“劇(はげ)” の例文
昼間の劇(はげ)しい労働も苛酷な待遇も最早彼に嘆声を洩らさせることはない。賢い諦めの言葉を自らに言って聞かせる必要もなくなった。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それほど衰弱の劇(はげ)しい時にですら、わざわざとこんな道経(どうきょう)めいた文句を写す余裕が心にあったのは、今から考えても真(まこと)に愉快である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
劇(はげ)しいヒステリイ症の女で前の航海には船医が大分(だいぶ)悩まされたと話して居る。其(その)女が今夜突然また此処(ここ)から上海(シヤンハイ)へ引返すと言出(いひだ)した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
エミリウス・フロルスは同じ赤光(あかびかり)のする向側の石垣まで行くと、きつと踵(くびす)を旋(めぐ)らして、蒼くなつてゐる顔を劇(はげ)しくこちらへ振り向ける。
この怪談仕掛物の劇(はげ)しいのになると真の闇(やみ)の内からヌーと手が出て、見物の袖を掴(つか)んだり、蛇が下りて来て首筋へ触ったりします。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
「朝(あした)に竹青の声を聞かば夕(ゆうべ)に死するも可なり矣」と何につけても洞庭一日の幸福な生活が燃えるほど劇(はげ)しく懐慕せられるのである。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
本質の劇(はげ)しい作家は、云わば何でも書きますが、それは書くべき方向と質とで一貫されていて、その統一の上に何でもかけばかくので
玄竹(げんちく)は當(あ)てこすりのやうなことを言(い)つて、更(さ)らに劇(はげ)しく死體(したい)を動(うご)かした。三人(にん)の武士(ぶし)は、『ひやア。』と叫(さけ)んで、また逃(に)げ出(だ)した。——
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
心の上でだけ愛し合つて居たこの男女を到る処にまで到らしめないではおかないやうな劇(はげ)しい刺激を含んだ香のある撫子であると云ふ歌。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「怪(け)しからん、國語學が重要だと云ふのが何で可笑しい……」先生は教壇の板に靴底を叩き附けて立ち上つて、劇(はげ)しく呶鳴(どな)つた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
にわかに劇(はげ)しく腹の痛みて、立ってもいられず大地に僵(たお)れ、苦しんでいる処へ誰やらん水を持来りて、呑ましてくるる者のあり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人をならべて見るとき、私のかたよった情熱はいつもこの二人をとり揃えて眺めることに、より劇(はげ)しい滑らかな愛を感じるのであった。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ピシッ、と劇(はげ)しい鞭の音が、その瞬間聞こえて来た。血紅色の陣羽織を着た、付添いの武士が革の鞭で、尼の背中をくらわせたのである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その時、劇(はげ)しく扉が明け放たれた。そして濃い空色のショウルを自暴(やけ)に手首に巻きつけたモデルのとみ子がつと這入(はい)つて来た。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
その長持の、初菊や、みさおの衣裳の中が、急にもぐもぐと劇(はげ)しく動いたかと見ると、いきなり、その中から這(は)い出したものがありました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
したがってあの作に強い劇(はげ)しいところが欠乏しているというのも私がそのときそういう方面のムードのなかに住んでいなかったためである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「博勞(ばくらう)うまく練(ね)れねえ樣(やう)だな、ようしそんぢや俺(お)れ一つ打(ぶ)つてやんべ」二人(ふたり)が戯談交(じやうだんまじ)りに劇(はげ)しく惡口(あくこう)を云(い)つて居(ゐ)るとふと側(そば)から凭(か)ういつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
無理の圧迫が劇(はげ)しい時には弱虫の本性を現してすぐ泣き出すが、負けぬ魂だけは弱い体躯を駆って軍人党と挌闘(かくとう)をやらせた。
枯菊の影 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
砂地の隅の方には、格闘したらしい劇(はげ)しい靴跡が、入乱れながら崖の縁迄続いている。よく見ると、所々に普通に歩いたらしい靴跡も見える。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ある時、何かの事で葡萄の木の下を掘つてゐた欣之介は、土の中から出て来た水気のない痩(や)せた鬚根(ひげね)を摘(つま)み上げて、劇(はげ)しい痛ましさを覚えた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
習性 気質劇(はげ)しく愛撫すれば温順なるも、怒れば獰猛(どうもう)なり、死闘す、未知の人に絶対に馴染まず愛玩用なれども、番犬に適す
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして、暗に算哲の不思議な役割を仄(ほの)めかすと、法水もそれに頷(うなず)いて、劇(はげ)しい皮肉を酬いられたかのように、錯乱した表情を泛(うか)べるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
わざわざ遠い所から出て来たのは勉強が目的であるから、非常に勉強するのみならず、問答などの遣り方もなかなか劇(はげ)しい。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
見てゐるうちに、その速度が気味の悪いやうに加はつて、劇(はげ)しくなる。一刹那一刹那に、その偉大な激動が加はつて来る。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
