むちう)” の例文
自分自身をむちうたなければならないはずであったのに、そのむちを言葉に含めて、それをおぬいさんの方に投げだしたのではなかったか。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すなわちこの物語のごときも、中絶することすでに二三週、今ようやく再び筆を執るといえども、駑馬どばむちうちて峻坂しゅんぱんを登るがごとし。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
北のかたなる仕合に参らんと、これまではむちうって追懸けたれ。夏の日の永きにも似ず、いつしか暮れて、暗がりに路さえわかれたるを
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
否、かばうどころか、彼が最も愛して居たと思われる婦人の事は右述べた通り完膚なき迄に、不遠慮に自白し、しかばねむちうって居る有様です。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
はらむ事五月にして子を生んで多くたにに浴す。その性騒動にして物を害す、これを畜う者、杙上に坐せしめ、むちうつ事旬月なればすなわちると。
支那では人神牛首じんしんぎうしゆ神農氏しんのうし赭鞭かはむちを以て草木をむちうち、初めて百草をめて、医薬を知つたといひ、希臘ギリシヤではアポローの子、エスキユレピアスが
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
彼は色黒き眼巨なる藤田東湖の如く、天下の万波を捲き起し、これにむちうちて快奔する、破壊的大手腕を有せず。彼は徹頭徹尾建設的経綸家なり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
人々ひとびとこころせよ、それはなんじらを衆議所しゅうぎしょわたし、会堂かいどうにてむちうたん。また汝等なんじらわがゆえによりて、つかさたちおうたちのまえかれん。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
満人からむちうたれるのを目撃し、チチハルでは、日本人の娘子群が、満人から極端に侮辱されているのを視るなど、まことに切歯扼腕せざるを得なかった。
私が張作霖を殺した (新字新仮名) / 河本大作(著)
我輩は右の話を聞て余処よその事とは思わず、新日本の一大汚点を摘発せられて慚愧ざんきあたか市朝しちょうむちうたるゝが如し。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
過般かはん来朝したジョルダン博士は、昔は農民の上に貴族がまたがってこれにむちうち、今は農民の上に兵士が跨り
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
私達は自ら卑屈になることも、人を疑ぐることもいらないのですね。切に求めてゆくところに生活はあるのですね。私は逡巡する自分をむちうってひたすら求めました。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
「斯樣な始末では御座る。死屍ししむちうつやうで心苦しいが、申さなければかへつて疑惑を増すであらう」
斯うして汝等と同じ安泊やすどまりくすぶりおるが、伊勢武熊は牛飼君の股肱ここうぢやぞ。牛飼君が内閣を組織した暁は伊勢武熊も一足飛に青雲に攀ぢて駟馬しばむちうつ事が出来る身ぢや。
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
良三郎君のところへは来なかったかやと、それはむしろ自分自身をぴしりとむちうつ言葉を咄嗟にかけて、みるみる冷たくせる相手の頬の痙攣をもはっきりと胸に感じた。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
彼は、痴話喧嘩のあとで必ず自分の空想が同じ順序を追ってこういう気持に到達するのだという自嘲的な想念によって烈しくむちうたれながら、次に来るA子の言葉を待っていた。
河鹿 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
驚破すわや、白は紫を後に残して、真先に進む源をも抜かんとする気勢けはいを示して、背後に肉薄して来た。「青」、「白」の声は盛に四方から起る。源も、白も、馬にむちうって進みました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
諸君も屍にむちうたないという寛大の心を以て、すべての私の過去をゆるしてもらいたい。
或教授の退職の辞 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
この両三年来の私の生活は自らむちうつ生活であつた。自分で自分を責めた挙句、私は自殺の心をさへ起した——或時は江州がうしうの片田舎で、或時は京都の旅舎で、また或時は九州の旅のはてで。
愛は、力は土より (新字旧仮名) / 中沢臨川(著)
さく出来栄できばえ予想よさうして、はなかほりひらめくひかりごと眼前がんぜんあらはれた彫像てうざう幻影げんえいは、悪魔あくまに、おびうばはうとして、らず、きぬかうとして、ず、いましめられてもなやまず、むちうつてもいたまず
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かの女は都会人らしい昂奮こうふんを覚えて、乗りものを騎馬かなぞのようにむちうって早くにぎやかな街へ進めたい肉体的の衝動に駆られたが、またも、むす子と離れている自分をおもい出すと、急にしおれ返り
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
