重畳ちょうじょう)” の例文
旧字:重疊
こういうことのあったのは永禄元年のことであるが、この夜買った紅巾こうきんたたりで、土屋庄三郎の身の上には幾多の波瀾はらん重畳ちょうじょうした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「よう、法月氏のりづきうじか! 意外な所でお目にかかった。いつもご壮健か、イヤ、それは何より重畳ちょうじょう、して、いつ江戸表へお帰りでござった」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
波瀾を重畳ちょうじょうさせつつ嬌艶に豪華ごうかにまた淑々として上品に内気にあどけなくもゆらぎひろごり拡ごりゆらぎ、更にまたゆらぎ拡ごり
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
永い間まもって来た堅固けんごな城壁も——海抜七千尺に近いこの高原を囲む重畳ちょうじょうたる山岳も——空爆の前には何の頼みにもならなかったのである。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
こうして急流は変じて深潭しんたんとなり、山峡の湖水となり、岩はその根を没して重畳ちょうじょう奇峭きしょうおもむきすくなからず減じてしまったと聞いた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「いや、いろいろとよいこと聞いて重畳ちょうじょうじゃった。では、せいぜいお客をたいせつに勤め果たして、はようそなたも玉の輿こしにお乗りなせえよ」
が、相当に重畳ちょうじょうたる山岳の起伏はあっても、もちろん我々はこの陸地がそれほどまでに大きなものとも考えてはいなかった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
お許しなさろうと思召せば、それで四方八方まるくおさまって、何より重畳ちょうじょうなわけ——だが、あんなにうちしおれておるものを
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あたかも鷲の腹からうまれたやうに、少年は血を浴びて出たが、四方、山また山ばかり、山嶽さんがく重畳ちょうじょうとして更に東西をべんじない。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
やがて眼界にわかに開けた所へ出れば、重畳ちょうじょうせる群山波浪のごとく起伏して、下瞰かかんすれば鬼怒きぬの清流真っ白く、新しきふんどしのごとく山裾やますそぐっている。
こりゃ外の道を取るがよかろうといって外の方向を見ますと実に深山重畳ちょうじょうとして外に取るべき途はどこにも見当たらぬ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
日本はまことに天幸にて、戦争の辛苦は書史にて御覧なされ候のみ、いまだ実地を御覧なき段、重畳ちょうじょうの御事に御座候。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鏃の深さと狙いの確かさは二人の精神的に重畳ちょうじょうされたものが、かくも鮮やかな互のいのちを取り合うことに、その生涯をかけていどまれたものに思えた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それは重畳ちょうじょうじゃ。何、予が頼みと申しても、格別むずかしい儀ではない。それ、そこに老爺おやじは、少納言殿の御内人みうちびとで、平太夫へいだゆうと申すものであろう。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は長い橋の中ほどにたたずんで川の上流の方をながめると、嶮岨けんそな峰と峰とがえりを重ねたように重畳ちょうじょうしている。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
半「おめえが貰ってくれゝば実に有がたい、それに一と晩でも抱寝だきねをした女だから実は女郎に売りたくもえのよ、おめえ彼奴あいつを留守居にしてくれりゃア重畳ちょうじょうだ」
細長い建物の北側がすぐに湖水の絶景に面し、南側は湖畔の小村落をへだてて、はるか重畳ちょうじょうの連山を望みます。私の部屋は、湖水に面した北側の一方の端にありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さるをかくごとくなるに至りし所以ゆえんは、天意か人為かはいざ知らず、一動いて万波動き、不可思議の事の重畳ちょうじょう連続して、其の狂濤きょうとうは四年の間の天地を震撼しんかん
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一夜例の如く発熱詩の如くの如き囈語げいご一句二句重畳ちょうじょうして来る、一たび口を出づればまた記する所なし。中につきて僅かに記する所の一、二句を取り補ふて四句となす。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
一度の文で相手の返しがあれば重畳ちょうじょう、たといそれが梨のつぶてであろうとも、かさねて頼みには参られなよ。うき世のことが煩ささに、こうして隠れ栖んでいる身の上じゃ。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その面の上にも下にもいくつもの面が限りもなく層状に重畳ちょうじょうしていて、つまり一つの立体的の世界がある、その世界の一つの断面がくっきり描かれているような気がします。
書簡(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それが動かなくなると重畳ちょうじょうたる峠にいくつともなく白いものが積りだして、やがて里へも雪の季節がやってくる、その年のはじめての雪は例の少ないほどはげしい吹雪だった。
日本婦道記:おもかげ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昨夜、板橋を出ていつのまに八王子へ来てしまったろうと、いぶかしさに堪えられません。しかしながら駕籠はいよいよ急ぎます。暫くして行手に山岳の重畳ちょうじょうするのを認めました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
弓弭ゆはず清水しみずむすんで、弓かけ松の下に立って眺める。西にし重畳ちょうじょうたる磐城の山に雲霧くもきり白くうずまいて流れて居る。東は太平洋、雲間くもまる夕日のにぶひかりを浮べて唯とろりとして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
