ついや)” の例文
これに反して鰐博士は、むしろ子宮や乳房ちぶさの自然退化を促進する方を捷径しょうけいと見て、既に三十年をその研究についやして来た権威者である。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
あくる日はまる一日じゅう、諸方しょほうの訪問についやされた。新来の旅人はずこのまちのお歴々がたを訪問した。初めに県知事に敬意を表した。
全体我邦わがくにの家庭は主人一人の翫具や慰みのために多額の金をついやして家族一同のためには一銭二銭の買物さえ惜しがるというふうがある。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
迷庵が精出して文字を覚えるといい、抽斎が小学に熟練するといっているこの事業は、これがために一人いちにんの生涯をついやすかも知れない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すべての行動が、いかにもれ切った世界に、大したエネルギーをついやすことなしに、いとも正確にすすめられてゆくという風に見えた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
吉野、松島の如きはその占有する所の空間広くして一見なほ幾多の時間をついやす者、これ天然の美ありとするも美術的ならざるなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
すなわち三丰のりし所の武当ぶとう 大和山たいかざんかんを営み、えきする三十万、ついやす百万、工部侍郎こうぶじろう郭𤧫かくつい隆平侯りゅうへいこう張信ちょうしん、事に当りしという。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ミリガン夫人ふじんが両親のことを言いださなかったなら、わたしは親方がくれた十分の時間以上いじょうをさようならを言うためについやしたであろう。
つまりは百年前には一人の力で、一月以上もついやすべかりし仕事を、今ではまる一日もかからずに片づけるようになってしまったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼はこの「私はあなたを愛する」というたった一言を伝える為に、たっぷり三ヶ月の日子にっしついやしたのです。ほんとうにうその様な話しです。
日記帳 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
只今なればきに棒を持って来てこれ/\と人を払って、詰らぬものを見ていて時間をついやすより早く往ったが好かろうと保護して下さるが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
柿右衛門かきえもんという人などは、熟柿じゅくしが枝に下っているのを見て、その色を出そうとして、生涯をついやして出来ず、その子がこれをついで半ば完成し
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
一体、自然派の文学者は、経験だの真理だのをいやに重大視して居ながら、「」と云う事に就いては一言もついやして居ない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兄さんが学問以外の事に時間をついやすのがおしいんで、万事人任ひとまかせにしておいて、何事にも手を出さずに華族然と澄ましていたのが悪いんですよ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
愚劣な小説ほど浅薄な根柢こんていから取捨選択され一のことに十の紙数をついやすにかかわらず、なお一の核心を言い得ないものである。
今日までの成跡せいせきを以て見ればいまだ失望の箇条もなく、先ずついやしたる財と労とにむくいけの功をばそうしたるものというべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
登る時には長い時間と多くの汗水とをついやさせた八溝山も、そのおりる時はすこぶる早い。しかしり道も決して楽ではなかった。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
その金はことごとく、不正と乱行のためについやされているんだ。いゝですか、僕は、警官としての君にこれを言つてるんだぜ。いや、それはどつちでもいゝ。
この握りめし (新字新仮名) / 岸田国士(著)
私信の一部を公にしては悪いが、わたしの筆に幾万言をついやして現わそうとするよりも、この書簡の断片の方がどれだけ雄弁に語っているか知れない。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
口で言うと、単にこれだけの手つづきであるが、これだけのことを確かめるまでに殆んど一年間をついやしたのであった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また、さっきの待合室のソファに、二人並んで腰をかけると、新子は一時間も食事に時間をついやしたことに気がついて
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
善悪正邪せいじゃはとにかく、損徳そんとくの点から打算ださんしても、なんの必要もなきところに、感情をついやすことはおろかなわざである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そのピーボディーは彼の一生涯を何についやしたかというと、何百万ドルという高は知っておりませぬけれども、金を溜めて、ことに黒人の教育のために使った。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
その点からいって、それについやされた紙数は、これまでの記録にくらべて、あまりにも多過ぎたように思える。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
七兵衛はここで時間を少しよけいについやしたいのだから、わざと気長く構えて、親方と話をしているところへ
なにも、面倒な臨床学など習って実地研究の何年間などついやす必要は無いわけです。処が、その必要がある。
