不束ふつつか)” の例文
はじめは、我身の不束ふつつかばかりと、うらめしいも、口惜くちおしいも、ただつつしんでいましたが、一年二年と経ちますうちに、よくその心が解りました。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『悪意にお執りなされては、内匠頭、当惑仕とうわくつかまつりまする。至らぬかど、不束ふつつかふしは、何とぞ、仮借かしゃくなく、仰せくだされますように』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不束ふつつかむすめでございますが、うぞ今後こんごともよろしうおみちびきくださいますよう……。さぞなにかとお世話せわけることでございましょう……。』
「その女は拙者の知人、汝らに担がれ行くような、不束ふつつかのある身分の者ではない。……放せ! 置け! 汝等消えろ!」
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それは申上げません。私は大谷夫人と違って、縁の下の力持になる外に、何の取柄もない不束ふつつかものでございますから」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
またしてもその様に、思ひもせぬ事、お調戯からかひあそばすゆゑ、真実の事を申しまする。釣合はぬと申したは、御名誉のあなた様に、私如き不束ふつつかもの。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
自分の不束ふつつかなこと、先生の高恩に報ゆることが出来ぬから自分は故郷に帰って農夫の妻になって田舎いなかに埋れてしまおうということを涙交りに書いた時
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
わたくしめはきちと申す不束ふつつかな田舎者、仕合しあわせに御縁の端につながりました上は何卒なにとぞ末長く御眼おめかけられて御不勝ごふしょうながら真実しんみの妹ともおぼしめされて下さりませと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかしこの贅沢心のために、自分は発作性ほっさせいの急往生を思いとまって、不束ふつつかながら今日まで生きている。全く今はのきわにも弱点を引張っていた御蔭である。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不束ふつつかながら行末は儒者ともあいなり家名を揚げたき心願にて有之候処、十五歳の春、父上は殿様御帰国のみぎり御供廻おともまわり仰付おおせつけられそのまま御国詰おくにづめになされ候に
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さりとは余りに勿体ないこと。就きましては、不束ふつつかながらこの玉藻に雨乞いの祈祷をお許しくださりませぬか
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そしてこちらの親族の一人一人に「不束ふつつかな者でございますが何卒なにとぞよろしく」と挨拶してはお盃を出します。
「いや、我らが持っていてはどうなるみ仏の行末であるか分らぬ、そなたならそんな不束ふつつかはあるまい。」
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私の様な不束ふつつかな者が、彼様あのやうな偉い方の妻となりたいなど思ふのは、身の程を知らぬものと悟りましてネ、其れに彼人は既に家庭の幸福など云ふ問題は打ち忘れて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ちりをだにゆるさず澄みに澄みたる添景のうちに立てる彼の容華かほばせは清くあざやか見勝みまさりて、玉壺ぎよくこに白き花をしたらん風情ふぜいあり。静緒は女ながらも見惚みとれて、不束ふつつか眺入ながめいりつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何者にか聞れし一向蹤跡あとかたなき事なり拙者毛頭もうとう左樣さやうの事存じ申さずと虚嘯そらうそぶにも不束ふつつかなる挨拶なるにぞ六郎右衞門はむつとし彼奴きやつ多分の金子を掘り出しながらすこしの配分を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
伜定昭事不束ふつつかを致して恐入る、よろしく朝廷向のお取成をという挨拶をせられたが、これは朝敵となられたわけでもなく、従四位少将はそのままでいられるのだから
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
こう二つ並べて見ると、「内等の者の」は「家内揃うて」よりも表現が不束ふつつかなように思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
あるいは両親よりの依托を受けて途中ここに妾を待てるにはあらざると、一旦いったんは少なからずあやぶめるものから、もと妾のきょうを出づるは不束ふつつかながら日頃の志望をげんとてなり
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
とにかく商売だって商売道と申します。不束ふつつかながらそれだけの道は尽くしたつもりでございますが、それを信じていただけなければお話にはぎ穂の出ようがありませんです。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
御部屋の中には皮籠かわごばかりか、廚子ずしもあれば机もある、——皮籠は都を御立ちの時から、御持ちになっていたのですが、廚子や机はこの島の土人が、不束ふつつかながらも御拵おこしらえ申した
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
……神様、仏様の御恩は申すに及ばず、この世にてお世話様になりました方々や、不束ふつつかなわたくしに仮初かりそめにも有難いお言葉を賜わりました方々様へは、これこの通り手を合わせまする。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「わたしはこんなことをするつもりではなかったのであります、思わずらずこんな不束ふつつかなまねをして、まことに申しわけがありません。おとよさんどうぞ気を悪くしないでください」
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「唯の浪人、土岐亥太郎殿なら、喜んで不束ふつつかな娘を差上げましょうが、——」
おはずかしい次第でございますが、わたくしが不束ふつつかなばっかりに、主人の心を
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
