金槌かなづち)” の例文
遊んでいる金槌かなづちをこっそりにぎったりすると、鍛冶屋かじやのおやじは油汗あぶらあせで黒く光っているひたいにけわしいしわをつくっていうのだった。
空気ポンプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
猪之はやけに金槌かなづちの音をさせた。登はお雪から手提げの籠を受取り、あとから茶を持っていく、というのを聞きながら賄所を出た。
「さあこの冷え切った林檎は、相当堅くなりましたよ。小さい釘ぐらいなら、この林檎を金槌かなづちの代りにして、木の中に打ちこめますよ」
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕がぎょっとしている間に、石井さんは手許にあった金槌かなづちで叩き潰してしまいました、そしてこの水銀は茶色の粉となってしまいました。
宇宙爆撃 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
成程そこは敷居が滅つた上、土臺がゆるんで、のみか小刀か、せめて金槌かなづちでもあれば、樂に戸が外せるやうになつてゐるのでした。
「も一本くぎを打ってやれ。道具はどこにあるんだ? 釘を一本打ったぞ。二本打ったぞ。も一つ金槌かなづちでとんと! そら、これでよし……。」
船に帰って、ピンポンをしていると、M氏が来て「坂本君、コダックは」ときます。愕然がくぜん、ぼくは脳天を金槌かなづちでなぐられた気がしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
一梃の大きな金槌かなづちとギラギラ光る出刃庖丁を持ち出して、まず金槌を握ると、馬の鼻づらをメカクシの上から力一パイなぐり付けましたので
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
その代りに彼の手は、腰のバンドを探って、そこに挟んであった金槌かなづちのような物を握りしめていた。それはトム公の職業用のカンカンハンマーである。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金槌かなづちの音は三日間患者たちの安静を妨害した。一日の混乱は半カ月の静養を破壊する。患者たちの体温表は狂い出した。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
牡山羊おやぎとサチール神とが向かい合ってる古風な装飾のある練鉄の重い金槌かなづちを取って、案内の鐘を一つ激しくたたいた。
のみならずまだ新しい紺暖簾こんのれんの紋もじゃだった。僕らは時々この店へ主人の清正をのぞきに行った。清正は短い顋髯あごひげやし、金槌かなづちかんなを使っていた。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
皆は銀の金槌かなづちこしらへて赤星に贈つた。茶会でも開いて、皆の居合はす前で、例の香炉を叩き割れといふ謎なのだ。
千恵は呆気あっけにとられました。といふより、何か金槌かなづちのやうなもので脳天をガアンとやられたやうな気持でした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ある男が鉄兜てつかぶとを割られ、頭蓋骨をくだかれて道のまん中で死んでいる。そばに小さな金槌かなづちが一つ落ちている。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お松はその時、胸の上へガンと金槌かなづちをぶっつけられたような気持がして、もう、意地も、我慢も、見栄も、分別もなく、隠れ場から走り出してしまいました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鉄輪かなわ」の「今更さこそ悔しかるらめ、さてりや思い知れ」と金槌かなづちくぎを打ち付ける様をする時は、腰を折って執心する眼に注意するようにと教えたこと。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いつもりの玄竹げんちくると、但馬守たじまのかみ大抵たいていむかひではなしをして障子しやうじには、おほきな、『××の金槌かなづち』と下世話げせわ惡評あくひやうされる武士髷ぶしまげと、かたあたまとがうつるだけで
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
道具箱からのみ金槌かなづちを持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風あらしで倒れたかしを、まきにするつもりで、木挽こびきかせた手頃なやつが、たくさん積んであった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十字架を地に置く者、穴を掘る者、釘と金槌かなづちとを揃える者、等々。かくて没薬もつやくを混ぜた葡萄酒ぶどうしゅをイエスにすすめました。これは苦痛を軽減するための麻酔剤です。
『はアいまき、二人連ふたりづれで、んだかんねえが、金槌かなづちつて、往來わうらいたゝきながらあるいてたツけ』
晴れた大空へかんかんと金槌かなづちの音をさせて荒っぽく仕事をするので、どうも、はなはだ愉快で、元来
鍛冶かじ屋の兄弟だったんですよ。親も妻子も無しで二人かせぎに稼いで居たんですよ。だが弟の腕がどうも鈍い。兄の方が或る時癇癪かんしゃくを起して金槌かなづちを弟に振り上げたんですね。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その縁側にかけてある干鱈ひだらをむしつて、待て、それは金槌かなづちでたたいてやはらかくしてから、むしらなくちや駄目なものなんだ。待て、そんな手つきぢやいけない、僕がやる。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
アノお隣で、なんくぎを打つんだとまうしますから、蚊帳かや釣手つりてを打つんですから鉄釘かなくぎ御座ございませうとまうしましたら、かねかねとのひで金槌かなづちるからせないとまうしました。
