とま)” の例文
漁船の上は、すっかり、とまを敷きならべ、中に、食糧や、夜具や、そして豊田から運び出した重宝の一部だの、すべてを積み隠した。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
崩れた石垣の上から覗くと、其處にはとまを掛けた船が一隻、人が居るとも見えず、上げ潮に搖られて、ユラユラと岸をなぶつて居ります。
うなじてたとまふなばた白銀しろがねに、珊瑚さんごそでるゝときふねはたゞゆきかついだ翡翠ひすゐとなつて、しろみづうみうへぶであらう。氷柱つらゝあし水晶すゐしやうに——
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ゆうべは小屋に備えてあるふすまがあまりきたないので、厨子王がこもを探して来て、舟でとまをかずいたように、二人でかずいて寝たのである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「俺と伯父おじさんとは、これからおかへ往って来る、お客さんが、飯がすんだら、蒲団ふとんをかけて、とまを立ててあげろ、苫を立てんと風邪を引く」
参宮がえり (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とまをかかげて外へ眼をやると、水も空も同じやうにしつとりと青藍の色に濡れとほり、まん円い大きな月が静かにちぎれ雲の上で踊つてゐた。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
山陰道筋の鉢屋をとまとも、かまとも云ったのは、薦を携帯しているが故に薦僧であり、またその薦を苫として小屋がけの屋根をくが故に苫と云い
それから、とまむしろをいくらでもさらって来い、そうして、左っ手の垣根から船縁ふなべりをすっかりゆわいちまえ、いよいよの最後だ、帆柱を切っちまうんだ
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其船の船頭は目腐めくされの中年の男で、今一人の若い方の船頭は頻りに荷物を運んで居た。髪を束ねたかみさんはとまやら帆布やらをせつせと片付けて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
此方こちらは猿子橋のきわに汚い足代あじろを掛けて、とまが掛っていて、籾倉の塗直ぬりなおし、其の下に粘土ねばつちが有って、一方には寸莎すさが切ってあり、職人も大勢這入って居るが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
市の中学からおそらく一週間ぶりに帰った子供はこの一夜を父母と同じとまの下で明かそうとするのであろう。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
気のきいた船頭が、幕やとまで囲いをして用をたさせると、まるで、源平両陣から那須与一なすのよいちおうぎまとでも見るように、は入る人が代るたびごとにヤアヤアとはやす。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
眼の前にぐいと五大力のとまいたへさきが見え、厚く積った雪の両端から馬の首のように氷柱つららを下げている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
舳の三角になったところに日除のとまを掛け、日の出から日没まで、東北のほうばかりを眺め暮していた。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いそに漂着ひょうちゃくしたる丸太や竹をはりけたとし、あしむすんで屋根をき、とまの破片、藻草もぐさ、松葉等を掛けてわずかに雨露あめつゆけたるのみ。すべてとぼしく荒れ果てている。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
とまをかむった四個の舟、煙を吐いている一個の川蒸汽、浮かんでいるものといえばそれだけであった。
畳まれた町 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
川のうえの魚ぶねは、そのとま魚鱗うろこのように列ねて、橋桁の下も、また賑やかな街をつくっている。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
下り船は左右の舟ばたで船頭が竿をさす。時々岸辺の葦に船が触れてサラサラと淋しい音がした。雨が来るととまをふいた。夜船のことだから船中に小田原提灯をともした。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
鳥居の下から舟を雇つて潮來へ向ふ、とまをかけて帆あげた舟は快い速度で廣い浦、狹い河を走つてゆくのだ。ずつと狹い所になるとさつさつと眞菰の中を押分けて進むのである。
水郷めぐり (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
夏中洲崎すさき遊廓ゆうかくに、燈籠とうろうの催しのあった時分じぶん、夜おそく舟でかよった景色をも、自分は一生忘れまい。とまのかげから漏れる鈍い火影ほかげが、酒にって喧嘩けんかしている裸体はだかの船頭を照す。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しばらく彼は書記官としての自分の勤めも忘れて、大坂道頓堀どうとんぼりと淀の間を往復する川舟、その屋根をおおう画趣の深いとま、雨にぬれながらを押す船頭のみのかさなぞに見とれていた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雨の三十間堀へ、とまを掛けた伝馬船が一艘、ゆっくりと入って来るのが見えた。
しじみ河岸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それはたくさんの蛇を殺して土中にうずめ、それにとまをかけて、常に水をそそいでいると、毒気が蒸れてそこに怪しいきのこが生える。それを乾かして、さらに他の薬をまぜ合わせるのである。
象潟きさがたの猟師のひなびたとまぶきの家、佐野の舟橋、木曾の桟橋かけはしなどのありさまは、どれひとつとして心かれないところはなかったが、そのうえなお西国の名所・歌枕を見たいものだと思って
