にしん)” の例文
たらの漁獲がひとまず終わって、にしん先駆はしりもまだ群来くけて来ない。海に出て働く人たちはこの間に少しの息をつく暇を見いだすのだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その小娘の十四になるのがにしんを一把持っていたが、橋の中央に往ったところで突然顛倒ひっくりかえって、起きた時には鰊はもう無かった。
堀切橋の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
にしんを焼くとき、あんな臭いがする。なまぐさい。所詮は、物質が燃え上るだけのことに違いないのだけれど、火事は、なんだか非科学的だ。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は食い荒されたにしんの背骨をひとさらせていたが、おくへ通ずるドアを後ろ足で閉めながら、突拍子とっぴょうしもない声でいきなり
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そのうえ、砂糖づけのすもも、桃、なし、まるめろの実が、見ごとにいく皿もならび、にしんの照り焼、とりの蒸し焼はいわずもがな。
昨今の私の詩歌は燻製くんせいにしんだ。燻製の鰊と桐の花と一緒にされるものか。ほんのかりそめの煩悩であるが今のうちに一寸でも昔に還って見たい。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
昔、アイヌがイコロとよんで、熊の皮やにしんの大量と交換に日本人からあてがわれていた朱塗蒔絵大椀や貝桶が、日本美術品として陳列されていた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
オランダの名オルガニスト、ラインケンの演奏を聴くために、餓えて窓の下に立ったバッハが、金貨をくわえたにしんを拾ったのは十五歳の時であった。
西はにしんを專らとし、東は鮭鱒けいそんを主とする。同じ建網税問題でも、前者に不利益なことが後者にさう痛痒つうやうを感じない。
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
腰をかがめて見物するところまでは、蒲鉾かまぼこは板にはり付いて泳いでいるもの、にしんは頭がなく乾いたままで生活するもの、鮭の塩引きは切り身のままで糸に
食べもの (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「国道開たく工事」「灌漑かんがい工事」「鉄道敷設」「築港埋立」「新鉱発掘」「開墾」「積取人夫」「にしん取り」——ほとんど、そのどれかを皆はしてきていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
晃 土橋の煮染屋にしめやで竹の皮づつみとらかす、その方が早手廻はやてまわしだ。にしんの煮びたし、焼どうふ、かろう、山沢。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幾つかの角を曲って、漁船の波止場に近いにしん倉庫の横まで来ると、男はやっと立止って、臆病そうに辺りを見廻し、黙って馳け寄って来た女の方へ振返った。
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「では何を……。あ、そうそう、カムチャッカでやっとります燻製くんせいにしんに燻製のさけは、いかがさまで……」
鱒は——もう喰ってしまったものは仕様がない。それがあった場所には、燻製くんせいにしんが三匹貼りつけられた。
野天商人のでんあきんどもみな休みで、ここの名物になっているいわしの天麩羅やにしんの蒲焼の匂いもかぐことはできなかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
群衆といふことは一体鰯だの椋鳥むくどりだのからすだのにしんだのの如きものの好んで為すところで、群衆につて自族を支へるが、個体となつては余りに弱小なものの取る道である。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ピストル、にしん、絵、研磨機、壺、長靴、陶製食器といったものを、有金ありがねはたいて買い集めるのだ。
「けさは燻製くんせいにしんと、ボイルドしたたらとをコックさんが用意して来てるね。君は鱈だろう」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
または狸のごとくこのんで日光を避け、古木の下或は陰鬱たる岩石の間に小穴を穿うがち、生れて、生んで、死する、動物あり、されども人は水産上国家の大富源なるにしんたら鯖魚さばのごとく
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そこは、天井が薄黒くすすけ、壁のところどころに安物の石版画が貼りつけてあった。アルコールや、にしん樽や、煙草のにおいのむっと籠ったへやで、帳場のそばには貧弱な暖炉が燃えていた。
にしんの倉庫業に成功し、谷山燻製鰊くんせいにしんの販路を固めて、見る見るうちに同家万代の基礎を築き初めましたので、谷山一家の私に対する信頼はいやが上にも高まるばかり……そういう私も時折りは
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「なにしろいまはきみ、さけにしんが高級嗜好品しこうひんになっちまった時代だからね」
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今度はにしんを買おうと思って、寡婦ごけさんのところへ行って金貨を出すと
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
「これはまないたじゃありません。テーブルです。お魚はにしんしたのです」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
作「うめえなア、只馬を引張って百五十文ばかりの駄賃を取って、酒が二合ににしんの二本も喰えば、あとに銭が残らねえ様な事をするよりいが、同類になって、し知れた時は首を打斬ぶっきられるのかよ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
