当惑とうわく)” の例文
旧字:當惑
それも神様かみさまのお使者つかいや、大人おとなならばかくも、うした小供こどもさんの場合ばあいには、いかにも手持無沙汰てもちぶさたはなは当惑とうわくするのでございます。
それを聞いて、甚兵衛はひどく当惑とうわくしました。大事に可愛かわいがってる黒馬の腹を、悪魔の宿に貸そうなどとは、夢にも思わないことでした。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
私が当惑とうわくしきっているのにはおかまいなしに、白木はボーイにいいつけ、持って来させた銀の盆の上の酒壜さけびんを眺め、にたにたと笑いながら
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
岬へ赴任ふにんときまったとき、はたと当惑とうわくしたのはそれだった。途中とちゅうまであったバスさえも、戦争中になくなったまま、いまだに開通していない。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
おおきな無花果いちじくに、がいっぱいなっていたのです。おとこは、おどろきました。かつ当惑とうわくしました。しかたがなく、って、くるませてかえりました。
ある男と無花果 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼女がこう彼をたしなめると、面白そうに彼の当惑とうわくを見守っていた二人の女たちも、一度に小鳥のごとくしゃべり出した。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
胸の中で、こう呟いたとき、彼はもうすっぱりと眉根の当惑とうわくを掻き消していた。人間である。間違いや過ちは信長にだってある。自分は神ではない。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は、当惑とうわくして小さくなっていた。すると恵美は、ついと、いだいていたお人形をほうり出すと、戸の所に出ていった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
春信はるのぶの、いささか当惑とうわくした視線しせんは、そのまま障子しょうじほうへおせんをってったが、やがてつめられたおせんの姿すがたが、障子しょうじきわにうずくまるのをると
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
とはいえわたしは、自分をとらえている当惑とうわくを表にあらわさず——まず自分の部屋へ引取って、新しいネクタイと小さなフロックコートを着けることにした。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
すると、そこには、当惑とうわくして天井てんじょうを見ている顔や、にがりきって演壇をにらんでいる顔がならんでいた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「いえ、人に見せぬと申す訳ではありませぬが」と当惑とうわくそうにオドオドして、実はその品物を取り出す前には、七日の間潔斎けっさいせよと云う先祖からの云い伝えがある
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
老中等は事の要不要ようふようを問わず、わるるまま一々調印ちょういんしたるにぞ、小栗もほとんど当惑とうわくせりという。
先ず最も当惑とうわくするのは、われ等の使用する大切な機関——霊媒の頭脳が、神学上の先入的偏見に充塞じゅうそくされ、われ等の思想を伝えるのに、多大の困難を感ずることである。
当惑とうわく顔を突き合わせていると、ちょうど湯殿のうらで、櫺子窓れんじまどの隙間からほのぼのと湯気ゆげが逃げて誰か入浴はいっているようす、ポシャリ、ポシャリ、忍びやかに湯を使う音がする。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わたしはすっかりこまってしまった。わたしの当惑とうわくを見つけて、検事けんじきびしく問いつめた。
ルピック氏は、このり好みで、気をよくするどころか、むしろ、当惑とうわくていである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
夫人は、当惑とうわくしたらしい、その実は少しも当惑しないらしい表情でそう答えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
下宿げしゅくから通学していたとき、友人ぼうが九州の親もとより来る学資金がおくれたために寄宿料、食料、月謝の支払いにとどこおりが起こり大いに当惑とうわくせるを見、僕は彼を自分の下宿につれて来たことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ですから天皇がおかくれになると、おあとをおぎになるお方がいらっしゃらないので、みんなはたいそう当惑とうわくして、これまでのどの天皇かのお血筋ちすじの方をいっしょうけんめいにおさがし申しました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
そうわれる度に真佐子は、取り返しのつかない絶望におちいった、蒼ざめた顔をして、復一をじっと見た。深く蒼味がかった真佐子の尻下しりさがりの大きい眼に当惑とうわく以外の敵意も反抗はんこうも、少しも見えなかった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
手塚はひどく当惑とうわくしてだまったが、もうこらえきれずにいった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
御行 (きわめて情無さそうな表情。しばし当惑とうわく
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
また当惑とうわくしてかしらをふったようにも見えた。
マリヴロンと少女 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
といって、常日ごろ、ばかに年寄りじみたことをいうので、“おじい”と綽名あだなのある丸本水夫だが、すこし当惑とうわくの色が見える。
火薬船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