僕が僕自身をむちうつと共に谷崎潤一郎氏をも鞭ちたいのは(僕の鞭にとげのないことは勿論谷崎氏も知つてゐるであらう。)その材料を生かす為の詩的精神の如何いかんである。或は又詩的精神の深浅である。
こは音を以て言に代へたる全曲のじよ看做みなさるべきものなり。狂飇きやうへう波をむちうちてエネエアスはリユビアのなぎさに漂へり。風波におどろきし叫號の聲は神に謝する祈祷の歌となり、この歌又變じて歡呼となる。
彼はその文を再三柱にむちうちて、終になはの如く引捩ひきねぢりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
むちうつやうに
雨の歌 (新字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
あのころといわずつい昨今まで僕には自分で自分をむちうつような不自然さがあった。しかし今はもうそんなものだけはなくなった。
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼らはむちうたれつつ死に赴くものであった。ただその鞭の先に、すべてをやす甘い蜜の着いている事をさとったのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
絹をつ石の下を捜るに果してその家妻子以下の名簿一軸あり、生まれて一月にしかならぬ子の名はなし、韓生驚いて犬をむちうち殺し、その肉を煮て家僮かどうに食わせ
惰風をむちうち、汚俗をめ、士気ここに揚り、国用ここに富み、潰敗せんとする社会を整理統一し、以てまさきたらんとする外艱がいかんに備うるは、彼が改革の第一主眼なりき。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しもとの音ひうと鳴りて肉をむちうひゞきせり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
……貴様の科学は今どこに行ってしまったのだ。そんな風に園はむちゃくちゃに停車場の方に向って歩きながら、自分で自分をむちうってみた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼等かれらむちうたれつゝおもむくものであつた。たゞそのむちさきに、すべてをやすあまみついてゐることさとつたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
戯れに一絶をつくって曰く、〈聞説きくならく獼猴性すこぶるさとし、相車来ればすなわち満山に迎う、騾にむちうちてここに到れば何ぞかつて見ん、始めて覚る毛虫もうちゅうにもまた世情〉。
妻は始めから今までぢつと我慢してこの声にむちうたれてゐたのかとはじめて気がついて見ると、彼には妻の仕打ちが如何いかにも正当な仕打ちに考へなされた。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
聖徒に向ってむちを加えたる非の恐しきは、むちうてるものの身にね返る罰なきに、みずからとその非を悔いたればなり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
習性及び形態の保存に固着してカリバンのように固有の生活にしがみ附こうとする生物を或る神秘な力がむちうちつつ、分化から分化へと飛躍させて来た。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
乗る馬の息の、やみ押し分けて白く立ち上るを、いやがうえにむちうって長き路を一散にけ通す。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
清逸にとってはこれだけの言葉の中に自分を苦しめたりむちうったりする多くのものが潜んでいるのだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
降る雨の地に落ちぬを追い越せと、乗る怒は車夫の背をむちうってけつける。横にあおる風を真向まむきに切って、歯を逆にねじると、甲野の門内に敷き詰めた砂利が、玄関先まで長く二行に砕けて来た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はこの力をもって己れをむちうち他を生きる事が出来るように思う。お前たちが私の過去を眺めてみるような事があったら、私も無駄には生きなかったのを知って喜んでくれるだろう。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
レオは雄々おおしくも裸かになって出て行った。さてレオが去った後、レオにかかる苦行くぎょうを強いながら、何事もなげに居残ったこのフランシスを神は厳しくむちうち給うた。眼ある者は見よ。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
然し縦令反抗するとも私はこれで筆をくことは出来ない。私は言葉をむちうつことによって自分自身を鞭って見る。私も私の言葉もこの個性表現の困難な仕事に対してつまずくかも知れない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しょんぼりと泣きも得せずに突っ立ったそのまわりには、あらん限りの子供たちがぞろぞろといて来て、皮肉な眼つきでその子供をむちうちながら、その挙動の一つ一つを意地悪げに見やっていた。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
姉は疑深い眼をしてむちうつやうにお末を見た。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)