美佐こともとより不束ふつつかながら日頃左様なる不所存者のようには養育不致いたさず候処、俗に魔がさしたと申すにや、拙老の歳に及びかる憂きことを耳にいたし候は何の因果かと悲歎やる方なく候。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
文「何うか貴方、うでもして下さいませんと、わたくしは貴方に御恩返しの仕方がございません、不束ふつつかでございますが、私を貴方の子にして下されば、どんなにでも御恩返しに御孝行を尽します」
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
橘南谿たちばななんけいの『西遊記さいゆうき』五に広島の町に家猪多し、形牛の小さきがごとく、肥え膨れて色黒く、毛禿げて不束ふつつかなるものなり、京などに犬のあるごとく、家々町々の軒下に多し、他国にては珍しき物なり
「今までの不束ふつつかは、どうぞお許し遊ばして、ねえ……」
入婿十万両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
不束ふつつかでござりまするが、御教訓、忘れは致しませぬ」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
このたびはまた不束ふつつかな者を差し上げまして……。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これはいかにも不束ふつつかなものであった。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
送りおり参らせ候 お留守の事にも候えば何とぞ母上様の御機嫌ごきげんに入り候ようにと心がけおり参らせ候えども不束ふつつかの身は何も至り兼ね候事のみなれぬこととて何かと失策しくじりのみいたし誠に困り入り参らせ候 ただただ一日も早くおん帰り遊ばし健やかなるお顔を
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「神慮の鯉魚、等閑なおざりにはいたしますまい。略儀ながら不束ふつつかな田舎料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直って真魚箸まなばしを構えた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくも、修行しゅぎょう次第しだいでわがわしてもらえることがわかりましたので、それからのわたくしは、不束ふつつかおよかぎりは、一しょう懸命けんめい修行しゅぎょうはげみました。
さようお城から出た理由わけは、ご城主様の厚い好意でこの不束ふつつかな私を、ご城中にても誉れの高い浪人組のその中へお加えくださろうと仰せられた時
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「外国の使臣として、はるばる参りながら、あえて丞相の御心に逆らうとは、いやはや、不束ふつつか千万。再度のお怒りが降らぬうち、く、疾く蜀へ帰り給え」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すりよりながら身をひきしめて自分の生れながらの不束ふつつかさをきまりわるく思いながら、やはり傍からどけない(くことは出来ない)というような思いになります。
やって見ようかとも惑う程小さき胸のくるしく、すてらるゝは此身の不束ふつつか故か、此心の浅き故かと独りくやしゅう悩んでりましたに、あり難き今の仰せ、神様も御照覧あれ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
貴嬢あなただから何ももお話しますがネ——矢張有るんですよ——つまり、私の不束ふつつか故に、良人をつとに満足を与へることが、出来ないのですから、罪は無論私にありますけれど
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「承りますれば、関白さまの御沙汰として、独り寝の別れというお歌を召さるるとやら。不束ふつつかながらわたくしも腰折れ一首詠みでましたれば、御覧にりょうと存じまして……」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しょうをして常にこの心を失わざらしめば、不束ふつつかながらも大きなる過失は、なかりしならんに、こころざし薄く行い弱くして、竜頭蛇尾りゅうとうだびに終りたること、わが身ながら腑甲斐ふがいなくて、口惜くちおしさの限り知られず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
自体それがしは今天が下に並びない大剛の者を尋ね出いて、その身内に仕へようずる志がおぢやるによつて、何とぞこれより後は不束ふつつかながら、御主『えす・きりしと』の下部の数へ御加へ下されい。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
省作はその不束ふつつかとがむる思いより、不愍ふびんに思う心の方が強い。おとよの心には多少の疑念があるだけ、直ちにおはまに同情はしないものの、真に悲しいおはまの泣き音に動かされずにはいられない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
こんな不束ふつつかな者でも、同じに生れた人間一人いちにんが、貴方の為にはまる奴隷どれいのやうに成つて、しかも今貴方のおことば一言ひとこと聞きさへ致せば、それで死んでも惜くないとまでも思込んでゐるので御座います。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「あまりに不束ふつつかにて恐れ入るばかりでございます。」
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
神慮しんりょ鯉魚りぎょ等閑なおざりにはいたしますまい。略儀ながら不束ふつつか田舎いなか料理の庖丁をお目に掛けまする。」と、ひたりと直つて真魚箸まなばしを構へた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「それと申すもこのわたくし不束ふつつかからでござります。どうあろうともご老師様を決して他へはやりませぬ——お父上様!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うぞわたくしつみをおゆるあそばして、もとのとおりこの不束ふつつかおんな可愛かわいがって、行末ゆくすえかけておみちびきくださいますよう……。
いわんや、初歩の修行をやっと踏んで、これから第二歩の遊学に出ようとする途中で、もうそんな心のゆるみを起したというのは、われながら口惜くちおしい不束ふつつかでした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)