川くまを廻り来る船はとまをかかげて、櫓声ゆるく流を下す、節おもしろき船歌の響を浮べ、白き霧は青空のうちにのぼりゆく、しかもなほ朝日子あさびこの出でむとするに向ひてかの山の端を一抹したる
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
日がさす、雨がふる、いずれにも無論のこととまというものをきます。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二人が土手で騒いでいる声を聴いて、中洲の蘆間を分けて出て来たのは、とまの代りに帆で屋根を張った荷足り船で、艪を漕いでいるのは、弁天娘のお玉だが、若殿六浦琴之丞の姿は見えなかった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
これをまた苫葺とまぶきとも呼ぶのは、舟のとまなどもこの葺き方だったからで、田舎いなかではまたさかわらともいって、ふつうの住居すまいにはきらってこうは葺かず、ちょうどその反対に根本のほうを軒先のきさきに向けて
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わたしはの中の仙境がここへ出現したのかと思った。この時船はいっそう早く走って、まもなく舞台の人が見え、赤い物や青い物が動いて舞台の側の河の中に真黒まっくろに見えるのは、見物人の船のとまだ。
村芝居 (新字新仮名) / 魯迅(著)
とまを突きぬいて、川中へ飛び込んで仕舞ったです。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
秋の田の刈穂の庵のとまを荒み我衣手は露にぬれつゝ
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
黙々とした水夫かこ、おびえた夢にとまをかぶっている旅客、人魂ひとだまのような魚油燈、それらを乗せて、船脚は怖ろしいほどはやくなっている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
崩れた石垣の上から覗くと、そこにはとまを掛けた船が一せき、人が居るとも見えず、上げ潮に揺られて、ユラユラと岸をなぶっております。
そん時だ、われの、顔は真蒼まっさおだ、そういうおめえつらは黄色いぜ、ととまの間で、てんでんがいったあ。——あやかし火が通ったよ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もっとも抽斎をして不平に堪えざらしめたのは、栄玄が庶子とまを遇することの甚だ薄かったことである。苫は栄玄が厨下ちゅうかに生せたむすめである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
湖のなかにも小舟が右に左にあたふたと動いていた。それは皆俗に杭州舟こうしゅうぶねと云っているとまを屋根にした小舟であった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それにヂリヂリと上から照り附けられるとまの中も暑かつた。盲目めくらの婆さんは、襦袢じゆばん一つになつて、ぬらしてしぼつて貰つた手拭を、しわの深い胸の処に当てゝ居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
市の中學から恐らく一週間ぶりに歸つた子供は此一夜を父母と同じとまの下で明かさうとするのであらう。
写生紀行 (旧字旧仮名) / 寺田寅彦(著)
もとより荷足船が参って居りまするから、これへ小三郎音羽の二人に安吉を乗せ、とまを掛けて
とまをはぐって一艘の舟から現われた泰軒は、お艶のその後のとらわれの次第、場所、そしてそこに乾雲丸をもつ隻眼隻手の客丹下左膳がひそんでいることなどを話したのち
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しとしとと来た雨の夜泊の船中で、ねがてたとまの雫の音を聞いていると翁の胸はしきりに傷んだ。翁は拾って来た娘の家の庭の小石を懐から取出して船燈のかげで検めみる。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さきにとまむしろを巻きつけておいた船縁ふなべりへ向って、やや斜めにどうと落ちかかりました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
むらさきにほふ武蔵野の原、塩竈しほがまぎたる朝げしき、一〇象潟きさがたあまとまや、一一佐野の舟梁ふなばし一二木曾の桟橋かけはし、心のとどまらぬかたぞなきに、なほ西の国の歌枕見まほしとて、一三仁安三年の秋は
とまは既に取除とりのけてあるし、舟はずんずんと出る。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこのとまの陰には、船頭の妻とも見えぬなよやかな病人が、つかね髪を木枕にあてて、白いおもてをなかば、夜具のえりにかくして寝ていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それで、大方の話はわかつたが、とまの三七郎から預つた、何んかの大事さうな書き物はどうした、無事だつたのか」
とまも何も吹飛ばされた、恐しい音ばかりで雨が降るとも思わねえ、天窓あたまから水びたり、真黒な海坊主め、船の前へも後へも、右へも左へも五十三十。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
暑くないやうに、一ところとまいてあつて、其処そこに長火鉢や茶箪笥が置いてある。炭取には炭が入れられてある。いつでも茶位入れられるやうになつて居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
刀を持ったなりドブリと綾瀬川へ飛び込むと、よしあしの繁った処に一艘船がつないで居りましたが、とまを揚げて立出たちいでたは荷足の仙太郎で、楫柄かじづかを振り上げて惣兵衞の横面よこつらを殴る。
昭青年だとて、先にあてがあるわけではありませんが、差当って今の取りし方としては、これ以外に無かったのでした。あたりを見廻みまわすと、幸い、とまで四方を包んだ船がある。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)