つたわ)” の例文
旧字:
一時的に狂態を演ずるところの痴呆ちほう状態になる一種の病的現象というものは、狐が化かすという口碑伝説のつたわらない以前の日本にも
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
二、三間先に雷鳥が一羽、人懐しげにこっちを見て立っている、遠い祖先からつたわった残忍性の血汐を燃え立たす程の余裕を持たない。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
障子も普通なみよりは幅が広く、見上げるような天井に、血の足痕あしあともさて着いてはおらぬが、雨垂あまだれつたわったら墨汁インキが降りそうな古びよう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、紋三の方では十分用心して、相手が一つの曲り角を曲るまでは、姿を現さない様にして、軒下から軒下をつたわって行った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
三千子は、あの日のことを、まざまざと思い出した。あやしい振動が、足の裏から、じんじんじんとつたわってくるような気がした。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は窓を越えて、例の縄梯子をつたわって庭へ下りた。外ではなかなか騒ぎをやめるどころではなく玄関をドンドンと叩いている。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
ころぶようにして漸くそこまで辿たどりつくと、吉村視学は蕃人蜂起のことをすぐに電話で埔里ほり郡役所に伝えた。事件が外部へつたわった第一報である。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
特殊な技術はつたわっているのです。それに人間はまだ実直なのです。それらのものを無視して、民藝を都会の工場に托す事は意味がないでしょう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
無限の哀傷は恐ろしい専制時代の女子教育の感化が遺伝的に下町の無教育な女の身につたわっている事を知るがためである。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
余は当時十分と続けて人と話をするわずらわしさを感じた。声となって耳に響く空気の波が心につたわって、平らかな気分をことさらにざわつかせるように覚えた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それで杜子美ともあるものが、どうしてそんな駄作を書いておいたかとの疑いもあるけれど、杜子美先生一向平気で出来たまま書いておいたのが、つたわった訳で
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
遠く離れて鹿児島県の種子島たねがしまに、エングヮという名があるというのがもし事実ならば、何か今一つ輸入当時からの名があって、それが東北の一隅にはつたわっているのである。
おむらの、いままで辛抱しんぼう辛抱しんぼうかさねていたからは、たまのようななみだが、ほほつたわってあふちた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ト言捨てて高い男は縁側をつたわって参り、突当りの段梯子だんばしごを登ッて二階へ上る。ここは六畳の小坐舗こざしき、一間のとこに三尺の押入れ付、三方は壁で唯南ばかりが障子になッている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ビックリ仰天して逃出すと、頭の上から大鷲が蹴落しに来る。枝の間をつたわって逃げおおせたと思うと、今度は身体からだ中にだにがウジャウジャとタカリ初める。山蛭やまひるが吸付きに来る。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
秋成には期待の気持が起つて熱いものが身体をつたわつて胸につき上げて来るのを覚えた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その仏像は私の家に先祖代々つたわっていた物ですが、父がハワイへ渡る時、奈良の骨董屋へ売ってしまいました、父は昨年なくなりましたが、その時の私への遺言に、ハワイへ来てから
四つの都 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
化物の出そうな変な廊下をつたわって奥殿へと進み、試みに重い扉を力任せに押してみると、鍵はかかっておらず、扉はギーといたので、これは有難いと、懐中電灯の光に中をてらしてみると
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
ただその姿を見ただけでも、血汐が凍ってしまいそうだ。——夜でも昼でもあの塔には湿った影がついている。そのしめった影が昼は塔の頂きにあるが、夜は灰色の壁をつたわって、水門の方へ下りて来る。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蕪村の性愛生活については、ひとつも史につたわったところがない。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
その次の瞬間、弦三の眼の前に、瓦斯ガスタンクほどもあるような太い火柱ひばしらが、サッと突立つったち、爪先から、骨が砕けるような地響がつたわって来た。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すると、口の中に溜っていた血潮が、泡を吹いて、彼の手首をつたわって、泉の様に毒々しく美しくあふれ出して来るのが見えた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なおじっみまもると、何やら陽炎かげろうのようなものが、鼬の体から、すっとつたわり、草のさきをひらひらと……細い波形になびいている。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時々その団子っ鼻がぴくぴく動くのは心配が顔面神経につたわって、反射作用のごとく無意識に活動するのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見ると塀の頂上から一本の縄が下り、それをつたわって一人の覆面の男が今降りている所だ。下には二人の洋服姿の見張りの相棒が待構えている。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
少し上流の方へつたわって行くと、向う左へ切れた、畝道あぜみちの出口へ、おなじものが、ふらふらと歩行あるいて来て、三個みッつになった。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