発育盛(さかり)を劇(はげ)しい労働に苦使(こきつか)われて営養が不十分であったので、皮膚の色沢(いろつや)が悪く、青春期に達しても、ばさばさしたような目に潤いがなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
久世氏は顔色を変えて、門を乗り越えかねないような劇(はげ)しいようすをなさいます。引きとめるのに、どんなに骨を折ったか知れませんでしたわ。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
コンポステラの伽藍(がらん)に尊者の屍を安置し霊験灼然とあって、中世諸国より巡礼日夜至って、押すな突くなの賑(にぎわ)い劇(はげ)しく、欧州第一の参詣場たり。
その結果我々は劇(はげ)しき痙攣(けいれん)苦痛なくして救われたが、イエスの身は呪いとなって、一たび陰府(よみ)の底深く沈み給うたのです。
抱一は好き嫌いの劇(はげ)しい感情家であったが、紅葉が大嫌いで、談紅葉に及ぶごとに口を極めて痛罵(つうば)するので、その度毎(たんび)に
又船から陸に向(むかっ)ての砲撃もなか/\劇(はげ)しく、海岸の建物は大抵焼払(やきはら)うて是れも容易ならぬ損害であったが、詰(つま)る所、勝負なしの戦争と云(い)うのは
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
前日より一層劇(はげ)しい怒を以て、書いている。いやな事と云うものは、する時間が長引くだけいやになるからである。午頃(ひるごろ)になって、一寸(ちょっと)町へ出た。
今日は品川荒神(しながわこうじん)の秋季大祭とかいうので、品川の町から高輪へかけて往来が劇(はげ)しい。男も通る、女も通る、小児(こども)も通る。
一日一筆 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雨あまり劇(はげ)しきときは、戸をさして闇黒裡に坐し、媼は苧をうみ、われは羅馬なる寺のさまを思へり。舟に乘りたる耶蘇は今面前に見ゆる心地す。
すると先生は、直ぐ、その小枝の束で、劇(はげ)しく彼女の頸を十二だけ打つた。一滴の涙もバーンズの眼には浮ばなかつた。
ジョーンは受身許(ばか)りでは居られなかった。ジョーンの肉は先ず反撥的に屈伸した。やがて二人の男の肉は、怒った骨につっ張られて劇(はげ)しく衝突した。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ところが去年以来は苦痛が劇(はげ)しくその上に身体が自由に動かんので殆(ほとん)ど絵をかくことも出来ずよき材料があった時などは非常に不愉快を感じて居た。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
私は呆(あき)れて、何がダメ、とたずねました。答えの代りに、ウウという、唸り声がもれました。にわかに劇(はげ)しい力で抱きすくめられたと思うと、クビを
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
乃(そこ)で愛(あい)ちやんは、『これが甚公(じんこう)かしら』と獨語(ひとりごと)を云(い)つて又(また)一つ劇(はげ)しく蹴(け)つて、それから何(ど)うなる事(こと)かと見(み)て居(ゐ)ました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
また、そんなに劇(はげ)しい色をしていない代りに、甘(あま)い重苦しくなるほど劇しい匂(におい)を持った花もどっさりある——茉莉(パクリ)だとか、鷹爪花(ヰエヌニアンホア)だとか、素馨(スウヒイエン)だとか。
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
と、私は気が狂ってしまうかと思ったほど劇(はげ)しい悲哀(かなしみ)にとらわれてしまった。私は自分というものから脱れるためにはどうしたら好いかと考えてみた。
人の出入りが劇(はげ)しくって騒々しいから、それよりもこっちで当分店を休んだ方がよかろうと思うから、そう言ってたとお上さんに言えってことでした。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
そのうちに諸方からの通知がぽつぽつ集まって来て、今度の大地震が関西地方にことに劇(はげ)しかったこともわかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そしてこの頃のように末造が不意に来ることのあるのを父親に話したら、あの帰らなくても好いかと云う催促が一層劇(はげ)しくなるだろうと、心の中(うち)で思った。
雁 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「はゝア——イヤ左様(さう)したこともありませう」と篠田は聊(いさゝ)か怪しむ色さへに見えず、雨戸打つ雪の音又た劇(はげ)し
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
大通りから入った横丁でも自転車やら自動車やら何やと往来が劇(はげ)しゅうなるばかりなので、それだけは昔の子供の方が幸福だったということが出来るでしょう。
京の夏景色 (新字新仮名) / 上村松園(著)
「ば、ば、ばかだなあ——お前」と元木が教師の下から喚いて両手を自分の鼻先に泳がし劇(はげ)しく否定した。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その動作が如何(いか)にも急で劇(はげ)しかったので、女はびっくりした。そして頭を上げて、病人の顔をじっと見た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
王さまの信仰者と名乗つたリツプが一声は、尚囲繞いて居た撰挙人の群に、劇(はげ)しい混雑を惹起(ひきおこ)しました。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
みんな恐ろしい寒気を身に感じて、そしてまるで「慄える玩具」のように劇(はげ)しく絶え間なく戦慄(せんりつ)した。
氷れる花嫁 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
その発作は劇(はげ)しいもので、男が二、三人も懸られなければ取り扱われないほどであった。私たちはよく母がこのまま死んでしまうのではないかと思ったものである。
私の父と母 (新字新仮名) / 有島武郎(著)