ふすま)” の例文
あはれ新婚しんこんしきげて、一年ひとゝせふすまあたゝかならず、戰地せんちむかつて出立いでたつたをりには、しのんでかなかつたのも、嬉涙うれしなみだれたのであつた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
チチ、チチと、小禽ことりの声がする。客殿の戸のすきまから仄白ほのじろい光がさす。夜明けだ。頼朝は、声なく、叫びながらふすまを蹴って起きた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ゆうべは小屋に備えてあるふすまがあまりきたないので、厨子王がこもを探して来て、舟でとまをかずいたように、二人でかずいて寝たのである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
成経 何か形見かたみに残したいがわしに何もあろうはずがない。このふすまをあなたにのこします。わしはこれで雨露あめつゆをしのぎました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
一一〇五更ごかうそら明けゆくころ一一一うつつなき心にもすずろに寒かりければ、一一二ふすまかづかんとさぐる手に、何物にや籟々さやさやと音するに目さめぬ。
師曰ひけるは、今より後汝つとめて怠慢おこたりに勝たざるべからず、夫れ軟毛わたげの上に坐し、ふすまの下に臥してしかも美名よきなをうるものはなし 四六—四八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
己が云やアいやというのに極っている何故ならばふすまともにする妾だから、義理にも彼様あんな人はいやでございますと云わなければならん、是は当然だ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その中に豊かに華美になまめかしく、敷き設けてある夜のふすまや、脇床に焚きすてて置いてある、香炉などをおぼろに見せていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二十人もが刀を抜きつれていることは、前とすこしも変りはないけれども、眼を閉じる前にはなかったすさまじい殺気が、刀のふすまの間に生じている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
旅宿やど三浦屋みうらやと云うに定めけるに、ふすまかたくしてはだに妙ならず、戸は風りてゆめさめやすし。こし方行末おもい続けてうつらうつらと一夜をあかしぬ。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「こいさん、『凍るふすまに』云うとこがおましたな」とか、「『まくらにひびくあられの音』云うとこの恰好かっこうして下さい」
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
紐を解いて敷いて、折り返してかぶれば、やがて夜のふすまにもなりまする。天竺の行人ぎやうにんたちの著る袈裟けさと言ふのが、其で御座りまする。早くお縫ひなされ。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
ふすまかけ足をくるみて、裾おさへかろくたたかす、裾おさへかろくたたかす、垂乳根の母を思へば泣かざらめやも。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
源氏物語の「總角あげまき」の卷で、長患ひのために「かひななどもいとほそうなりて影のやうによわげに」、ふすまのなかにひいなかなんぞの伏せられたやうになつたきり
黒髪山 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
一夜の松風に夢さめて、おもひさびしきふすまの中に、わがありし事、すゝきが末の露程も思ひ出ださんには、など一言ひとことの哀れを返さぬ事やあるべき。思へば/\心なの横笛や。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それのみならず、來歴ある好きふすまをも借し參らせん。巽風シロツコ吹く頃の夕立をも、雪ふゞきをもしのぎし衾ぞとて、壁よりはづして投げ掛くるは、褐色なる大外套なり。
こうなって来ると、ふすまの上に就眠の体勢にこそついたが、眠れなんぞされるわけのものではない。いよいよ昂奮しきってしまって、斎藤はののしるべきを罵って快なりとしている。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黙って眼を閉じたままでいると、静かにふすまを衣せ掛け、部屋の敷居外へ退いて端座した。
三十二刻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
或いはまた「栲衾たくぶすま新羅しらぎの国」などとも謂って、白いという枕詞まくらことばにこのタクのふすまを用いていたのを見ると、是はおそらくは染めずに着たもので、今日謂うところの生麻きあさなどと同じく
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その内にも秋は次第にけて旅寝の夜のふすまを洩れる風が冷たく身にしむようになってくるにつれて、いつになったら、果てしの着くとも思われない愛欲の満たされない物足りなさに
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
女達は次の間へ怪量のふすまをのべた。すすめられるままに怪量はその部屋へ入った。
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とりが鳴いてあずまの国の夜は開けかけた。翁はきょうこそ見ゆれと旅路の草のふすまから起上がった。きょうもまた漠々たる雲の幕は空から地平に厚く垂れ下り、行く手の陸の見晴しを妨げた。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たつた一と眼で雇主やとひぬしをすつかり夢中にさせてしまひ、何百兩といふ巨額の支度金を取つて妾奉公に出た上、鴛鴦ゑんあうふすまの中で、したゝかに垂れ流すといふ、大變な藝當をやる女もあつたのです。
