うじ)” の例文
それはだ食べられたが、困ったのは酒を強いられた事で、その酒たるや、正月に造ったという濁酒どぶろくで、うじがわいているのであった。
壁の眼の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
うじの発生地となっているということを聞いたのはもう大分以前のことであったが、真黒な焼跡は今も陰々と人を脅かすようであった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
うじがわくように、いつのまにやら、誰が言い出したともなく、もくもくいて出て、全世界をおおい、世界を気まずいものにしました。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「惜しむらく、君は、英敏な資質をもちながら、良き主にめぐり会わなかったのだ。うじの中にいては、かいこまゆを作れず糸も吐けまい」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その罰で鳥になって毎年麦を刈る頃、山畠の附近を上下し、八千八声まで啼かぬと口にうじがわくということである(『甲斐昔話集』)。
しかし子供らもだいぶ大きくなったから、もう大丈夫だろうと思って試みに使ってみた。するとまもなく玄関の天井からうじが降り出した。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
怜悧れいりに見えても未惚女おぼこの事なら、ありともけらとも糞中ふんちゅううじとも云いようのない人非人、利のめにならば人糞をさえめかねぬ廉耻れんち知らず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かれらは、吉原に近い土手裏の湿め湿めした掘立小屋のような木賃に、うじのようにうごめきながら、朝から晩まで唄いつづけていたのであった。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
×子の墓とった新しい石碑に対して追慕ついぼの感じは起らないで、石の下のかんの中でうじに喰われている死骸の醜さが胸に浮んだ。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
お前さんのたましいがわたしの魂の中へ、丁度うじ林檎りんごの中へい込むように喰い込んで、わたしの魂を喰べながら、段々深みへもぐり込むのだわ。
「面白いのう、おれとお母さんとのたった二人から、これだけ増えたとじゃが、……まるでうじが湧いたようなもんじゃなあ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
最も広く用いられたのが、魚のうじであった。空鈎からばりを水中へ流しても釣れないが、蛆を餌につけると、よく釣れた。次に、藻蝦もえびの肉を餌に用いた。
石亀のこと (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その二階の、天井が勾配こうばいになつた六疊が八五郎の巣で、叔母さんに文句を言はれ乍ら、年中うじを湧かせて居るのでした。
「何が松露や。ほれ、こりゃ、破ると、中が真黒まっくろけで、うじゃうじゃとうじのような筋のある(狐の睾丸がりま)じゃがいの。」
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
教育もなければ品格もなければ、ただ土の上に生み付けられて、土と共に生長したうじ同様にあわれな百姓の生活である。
鱗をいたような微塵模様となるうちに、今度は……細長い指のようなものが、っと光って白く……泡の外へ行列うじのように消えてゆくのだった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
片目にて神の国に入るは、両目ありてゲヘナに投げ入れらるるよりも勝るなり。「彼処かしこにてはそのうじつきず、火も消えぬなり」。(九の四三—四八)
ふとつた白うじのやうな蜂の子が、こんがり茶色にあぶりあがつた潮どきを見すまして、素早く鉄板から手の平へ受けて、じゆうじゆうと醤油をかけて
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
『ひどいうじだなア。』と、一ばんちかつた某家ぼうけ武士ぶしそばからでも、死體したいまではまだ一間半けんはんばかりの距離きよりがあつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「洪を殺しても又洪が出来る。リュウなくしてもまた代りが出来る。まるできたないものにうじがわくようなものだ。昔から幾度そんなことを繰り返して来たか」
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
この時我は我胸をむ卑怯のうじの兩斷せらるゝを覺えしが、そは一瞬の間の事にて、蛆はたちまちよみがへりたり。われはたいかなる決斷をもなすこと能はざりき。
長い間筆を捨てて来た僕が臨終の直前まで来て、まだ一度も試みたことのないこうした感想録を作らずにおれなかったのは、やはり弱気のうじいたためだろう。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
それでもなお、かれらの仲間のうちには、いつのまにやら誰も知らないうちに産みつけられた卵からかえったうじのような気まぐれな考えを頭に宿したのが出てくる。
そして、彼は、自分の生命がほとんど、生まれ落ちてから、一顧の価値だもなく、それはちょうど産みつけられたうじが大きくなるように、大きくなったのである。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ある朝私の召使いが、明らかに或る種の蠅のうじと思われる虫の、奇妙な行列に、私の注意をうながした。
少女は手脚を折り曲げられ、顔が崩れ、剥がれた皮膚に点々とうじが湧いて、それが大きな四つ切りの印画紙いっぱいに拡大され、私の鼻さきでふるえているのでした。
恐怖の正体 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