慈悲 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
カロン自身も、不幸な災厄を避けたい気があって、六月の中頃まで、あれこれと試射の方法を論議することに日をついやし、ひたすら遷延の策を講じていたのである。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あるが故に、小柴角三郎は、肺も心臓も、へとへとになるまで、指笛に息をついやした。しまいには、血を吐くと思われるほど、音がれ、全身がつかれてしまった。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうしておよそ二刻ふたときあまり山路で時をついやしたが、その時突然間近の峰から勇ましいときこえが湧き起った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
赤穂あこうの城を退去して以来、二年に近い月日を、如何いかに彼は焦慮と画策かくさくとのうちに、ついやした事であろう。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし彼女は、少々の金をついやしてもこれさえ覚えておけばまさかの時に役立つといって習い続けた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
東北の旅に思わずも長い時をついやしました。ここからきびすを返し中部を見学することに致しましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
私はその金でカルカッタに居る時分随分沢山参考書を買い、なおネパール国王に上げる家苞物みやげものにもなかなか沢山金をついやしたけれども、三百ルピーの金が余って居ったです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
紳士は十六ミリ映写機のなめらかなる廻転を賞し、その運動の美しさに惚込ほれこみ、自動車の車体の色彩に興味を覚え、エンジンの分解に一日をついやし、その運動に見惚みとれたりする。
それに対して山田博士云、「遣唐使の派遣が大命を奉じて死生をして数年をついやして往復するに、綿のみにても毎年二十万屯づつを輸入せりとすべきか」(講義)と云った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
いよ/\利根の水源すゐげん沿ふてさかのぼる、かへりみれば両岸は懸崖絶壁けんがいぜつぺき、加ふるに樹木じゆもく鬱蒼うつさうたり、たとひからふじて之をぐるを得るもみだりに時日をついやすのおそれあり、故にたとひ寒冷かんれいあしこふらすとも
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
小道具など色々の細工物に金銀をついやし高価の品を作り、革なども武具のおどしにも致すべきものを木履ぼくり鼻緒はなおに致し、もっての外の事、くつは新しくとも冠りにはならずと申すなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
今突然意外な機会が目の前に現われて来たのを見ては、とかくの思慮をついやす暇もない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
上京の途中は大阪の知人をたずね、西京さいきょう見物に日をついやし、神戸よりは船に打ち乗りて、両親および兄弟両夫婦および東京より迎えに行きたる妾と弟の子の乳母うばと都合八人いずれも打ち興じつつ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
自分はそのために青春の精力の半ば以上をついやしたといってもいい。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
この問題は抽斎をして思慮をついやさしむることを要せなかった。何故なにゆえというに、渋江氏の勤王は既に久しく定まっていたからである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして礎石の爆発よりホテルの完全倒壊とうかいまで約一分十七秒をついやしたという数字の方が、より一層読者の科学する心を刺戟しげきすることであろう。
取調べには可成かなりの時間をついやしたけれど、被害者鶴子の母親が提出した一通の封書のほかには、別段これという手掛りもなかった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わが越後のごとく年毎に幾丈いくじょうの雪を視ば何の楽き事かあらん。雪のために力を尽し財をついやし千辛万苦する事、下に説く所を視ておもひはかるべし。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
第一は四寸ばかりの高さの首なるがこは自分の顔を鏡に写しながら二日をついやしてねあげし者なれど少しも似ずと人はいふ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
予定の時日を京都でついやした自分は、友達の消息たよりを一刻も早く耳にするため停車場を出ると共に、岡田の家を尋ねなければならなかったのである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
早く申せば旨くもねえものをこんなに数々とりはせぬぞ、長居をして時間ときついやし、食いたくもない物を取り、むだな飲食のみくいをしたゆえ代は払わんぞ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
毎日御出勤なさるという御用もないのにかつ二本のお足も御満足であるのに抱車や車夫のため毎月三、四十円をおついやしになるのは何のためですか。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
その往復だけでも相当の時間をついやしてしまうので、肝腎の読書の時間が案外に少ないことになるにはすこぶる困った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
はなはだしきは権家に出入して官の事業を探索する等、無用の時をついやして本業を忘るるにいたる。その失、二なり。