医者いしゃは、たとえ、なんといっても、おじょうさんがいうことをきかないのをっていましたから、当惑とうわくしてしまいました。
楽器の生命 (新字新仮名) / 小川未明(著)
が、こう云う場合には粟野さんに対する礼儀上、当惑とうわくの風をよそうことに全力を尽したのも事実である。粟野さんはいつもやすやすと彼の疑問を解決した。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これにはわたくしもいささか当惑とうわくしてしまいました。はたしてたき竜神りゅうじんさんがこころよははたのみをいてくださるかうか、わたくしにもまったく見当けんとうがとれないのでした。
さすがの龍太郎りゅうたろうも、ここまできて、はたと当惑とうわくした。もうほりまでわずかに五、六尺だが、そのさきは、満々とたたえた外濠そとぼり、橋なくして、渡ることはとてもできない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのむくいは、てきめんで、あくる日わたしは傍屋はなれへ出かける道々、ひどい当惑とうわくを感じた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
しかし、いざ蚊帳のすそをまくるという段になって彼は当惑とうわくした。あまり手を使いすぎると、眼をさましていることが発覚しそうである。彼は先ず頭の方から這入る計画を立てた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
さされるので大いに当惑とうわくした近頃師匠の晩酌の相手をして少しばかり手が上ったけれども余り行ける口でなかったしよそへ行っては師匠の許可がない限り一てきといえども飲むことを
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おしまいにはもうわたしの手におえないことを白状はくじょうしなければならなくなったほど、かれはむずかしい質問しつもんを出して、わたしを当惑とうわくさせた。でもこの白状はわたしをひどくしょげさした。
「そっちへつれていってくれ」と手塚が当惑とうわくらしくいった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「さあ、それは……」と彼女は明かに当惑とうわくしている様子で口籠くちごもったが、「誰なんですか、よく存じません」と答えた。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
公園、カフェ、ステエション——それ等はいずれも気の弱い彼等に当惑とうわくを与えるばかりだった。殊に肩上かたあげをおろしたばかりの三重子は当惑以上に思ったかも知れない。
早春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おとなしい、のよくえないむすめは、どんなに、この母親ははおやのいいつけを当惑とうわくしたでありましょう。
めくら星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ところが彼女は、目でわたしを制して、彼女から二歩ほどのところにある小径こみちを、指さして見せた。どうしたらいいのかわからず、当惑とうわくして、わたしは小径のふちにひざまずいた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
していらっしゃるんで? ……見れば、なにか、当惑とうわくそうなご様子にも思われますが
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子どもは赤くなって、当惑とうわくを顔に表して、しばらくもじもじしていた。
文子は当惑とうわくした、母に秘密をあばかれては大変である。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
あてがった積りの大人たちもここに至ってすこぶる当惑とうわくした毎夜おそくまで琴や三味線の音が聞えるのさえやかましいのに間々まま春琴のはげしい語調で叱り飛ばす声が加わりその上に佐助の泣く声が夜のけるまで耳についたりするのであるあれでは
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、田毎たごと大尉は、くわえていた紙巻煙草をぽんと灰皿の中になげこむと、当惑とうわく顔で名刺の表をみつめた。前には当番兵が、渋面じゅうめんをつくって、起立している。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あねいもうとは、こころなか当惑とうわくいたしました。けれど、まえ約束やくそくをどうすることもできませんでした。
木と鳥になった姉妹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
僕は当惑とうわくした。考えて見ると、何のためにこの船に乗っているのか、それさえもわからない。まして、ゾイリアなどと云う名前は、未嘗いまだかつて、一度も聞いた事のない名前である。
Mensura Zoili (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やがて、当惑とうわくそうにつぶやく声がきこえた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これが女性というものなんだろうか。深山理学士は早くもこのピンク色の物体が発散はっさんするものに当惑とうわくを感じた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
俊助は当惑とうわくそうな顔をして、何度もひらに辞退しようとした。が、藤沢はやはり愛想よく笑いながら、「御迷惑でもどうか」を繰返して、容易に出した切符を引込めなかった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
主人しゅじんも、まだ老人ろうじんとはいえぬながら、もはや工場こうじょうへいってはたらけるとしではなく、さればといって、ぼんやり、そのらすにもなれず当惑とうわくしていると、ちょうど総選挙前そうせんきょまえ
心の芽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
弦之丞はいささか当惑とうわくおももち。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)