渓流は細いが、水は清冽で、その辺は巨大な岩石が重畳ちょうじょうしており、くすまじって大榎おおえのきの茂っている薄暗い広場があって、そこにおあつらえ通りささやかな狐格子きつねごうしのついた山神さんしんほこらがある。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
推理の矛盾と重畳ちょうじょう百出ひゃくしゅつするのであるが、これが原因をたずねると、つまり二つに帰する。
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
叩きふせてやろうと思いましてね、ゆうべから死に身になって探していたんだが、ここでつかまえることが出来たのはなにより重畳ちょうじょう。仙波さん、きょうは遠慮をしないから覚悟をなさい
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
牡鹿山の城は、うしろに重畳ちょうじょうたる山岳地帯を控え、城のある部分だけが平原に向って半島の如く突出していたので、敵はその半島のすそをU字型に包囲して、蜿蜒えん/\たる陣形を作っていた。
雪之丞は、山ぐみが、さも重畳ちょうじょうとして見える、所作舞台へと、間もなく現れた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
其許様そこもとさま御舟ニテ向島ニ可被遣之由つかわさるべきのよし被仰聞おおせきけられ重畳ちょうじょう御心遣ノ段忝奉存候かたじけなくぞんじたてまつりそろ然共しかれども今回小次郎ト私トハ敵対ノ者ニテ御座候、然ルニ小次郎ハ忠興様御船ニテ被遣つかわせられ私ハ其許様御船ニテ被遣ト御座候処
巌流島 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
もうかれば重畳ちょうじょう……いよいよ取り掛かりましょう、ということになりました。
日本は海国で、島国であるには違いないが、国内には山岳が重畳ちょうじょうして、その内部へ入ると、今でも海を見たことのないという人によく出会うのは、私が山岳地の旅行で親しく知ったことである。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
石塀は崩れかけたまま重畳ちょうじょうする丘の地肌を縫い、コルクの木は近代工業の一部に参与している重大さを意識して黒く気取り、ゆうかり樹は肺病を脅退スケア・アウェイするためにお化けのように葉と枝を垂らし
あんなことをったのはわたくし重畳ちょうじょうわるうございました。これにりまして、わたくし早速さっそく情婦おんなります……。あの大切たいせつ女房にょうぼうなれては、わたくしはもうこのきている甲斐かいがありませぬ……。
重畳ちょうじょうの幸福と人のうらやむにも似ず、何故か始終浮立ぬようにおくらしなさるのに不審をうつものさえ多く、それのみか、御寵愛ごちょうあいを重ねられる殿にさえろくろく笑顔をお作りなさるのを見上た人もないとか
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
ある時、私は兵さんにいて、龍田山に登った。それは私達の村はずれ、田圃のつきるところ、坪井川の源であるところに重畳ちょうじょうする山脈の一つの突起であって、きのこのよく生えるところであった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
「ほほう、それは重畳ちょうじょう」と、兄は何も気がつかぬように言った。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
重畳ちょうじょうした波濤のような山々に就いて説明をした。
案内人風景 (新字新仮名) / 百瀬慎太郎黒部溯郎(著)
天下万民のよろこびと共に、家康も心より重畳ちょうじょうに存じおります——と、そちの口からもくれぐれおよろこびを申し述べてくれよ
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近くの街の屋根瓦の重畳ちょうじょうは、おどってし寄せるように見えて、一々は動かない。そして、うるさいほどかたの数をそびやかしている高層建築と大工場。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「とにかく、大団円で結構じゃ。なかなか因縁の多い仕事じゃったが、何しろまあ、めでたく終わって重畳ちょうじょうじゃよ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
瑞泉寺山から継鹿尾つがのおからすみね重畳ちょうじょうして、その背後から白い巨大な積雲の層がむくりむくりと噴き出ていた。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「左少弁どの、久しゅう逢わなんだが、変わることものうてまずは重畳ちょうじょうじゃ。きょうは一人かな」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「これはこれは早速おきき届けくだされ、誠にもって重畳ちょうじょう重畳。さあさあ焚火におあたりなされ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いや、なによりなことを承って重畳ちょうじょうでござる。下手人の人相書きはすでに上がっているゆえ、二日ふつかとたたぬうちに、きっとこの右門が、ご主人のかたきを討ってしんぜましょうよ。
何、叶えてくれる? それは重畳ちょうじょう、では早速一同の話を順々にこれで聞くと致そう。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
碧色というから遠い山だろう、遠く遠く、重畳ちょうじょう山脈やまなみが重なっている、その山脈を
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
土を見たい彼には、全く土がしだいに広場をつくり、他の何物にもおよびがたい重畳ちょうじょうたるおもむきを加えていたから、樹木の枯れたのには、それに代るものを植え附けようとはしなかった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
このものがたりの起った土地は、清きと、美しきと、二筋の大川、市の両端を流れ、真中央まんなかに城の天守なお高くそびえ、森黒く、ほりあおく、国境の山岳は重畳ちょうじょうとして、湖を包み、海に沿い、橋と、坂と
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これ等幾十と指点することの出来る山や島の頂線のみが上下相重畳ちょうじょうして、鮮明にはてしのない霞海かかいうちに、無言の交響楽をかなでている荘厳な光景は、これを現実と見るには余りに清浄であり
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)