同じ仲間の秋刀魚や鯛やかれいにしんたこや、其他海でついぞ見かけたことのないやうな、珍らしい魚たちまで賑やかにならべられてゐましたので、この秋刀魚は少しも寂しいことはなかつたのでしたが
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
そのほか飾り窓の中の軍艦三笠も、金線サイダアのポスタアも、椅子も、電話も、自転車も、スコツトランドのウイスキイも、アメリカの葡萄ぶだうも、マニラの葉巻も、エヂプトの紙巻も、燻製くんせいにしん
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たとえばにしん、これは北のものです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
流氷が去った海岸ににしん群来くき
章魚人夫 (新字新仮名) / 広海大治(著)
色彩がにしんに似ていた。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
浜には津軽つがる秋田あきたへんから集まって来た旅雁りょがんのような漁夫たちが、にしん建網たてあみの修繕をしたり、大釜おおがまけをしたりして、黒ずんだ自然の中に
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「オイ、冗談じゃないぜ! これからにしんと大豆ばっかり食わされるんじゃないか。科学もこうなっちゃ侘しいね」
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
豆腐も駄菓子もつッくるみに売っている、天井につるした蕃椒とうがらしの方が、よりは真赤まっかに目に立つてッた、しなびた店で、ほだ同然のにしんに、山家片鄙へんぴはおきまりの石斑魚いわな煮浸にびたし
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
緑の杉の葉のアーチには、にしんがいる。鮭がいる。眼が光る。腹が光る。口が暗い、尻尾が暗い。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
ぼくは、そっと硝子ガラス窓をあけて、喰いのこしたにしんを見せた。仔猫は何なく中へ入ってきた。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この三十五日間、絶えて変化のない一同の食糧だった乾麺麭ビスクィートと燻製のにしんを取り出して単調な朝の食事を始めた。一同の面には疲労の色が濃くあらわれていたが、みな元気だった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それに引変えやぶれ褞袍おんぼう着て藁草履わらぞうりはき腰に利鎌とがまさしたるを農夫は拝み、阿波縮あわちぢみ浴衣ゆかた綿八反めんはったんの帯、洋銀のかんざしぐらいの御姿を見しは小商人こあきんどにて、風寒き北海道にては、にしんうろこ怪しく光るどんざ布子ぬのこ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それで、その高地を崩していた土方どかたは、まるで熱いお湯から飛びだしてきたように汗まみれになり、フラフラになっていた。皆の眼はのぼせて、トロンとして、腐ったにしんのように赤く、よどんでいた。
人を殺す犬 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「かう長くなるなら、今年の精算をしてから這入るのであつた。にしんの方が十五萬圓、鮭鱒けいそんの方が五萬圓、それがどうしても四五萬の利益はあがつてをる筈だが、どうも、まだ精密な勘定が出來ない。」
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
加察加カムサッカの鮭、にしん宛然さながら燎原りょうげんの火の如く、又は蘇国ソヴェートの空軍の如く、無辺際の青空に天翔あまかける形勢を示したが、その途端、何気なく差した湊屋の盃を受けて唇に当てたのが運の尽き、一瞬のうちに全局面を
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と照正様はうらめしそうに油絵のにしんを見上げた。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
にしんの漁期——それは北方に住む人の胸にのみしみじみと感ぜられるなつかしい季節の一つだ。この季節になると長く地の上を領していた冬が老いる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これまで、今時分の東京の乾物屋の店先にこんなに種々様々にあしらわれてにしんが並んだことがあっただろうか。
諸物転身の抄 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
てっぺんから孔のあいたお釜帽子に、煤いろの襤褸ぼろの腐れにしん臭気においでも放ちそうなのに、縄帯をだらしなく前結びにして、それもきちらした髯むじゃの黒い胸をはだけ、手も足も
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
おなじく大學だいがく學生がくせい暑中休暇しよちうきうか歸省きせいして、糠鰊こぬかにしん……やすくて、こくがあつて、したをピリヽと刺戟しげきする、ぬか漬込つけこんだにしん……にしたしんでたのと一所いつしよに、金澤かなざはつて、徒歩とほで、森下もりもと津幡づはた石動いするぎ
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひつを抱えて、——軒下へ、棚から落したように並べて、ね、蚊を払い(おお、飯はからだ。)(お菜漬はづけだけでも、)私もそこへ取着きましたが、きざみ昆布こぶ、雁もどき、にしん、焼豆府……皆
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こりゃ、お前、赤熊の為業しわざだあね、あの、にしん野郎の。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)