ふすまを打ちかずきながら書籍、雑誌など読みいたりしに、ようやく睡気ねむけづきて、やや華胥かしょに遊ばんとする折しも、枕辺の方に物音して、人の気配するままに驚きて目を開き見れば、こはいかに
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
そうか、だがわしは何処が目あてとも知れぬ旅僧で、草のふすま、石の枕を宿としているのであるから、折角の頼みではあるけれど、そなたを弟子にして伴い歩くことはでき申さぬ。と因果を含めた。
老狸伝 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
鼠すなわち見えず、憎むべきの物を以てまた能く人のために患を防ぐは怪しむべしとあるを思い出で、もしさる事もやとふすまかかげ見ればいと大いなる蜈蚣むかでくぐまりいたりければすなわち取りて捨てつ。
秋のふすまあしたわびし身うらめしきつめたきためし春の京に得ぬ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ふすまぬけて戸をくる京の雪の朝この子が思ひ詩によみがへる
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
日に干せば日向臭しと母のいひしふすまはうれし軟かにして
長塚節歌集:3 下 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しろふすまのさやさやとした
沙弥しゃみ律師ころり/\とふすまかな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
な/\のふすまは濡れて
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
まるで、わが子へするように、木工助は、木まくらをそこへおいたり、ふすまかぶせて、そしてまた、清盛の寝顔のそばへ、ひざまずいた。
ふすまをともにせざるのみならず、一たびも来りてその妻を見しことあらざる、孤屋ひとつやに幽閉の番人として、この老夫おやじをばえらびたれ。
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆふつかた娘の風の心地に、いと寒しと云へば、たかどのへ往きてふすまかづきて寝よと云ひしかど、一人往かむはさうざうし、誰にまれ共に往きてよと云ふ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
俊寛 (ふすまを地になげうつ)わしはあなたを友とは思わぬ。早くみやこに帰るがいい。そして自分の敵に追従ついしょうするがいい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
と、いかにも驚いたらしい、はげしい叫び声が聞こえたかと思うと、ふすまを蹴るらしい音がして、内側から襖が開かれた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紐を解き敷いて、折り返しかぶれは、やがて夜のふすまにもなりまする。天竺の行人ぎょうにんたちの僧伽梨そうぎゃりと言うのが、其でおざりまする。早くお縫いあそばされ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
ふすまかけ足をくるみて、裾おさへかろくたたかす、裾おさへかろくたたかす、垂乳根の母を思へば泣かざらめやも
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
青き空をふすまとして、白き石を枕としたる寢ごゝろの好さよ。かくて笛手ふえふき二人の曲をこそ聞け。童は斯く歌ひて、「トリイトン」の石像を指したり。童の又歌ひけるやう。
一三四二間の客殿を人の入るばかり明けて、低き屏風を立て、古きふすまはし出でて、あるじはここにありと見えたり。正太郎かなたに向ひて、一三五はかなくて病にさへそませ給ふよし。
いつもならふすまの襟をかき寄せ、息をひそめて聴きいるのだが、今宵はその寒ざむとした松籟しょうらいの音までが、自分の幸福をうたって呉れるように思いなされる、——そのときの心のあり方によって
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夜な夜な異様のなき声すとて大評判となり、住職渡辺某はじめ、必定ひつじょう世にいう化け物とやらんいう怪物ならんと、宵よりふすまを打ちかぶりてすほどなりしが、ツイ四、五日前の夜のことなりとか
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
沙弥しゃみ律師ころり/\とふすまかな
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
あたたかふすまやわらかした
しろがねのふすまの岡邊
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
けれど彼女はふすまには入らなかった。身拵みごしらえもかいがいしく、密かに尼院を出て、真っ暗な伊豆山の上へと、ただ一人で歩いていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
掻巻かいまき引被ひっかぶれば、ふすまの袖から襟かけて、おおき洞穴ほらあなのように覚えて、足をいて、何やらずるずると引入れそうで不安に堪えぬ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少壮な身を暖いふすまうちに置けば、毒草の花を火の中に咲かせたような写象がきざすからである。お玉の想像もこんな時には随分放恣ほうしになって来ることがある。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
妾の髪の毛で男の咽喉首のどくびを、くちなわのように巻いてもやったし、重いふすまを幾枚も重ねて、その中で男をしてもやったよ。……ご覧よ、女王様が別の男を召した。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)