日なたぼこりで孫いじりにも飽いた爺の仕事は、くわ煙管ぎせる背手うしろでで、ヒョイ/\と野らの麦踏むぎふみ。若い者の仕事は東京行の下肥しもごえりだ。寒中の下肥には、うじかぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
馬のやうな屍体、犬猫のやうな屍体、そして人間のやうな屍体、屍体はみな腐爛してうじが湧き、堪らなく臭い。それでゐて水晶のやうな液をたらたらとたらしてゐる。
桜の樹の下には (新字旧仮名) / 梶井基次郎(著)
いのりが終って供えてある酒と肴の方を見ると、皆大きなうじが入って、うようよとうごめいていた。
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
眼だけは爛々らんらんとして輝くものがあるのに、鼻梁は落ち、顔面はただれ、その上にうじが湧いている。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ところで柱を囲繞して、うごめいているのはなんだろう? 柱を一本のはしとすれば、真ん中どころから下へかけ、無数のうじがウネウネと、うごめき廻っているのである。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
或る時幸子は、悦子を連れて水道路すいどうみちへ散歩に出て、路端みちばたうじの沸いたねずみ屍骸しがいが転がっているのを見たことがあったが、その傍を通り過ぎておよそ一二丁も行った時分に
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その時、ぼくたちは後衛中隊の最後尾の分隊だったから、岡田の死体は中国人たちが埋めてくれぬ限り、道端で腐り、野良犬やからすうじなどに食われていったことであろう。
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
自分と同じように、不幸だけを自分のものとして生き残っている前途の真っ暗な人間の、新鮮な空気に触れることのできないうじの湧きかけている心臓をそこに見いだした。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
……藤波だかうじ波だか知らねえが、へたに青地を追いおとそうというなら、江戸の役割三百五十六部屋、これにガエンと無宿むしゅくを総出しにし、南の番所を焼打にかけてしまう
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
自分の体のうみを吸つて太つたうじの白いのがうようよ動いてゐるのが見える。学士は平生からふ虫が嫌ひである。あの蛆が己の口に、目に、鼻に這ひ込むだらうと思つて見る。
... その上に卵を生むしそれが孵化かえるとうじになりますし、蠅ほど不潔なものはありません。衛生を重んずる人は庭の草よりも先に台所の蠅を取らねばならんかと思います」広海子爵
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そのかざぬしも全くもうとろけて了って、ポタリポタリと落来る無数のうじは其処らあたりにうようよぞろぞろ。是に食尽はみつくされて其主が全く骨と服ばかりに成れば、其次は此方こッちの番。
私はこの四畳半の天井からたくさんなうじの落ちたことを思い出した。それが私の机のそばへも落ち、畳の上へも落ち、掃いても掃いても落ちて来る音のしたことを思い出した。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いわばすッてんてんののみのままでうじくのも面白おもしろかろうと、おとこやもめのあかだらけのからだはこんだのが、去年きょねんくれつまって、引摺ひきずりもちむこ鉢巻ぱちまきあるいていた
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
じょう、笑談じゃござんせんよ。あんまり大きな声をお出しなすったんで、きもをつぶしました。魚は川のうじと言うくれえなものなんだもの、ハヤがいたって何も珍しかござんせんよ」
しかし甘藷など食うのは、嫌がる人になれば随分恐ろしい刑罰ぐらいに思うものもある。うじの生じているものは食いたがらぬ人が多い。しかしチーズを嗜む者は誰が蛆を嫌がろう。
貧富幸不幸 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
うじが、また何千匹よ。そのうち夜になって冷たい雨が降り、ひじの骨や背骨が、白く洗われる。もう何処の誰ともわからない。死骸か何か、判らない。村上兵曹。美しく死にたいか。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
蚯蚓みみず蜈蚣むかでになったと載せ、『和漢三才図会』に、蛇海に入って石距てながだこに化すとあり、播州でスクチてふ魚海豹あざらしに化すというなど変な説だが、うじが蠅、さなぎとなるなどより推して
うじや蠅に取りつかれている腐爛ふらんした「死体」ではないか、そんな不気味さを感じた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
死ねば、どうせうじはえとに、血も肉も食いつくされるからだである。ああこの自分が死ぬ。それを、仲間のものは、歌をうたったり笑ったりしながら、何事もないように騒いでいる。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あっちへ行け!……このうじ虫め、貴様がどんなにしたって食いつかれるものか!」
切り裂かれた疵口きずぐちからは怨めしそうに臓腑ぞうふい出して、その上には敵の余類か、こがねづくり、薄金うすがねよろいをつけたはえ将軍が陣取ッている。はや乾いた眼の玉の池の中にはうじ大将が勢揃せいぞろえ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
そこには死がうじのようににょろにょろとうごめいているのが見えた。それよりも……それよりもその影はそろそろと葉子を目がけて四方の壁から集まり近づこうとひしめいているのだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
化膿部にうじがかたまり、掘るとぼろぼろ落ち、床に散ってまた膿に這いよる。
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)