かつお)” の例文
その他、鮨の材料を採ったあとのかつお中落なかおちだの、あわびはらわただの、たいの白子だのをたくみに調理したものが、ときどき常連にだけ突出された。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「この坊の家々も、全部舟子かこ屋敷でな。みんなかつお漁によりかかって、生活していた。それがだめになったから、さびれる一方ですな」
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
或る年の三、四月頃、江戸ではかつおの大漁で、いたる処の肴屋さかなやでは鰹の山をしていました。それで何処の台所へもざらに鰹が這入はいる。
肝油その他の臓器製薬の効能が医者によって認められるより何百年も前から日本人はかつおの肝を食い黒鯛くろだいきもを飲んでいたのである。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
土佐といえば室戸崎むろとざきの風光や、食物ではかつおの「はたき」と呼ぶ料理が自慢であります。旅では眼に口に味うものが山々あります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
この魚は寄生動物が居るとてかつおぶりを人々は斥くるであろうし、この雞肉は硬い、この牛肉は硬いとて人々は喜ばぬであろう。
貧富幸不幸 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
安斎随筆あんさいずいひつ』に、享保年中の辻売りの秘伝に、「かつおに酔わざる法」と題し、その中に、「新しき魚をえらびて食うべし、また食わざるもよし」
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
かつお中落なかおちうまくッて、比良目ひらめは縁側に限るといやあ、何ですか、そこに一番滋養分がありますか、と仰有おっしゃるだろう。衛生ずくめだから耐らない。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かつお一匹満足に料れそうもないぶきらしい男に、ああも鮮かに生胴を斬る隠し芸があろうとも思われないし、それに、いくら少したりないとはいえ
「誰がお前に取れと言った。鮪やかつおを切りつけているお前に、血染めの庖丁を持たせたって面白くも何ともあるものか」
舟乗りはこいつにでっくわすとかつおを投げてやって逃げるのだが、この刺鮫も頭に角のあるというのを聞かない——一角魚うにこうるの角は角というよりはくちばしだ。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「お肴はなんにいたします。かつお眼張めばり、白すに里芋、豆腐に生揚、蛸ぶつに鰊。……かじきの土手もございます」
急ぐ時には小皿の酢へ梅干の肉を掻き交ぜてもよいのです。それから鯛の塩辛煮しおからにといってかつおのしおからを湯で煮出してその汁で鯛の切身をよく煮たのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
まだ完結はしていないが、これは確かである。島のことわざにいう。「さめかつおか、は、尾を見ただけで判る」と。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
先日も、毛唐がどんなに威張っても、このかつお塩辛しおからばかりはめる事が出来まい、けれども僕なら、どんな洋食だって食べてみせる、と妙な自慢をして居られた。
十二月八日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
だから、お八重さんは、勝気な血がどうしてもしずまらないと、いきの好いかつおを一本買ってわたをぬかせ、丸で煮て、ちょっとはしをつけたのを、下の者へさげたりする。
桟橋さんばしすなわち魚市場の荷上所で、魚形水雷みたいなかつおだとか、はらわたの飛び出した、腐りかかったさめだとかが、ゴロゴロところがり、磯のと腐肉のにおいがムッと鼻をついた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
吾輩が金田邸へ行くのは、招待こそ受けないが、決してかつお切身きりみをちょろまかしたり、眼鼻が顔の中心に痙攣的けいれんてきに密着しているちん君などと密談するためではない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かつおの刺身を皮ツキに作らせ、にんにくオロシの醤油で食べるのが好きであった。そして、酒のしずくが気になるのか、真っ白なアゴ鬚をのべつ手のひらで横に撫でる。
三十五たん帆が頻繁ひんぱんに出入りしたものだったが、今は河口も浅くなり、廻船問屋かいせんどんやの影も薄くなったとは言え、かつおを主にした漁業は盛んで、住みよいゆたかな町ではあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「旦那様は御塩焼の方がよろしゅう御座いますか。只今は誠に御魚の少い時ですから、この鰈はめずらしゅう御座いますよ。かつおさわらなぞはまだ出たばかりで御座いますよ」
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さかなもこんな白けたもんじゃあなく、いわしのてんぷらに中とろのぶつ切りといこう、烏賊いかの黒作りにかつおの塩辛、もつなべにどじょう汁でもそ云ってくんねえ、こうなったら無礼講だ
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きょうはぬぐったように晴れた日で、海の上はかつおの腹のように美しく光っていた。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし金魚の出産率は実はこれよりもはるかに大きいので、にしんかつおなどと同じように、全く最初から食われるため死ぬためだけに、生命を開始するといってもよい者が大部分なのである。
その餌をるに黠智かつち神のごとき故アフリカや太平洋諸島で殊に崇拝し、熊野の古老は夷神はその実鮫を祀りてかつお等を浜へ追い来るを祈るに基づくと言い、オランラウト人は鮫と鱷を兄弟とす
扁平へんぺいな漁場では、銅色あかがねいろの壮烈な太股ふとまたが、林のように並んでいた。彼らは折からのかつおが着くと飛沫ひまつを上げて海の中へんだ。子供たちは砂浜で、ぶるぶるふるえる海月くらげつかんで投げつけ合った。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