陽吉は、そうした気分を未だ充分に感じられずに、ひょいと手拭を湯槽にひたした。と、ピリピリといやに強い感覚、頸動脈けいどうみゃくへドキンと大きい衝動がつたわった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
玄耳君げんじくんが驚ろいて森成もりなりさんに坂元さかもと君を添えてわざわざ修善寺しゅぜんじまで寄こしてくれたのは、この報知が長距離電話で胃腸病院へつたわって、そこからまたすぐに社へ通じたからである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
盂蘭盆うらぼんすぎのい月であつた。風はないが、白露しらつゆあしに満ちたのが、穂に似て、細流せせらぎに揺れて、しずくが、青い葉、青い茎をつたわつて、点滴したたるばかりである。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
左側に寝ている吉ちゃんの、いきや血の音が、肉をつたわって、秀ちゃんの身体に響いてくるばかりです。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何も日本固有の奇術が現につたわっているのに、一も西洋二も西洋と騒がんでもの事でげしょう。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「階段はどこ?」「まっすぐ行って右ですよ、右の壁をつたわっていってください」
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぷんと薬の香のするへや空間あきま顫動せんどうさせつつつたわって、雛の全身にさっと流込むように、その一個々々が活きて見える……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの手負いが、今まで人に気づかれぬはずはありませんから、その噂が耳ざとい女中達につたわっていないとすると、昨夜の事は、いよいよ一場いちじょうの悪夢に過ぎなかったのかも知れません。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
重量おもみが、自然とつたわったろう、なびいた袖を、振返って、横顔で見ながら、女は力なげに、すっともとの座に返って
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて巖乗な刃物がなかばもかくれたかと思うと、その刃先をつたわって、真赤な液体がタラタラと流れ出し、見るまに白いコンクリートの表面にあざやかな一輪の牡丹ぼたんの花が咲いたのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その玄関のともしびを背に、芝草と、植込の小松の中の敷石を、三人が道なりに少しうねってつたわって、石造いしづくりの門にかかげた、石ぼやの門燈に、影を黒く、段を降りて砂道へ出た。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
氷の様に冷いものが私の背中をつたわって、スーッと頭のてっぺんまで駈け上った。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
霊廟れいびょうの土のおこりを落し、秘符ひふの威徳の鬼を追ふやう、立処たちどころに坊主の虫歯をいやしたはることながら、路々みちみち悪臭わるぐささの消えないばかりか、口中こうちゅうの臭気は、次第に持つ手をつたわつて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おとなしげなえびが、海中ではどの様な形相を示すものか、又海蛇の親類筋の穴子が、藻から藻をつたわって、如何に不気味な曲線運動を行うものか、実際海中に入ってそれを見た人でなくては
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
霊廟れいびょうの土のおこりを落し、秘符の威徳の鬼を追うよう、たちどころに坊主の虫歯をいやしたはさることながら、路々みちみち悪臭わるぐささの消えないばかりか、口中の臭気は、次第に持つ手をつたわって
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は毎日、壁をつたわって歩き廻ったり、蒲団の上によじ登ったり、おもちゃの石や貝や木切れで遊んだりして、よくキャッキャと笑っていた様に覚えて居ります。アア、あの時分はよかった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何しろ、同一おなじ方角に違いない。……開けて寝た窓から掛けて、洋燈ランプがそこで消えた卓子テエブルの脚をつたわって床に浸出す見当で、段々判然はっきりして、ほたりと、耳許みみもとで響くかとするとまたかすかになる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多勢おおぜいの中には、もう菰田家の墓地の変事を聞知っているものもあって、「菰田の旦那が墓場から甦った」というどよめきが、一大奇蹟として、田舎人の口から口へと、つたわって行くのでありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一寸ちょっとはしゃいだ、お転婆てんばらしい、その銀杏返の声がすると、ちらりと瞳が動く時、顔が半分無理に覗いて、フフンと口許で笑いながら、こう手が、よっかかりを越して、姉の円髷の横へつたわって
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
右側をつたわって行って行止まれば、左側を、やっぱり右手で触って、一つ道を二度歩く様にして、どこまでもどこまでも伝って行けば、壁が大きな円周を作っている以上は、必ず出口に達する訳だ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さて、笛吹——は、これも町で買った楊弓ようきゅう仕立の竹に、雀が針がねをつたわって、くちばしの鈴を、チン、カラカラカラカラカラ、チン、カラカラと飛ぶ玩弄品おもちゃを、膝について、鼻の下の伸びた顔でいる。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、ことばつたわらないから、おんなは外套をあずかったまま、向直ってと去った。
それから昨夜ゆうべの、その月の射す窓からそっと出て、瓦屋根かわらやねへ下りると、夕顔の葉のからんだ中へ、梯子はしごが隠して掛けてあった。つたわって庭へ出て、裏木戸の鍵をがらりと開けて出ると、有明月ありあけづきの山のすそ
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいえさ、おどかすんじゃあない。そこで、いきなり開いたんだと、余計驚いたろうが——開いていたんだよ。ただし、開いていた、その黒い戸の、裏桟に、白いものが一条ひとすじ、うねうねとつたわっている。」
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)