吝嗇家 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その炎熱の中で箱をあけたが、白い湯気が濛々もうもうと立って、氷は安泰であった。さっそく用意のドライ・アイスを石畳の上にあけて、金槌かなづちでかんかんと砕いて、十分に補給をした。
白い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その頃、幾年となく、黒衣くろごの帯に金槌かなづちをさし、オペラ館の舞台に背景の飾附をしていた年の頃は五十前後の親方がいた。眼の細い、身丈せいの低くからぬ、丈夫そうな爺さんであった。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
金槌かなづちや手斧の音がぱったりやんだ。時計を出して見れば、なるほど五時になっている。
普請中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
木舞こまいをつける際には金槌かなづちのひと打ちで釘をすっかり打ちこむことができるのをおもしろく思った。その次には、壁土をこね板から壁にきれいに速く移すのが、わたしの野心となった。
主なる原因は石臼の普及、もう少し細かく言えば、臼の目立てと称して、一種尖って刃のついた金槌かなづちをもって石臼に目を切る職人が、農村の隅々すみずみまで巡回するようになった結果であり
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ポリモスはそこで、朝日の光がさすまで見張つてゐて、それから町へいつて、金網をたくさん買ひこみ、大きなくぎ金槌かなづちまで買つてきて、洞穴の口をすつかり金網でふさいでしまひました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
それから横ポケットにブランブランしている金槌かなづちを取って、仕事にかかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
清三は金槌かなづちか何かでガンと頭を打たれたような気がした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「いや、武家なら刀で斬るだろう。これは金槌かなづちか何かで力任せにやられたんだ。手際のいい鍛冶屋かじやか何かの仕事じゃないか」
それでも、中庭の向こうに建てられてる家の屋根の上では、この悲しむべき日々の間、驟雨しゅううの下で、職人どもが最後の金槌かなづちを打ち納めていた。
ひとりは大きなはさみを取り、ひとりは重い火ばしを取り、ひとりは金槌かなづちを取って、一言も発せずにとびらから斜めに並んだ。
この話を聞いたときばかりは、流石さすがの乃公も、金槌かなづちで頭を殴られたようにはっと驚いたよ。——だが、そんな莫迦気ばかげたことがあるものかと、憤慨した。
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さざえのふたは、金槌かなづちでも、開かないことを知っていた。さざえの貝のしりあぶれば、自然、中身は抜けるという卑俗ひぞくな道理を、かれは先頃から考えていた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
アスファルト路の欠けた処をふさぐためにくぎづけにしてあるのを、子供達が、各自家から持出した、金槌かなづち、やっとこの類で、取りはずすのに、大童おおわらわでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
比較的静かな舞台ぶたいの裏側では、道具方の使う金槌かなづちの音が、一般の予期をそそるべく、折々場内へ響き渡った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
釘と、石ころの金槌かなづちで、たんねんにふたのまわりに穴をあけると、ようやく蓋をとることが出来た。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
老管理者はみちで金物屋に寄つて、金槌かなづちを一ちやう買つて帰つた。そして図書庫としよぐらに入ると、手垢てあか塵埃ほこりとにまみれた書物を一冊づつ取り出しては、いやといふ程叩きつけたものだ。
背後の兵舎のほうから、誰やら金槌かなづちくぎを打つ音が、かすかに、トカトントンと聞えました。
トカトントン (新字新仮名) / 太宰治(著)
やがて、鬼気漂う地底のあなぐらに、一打ち毎に人の心を凍らせるような金槌かなづちの音が響き渡った。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かたちが悪いからそいつを金槌かなづちで欠いて取ったが、そのときも同じような小言をくわされた。それから踏石、——玄関の脇の木戸口から広縁まで、平ぺったい石がとびとびに置いてある。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「大丈夫だよ。手さぐりでも」自分はかまわずに電燈をつけた。細帯一つになった母は無器用ぶきよう金槌かなづちを使っていた。その姿は何だか家庭に見るには、余りにみすぼらしい気のするものだった。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
金槌かなづち往來わうらいたゝくとは奇拔きばつである。大笑おほわらひをして、自轉車隊じてんしやたいてらはいつた。
呪詛じゅその悪念が集中して象徴化した藁人形を取り出して、松の幹の一面に押しつけると共に、左の手でそれを抑え、右の手をまたも懐中へ入れて、新たに取り出したのは一梃の金槌かなづちであります。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
寝床の上にいた酒に酔ってるらしい老人も、寝台からおりて、手に道路工夫の金槌かなづちを持ってよろめきながら出て来た。
手代の徳次はさう言つて、のみ金槌かなづちで引つぱがすやうにして開けた、二枚目の雨戸と敷居の傷などを見せて居ります。