夷鮫えびすざめが、かつおの群れと共に太平洋を旅して回るのは、鰹を餌食とするためであるが、日本鱒も若鮎を餌にしながら大河を遡る。だから、利根川筋では、昔から若鮎を餌に使って日本鱒を釣っていた。
父の俤 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
おれが手に持っておる、このかつおが欲しいので、こんな悪戯いたずらをするのだろう、おれは貴様達に、そんな悪戯いたずらをされて、まざまざとこの大事なうおを、やるような男ではないぞ、今己おれはここで、美事みごとにこれを
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
れはかつお釣道具つりどうぐにするものとやら聞て居た。あたい至極しごく安い物で、それをかって、磨澄とぎすました小刀こがたなで以てその軸をペンのように削って使えば役に立つ。夫れから墨も西洋インキのあられようけはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「何でか知りませんけど、鮪、かつお、ああ云うものは食べしまへん」
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一寸ちょっとかつおのだしの入ったものもいけないという考のであります。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
花はみなおろし大根だいことなりぬらしかつおに似たる今朝けさの横雲
新「大きなかつおが釣れるとよ」
あしこは近頃かつおの不漁のために人口が減る一方でね、そこに紡織ぼうしょく工場が眼をつけち、娘さんたちをごっそいと雇って行く。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
引続きこの快晴、朝の霜がさっと消えても、滴って地をけがさずという時節。が明けるとこの芝浜界隈かいわいを、朗かな声でかつお——
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「舟だ——お前の見た通り和船だ、漁師船だな、かつおでも釣りに出たのだろう……あ、面白いぞ、面白いぞ、お松さんごらん、すてきなものが出て来ましたぞ」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三十六品のうちでお酒の肴にすると申した長崎のカラスミ、鹿児島のかつお煮取にとり、越前えちぜんのウニ、小田原の塩辛しおから、これだけは宅にありますから直ぐ間に合います。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それがある時台所で出入りの魚屋と世間話をしながら、刺身包丁を取り上げて魚屋の盤台のかつおの片身から幅二分くらい長さ一尺近い細長い肉片を巧みにそぎ取った。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
故松助演じるところの『梅雨小袖つゆこそで』の白木屋お駒の髪結かみゆい新三しんざをとっちめる大屋さん、かつおは片身もらってゆくよのタイプで、もちっとゴツクした、ガッチリした才槌頭さいづちあたまである。
鎌倉の浜には、銀びかりのかつおが、今日はおびただしく水揚げされ、鶴ヶ岡から若宮大路の方を見ても、桜若葉のたなびきが、日ましに色濃くなって来たことに気づかれる。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長火鉢ながひばちのまえにどっかりあぐらをかいて、かつおのはしりか何かでのんびりとさかずきを手にしている。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こんなことは久し振だ、いや肴はいらない、このうちで食えるのは塩辛しおからだけだ、この店のかつおの塩辛はちょっとしたものだが、この酒には合わない、肴はこの新香だけで充分だ。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
縁もゆかりも無い遠い海のかつおまぐろの死骸などは、めて味わって噛んでんで了うのであるから、可愛いい女の口を吸うくらい、当りまえ過ぎるほど当りまえであるべきだが
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
父は大洋の新鮮なかつおや気仙沼の餅々もちもちした烏賊いかに舌鼓をうち、たらふく御馳走ごちそうになって帰って行ったのだったが、ここで食べた鰹の味はいつまでも忘れることができないであろう。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
江戸はすっかり青葉とかつおとほととぎすの季節になり切った頃、京姫の上にも、いよいよ淡路守の娘分として、因州鳥取三十二万石の城主、松平相模守に嫁ぐ日は廻って来たのです。
おれだって人間だ、教頭ひとりで借り切った海じゃあるまいし。広い所だ。かつおの一匹ぐらい義理にだって、かかってくれるだろうと、どぼんと錘と糸をほうり込んでいい加減に指の先であやつっていた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僧都 真鯛まだい大小八千枚。ぶりまぐろ、ともに二万びきかつお真那鰹まながつおおのおの一万本。大比目魚おおひらめ五千枚。きす魴鮄ほうぼうこち鰷身魚あいなめ目張魚めばる藻魚もうお、合せて七百かご
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時鳥ほととぎすにもかつおにもないが、く春を惜しむ、江戸の風物は何んとなくうっとりします。
「左様でござるな、この海岸で名物といっては、大洗に磯節というのがござり、海では、さんま、かつおさばといったものが取れ、山には金銀を含むのがあり、土では、こんにゃくも取れ申す」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
下町の小ぢんまりした格子こうし作りで、朝のぜんには鎌倉のかつお、夕方には隅田川の白魚、夜には虫売むしうりや鮨売すしうりもきて、縁日のある町へも近く、月の晩には、二階で寝ながら将軍様のお城を眺めて
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)