、さつきから、烟草のけむりのなかを、しきりに彼方此方あちこちと往来してゐた。く所で何か小声にはなしてゐる。三四郎は、そろ/\運動を始めたなと思つて眺めて居た。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
來年らいねんあたりはカフカズへ出掛でかけやうぢやりませんか、乘馬じようばもつてからに彼方此方あちこち驅廻かけまはりませう。さうしてカフカズからかへつたら、此度こんど結婚けつこん祝宴しゆくえんでもげるやうになりませう。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
此の解剖室と校舍との間は空地になツてゐて、ひよろりとしたかしの樹が七八本、彼方此方あちこちに淋しく立ツてゐるばかり、そして其の蔭に、または處々に、雪が薄汚なくなツて消殘ツてゐる。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
わたし寝転ねころんだまゝ、彼方此方あちこちうごかしてゐるうち、ふとめうものいた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
「音が聞えたら、彼方此方あちこちの音が一所に成つて粉雑ごちやごちやになつてしまひませう」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
収用れる大広間の彼方此方あちこちの卓に陣取って自国の言葉で喋舌しゃべっっている。
闘牛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
舟を水草みづくさの岸に着けさして、イタヤの薄紅葉の中を彼方此方あちこちと歩いて見る。下生したばえを奇麗に拂つた自然の築山、砂地の踏心地もよく、公園の名はあつても、あまり人巧の入つて居ないのがありがたい。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
離れて彼方此方あちこち
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二三度彼方此方あちこちで小突かれて、蹌踉よろよろとして、あやうかったのをやッ踏耐ふんごたえるや、あとをも見ずに逸散いっさんに宙を飛でうちへ帰った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
年をとった屠手のかしら彼方此方あちこちと屠場の中を廻って指図しながら歩いていた。その手も、握っている出刃も、牛と豚の血に真紅まっかく染まって見えた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
家の中でも隣家となりでも、誰一人起きたものがない。自分は靜かに深呼吸をし乍ら、野菜畑の中を彼方此方あちこちと歩いて居た。
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
東京の客を当込んで、車引くるまひきの峯松と是まで化けて居るのも、実は手前に逢いたいばっかりで彼方此方あちこちとまごついて居たが、碌な仕事もする訳じゃアねえ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼方此方あちこちに、各〻、ばいをふくんで潜伏せんぷくしている同志たちは、この一日、曾てない緊張を示して、石町の本拠ほんきょから
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼方此方あちこちが破れて、体が出ても平気なものでした。其処で、母親や兄弟が見兼ねて、別のものを着せると云ふ風にして、これにも金はかゝらないのでした。
火つけ彦七 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
二月もあと一、二日、彼方此方あちこちの花がふくらんだとやらで、江戸の人氣はほろ醉ひ機嫌といふところでした。
みのるは其室そこを出て彼方此方あちこちと師匠の姿を求めてゐるうちに、中途の薄暗い内廊下で初めて師匠に出逢つた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
「でもいわ。旅つてそんなものでせう。実際ね、彼方此方あちこちはらひ増しをして二等に乗り替へるのに三等の廻遊切符なんか初めから買ふのがもういけないんだわ。」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
る、かぜなくしてそのもみぢかげゆるのは、棚田たなだ山田やまだ小田をだ彼方此方あちこちきぬたぬののなごりををしんで徜徉さまよさまに、たゝまれもせず、なびきもてないで、ちからなげに
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
耳を澄まして見ますと、家の外をほい/\と云ふやうな駆声かけごゑで走る人が数知れずあるのです。家の中にはまた彼方此方あちこちをばたばたと人の走り歩く音が高くして居るのです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
例へて見れば、此処に、彼方此方あちこちの地理を知つてゐないものと知つてゐるものとがある。そしてこの二人が同じ武蔵野なら武蔵野、近畿地方なら近畿地方を研究したとする。
小説新論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
ただこの事たるや仙台藩の無気力残酷をいきどおると同時に、藩中稀有けうの名士が不幸に陥りたるを気の毒に感じたからのことで、随分ずいぶん彼方此方あちこちと歩きまわりましたが、口でえば何でもないけれども
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
三十分近くも彼方此方あちこちしてへとへとになったので、一つの大きな石碑の傍へ立って足を休めながら、見るともなしにひょいと前の方を見た。と一けんくらいの処に地を掘りかえしたような処が見えた。
死体を喫う学生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其処は七八町歩ちやうぶの不規則な形をした田になつてゐて、刈り取つた早稲の仕末をしてゐる農夫の姿が、機関仕掛からくりじかけ案山子かかしのやうに彼方此方あちこちに動いてゐた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
皆な立ってながめている中で獣医は彼方此方あちこちと牛の周囲まわりを廻って歩きながら、皮をつまみ、咽喉のどを押え、角を叩きなどして、最後に尻尾しっぽを持上げて見た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また、辻を東へと折れた兵衛正清は、琵琶びわの湖を左に見ながら、ふたたび佐殿の影を彼方此方あちこちさがし求めた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今迄静かだった校舎内がにわかに騒がしくなって、彼方此方あちこちの教室の戸が前後してあわただしくパッパッとく。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼方此方あちこち抜足ぬきあしをして様子を見ると、人も居らん様子で、是から上って畳二畳を明けて根太板ねだいたを払って、っと抜足をして蓋を取って内を覗くと、穴の下は薄暗く
朝から夕まで家の中に射し込んでゐる夏の日光を、みのるは彼方此方あちこちと逃げ廻りながら隅の壁のところに行つてその頭をさん/″\打つ突けてから又書き出す事もあつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
私が引き返し初めた頃には長い/\その渚の彼方此方あちこちに黒い小さく見える人影がありました。
白痴の母 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
もとのみちを、おもへだててひろ空地あきちがあつて、つてはにはつくるのださうで、立樹たちきあひだ彼方此方あちこちいし澤山たくさん引込ひきこんである。かはつてふる水車小屋すゐしやごやまた茅葺かやぶき小屋こやもある。
鳥影 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)