)” の例文
年齡よりはけて見える物腰、よく禿げた前額、柔和な眼——すべて典型的な番頭でこの男だけは惡いことをたくらみさうもありません。
実直さとともにけ、せぎすな体で、まかない方の辛労をひき受けて来たのだ。無限の実直さには何らの価値もみとめてはいなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
年よりはけた沈んだ色のウールのブラウスをきて、まるでこの場の空気になんの関係もないといったような冷淡な態度をとっている。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
このごろすぐ眉間へ深い立皺の寄る、年よりはぐっとけた母親のおすみがオロオロしたような顔を見せて、土間まで迎えてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
が、彼は今、心の前面に、病床の中からも彼のする事を一つ一つ見守っているような彼の母のけた顔をはっきりとよみ返らせた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
おかみは、はじめ僕には三十すぎのひとのように見えましたが、僕と同年だったのです。いったいに、けて見えるほうでした。
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その当時、まだ中学生になったばかりの中野の記憶に比べれば、相当けてはいるが、たしかに見当違いではないと断言出来た。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
たしかにとしよりは十ぐらいけて見えるがその実ようやく四十になったばかりのこの絵師は、当時長崎きっての版画師であった。
けたというよりも、やつれた感じがどことなく見え、ことに、白粉ッ気ひとつない顔が以前よりも表情をむき出しにしていた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
年も二番目の義兄貞之助より一つや二つ上であっても外見がけてさえいなければ、と云うところまで折れて来るようになった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ドミトリイ・フョードロヴィッチは二十八歳で、気持のいい顔だちをした、中背の青年だったが、年よりはずっとけて見えた。
長いあいだの気苦労の多い生活と闘ったり、もがいたりして来たあとが、いたましいほどこの女たちのけた面に現われていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
けた女のひとに出逢うと、娘の頃にせめていまのようなこころがあったらどんなによかったでしょうと云う。だから、心残りのないように。
恋愛の微醺 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
岸本が国を出る時、名古屋から一寸別離わかれを告げに来たと言って、神戸の旅館まで訪ねてくれた人に比べると、この兄も何となくけて見えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
宵夜中よいよなか小使銭こづかい貸せの破落戸漢ならずものに踏み込まれたり、苦労にとしよりもけた岩公の阿母おふくろが、孫の赤坊を負って、草履をはいて小走りに送って来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
三十八九の時、信二をもったので息子の年の割に母親はけて居てビンはもう随分白く額なんかに「涙じわ」が寄って居る。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
少しけて、顔つきが尖って、だるそうでしょう。さあ、そこで『認識』へ後戻りして言うとですね、まあこういう人間が考えられるでしょう。
年の頃は、まだ三十幾つだろうが、その俳諧師らしい風采ふうさいが、年よりはけて見せた上に、言語挙動のすべてを一種の飄逸ひょういつなものにして見せる。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どうしてこの男があのふとったけたような細君といっしょになんかなったんだろう? その細君といえば、そのときのぞき窓のむこうの台所で
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ふたりとも、ひどくけて骨ばっていた。母親の頭は銀いろに光っているし、娘もやつれ、しぼんで、母親の年に五つとは違わないように見えた。
嫁入り支度 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「栄さんよりゃ才さんの方がけて見えるがな。才さんの頭にゃ白髪がぎょうさん生えてる。もう若白髪じゃないなあ」
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
よく見ると、それはわたしの若いときに非常な仲よしであった友達で、わずか五年ほど逢わないうちに五十年も年をとったようにけて見えました。
あきけて、すえになると、いつしかかきの坊主ぼうずになってしまって、さむ木枯こがらしが、ひるよるきさらしました。
お化けとまちがえた話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
薄暗うすぐらつるしランプの光がせこけた小作こづくりの身体からだをば猶更なほさらけて見せるので、ふいとれがむかし立派りつぱな質屋の可愛かあいらしい箱入娘はこいりむすめだつたのかと思ふと
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
水番というのか、銀杏返いちょうがえしに結った、年のけたおんなが、座蒲団を数だけ持って、先に立ってばたばた敷いてしまった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
三十九には老込みようがチト早過ぎるという人も有ろうが、気の持方もちかたは年よりもけた方が好い。それだと無難だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
お鈴はお芳の顔を見た時、存外彼女がけたことを感じた。しかもそれは顔ばかりではなかった。お芳は四五年以前には円まるとふとった手をしていた。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何をしているのだと訊いたその声はけていましたが、年は私と同じ二十七八でしょうか、せてひょろひょろと背が高く、鼻の横には大きくホクロ。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
で、とうと思ひ立つて従軍を願ひ出たが、それには余りにけ過ぎてゐるので、当局者は容易にき入れなかつた。
おいらん時分からすると、すっかりけて見えた。外見はかなり変っているが、人のよさは変らないようだ。これで、よくまあ、こんな商売ができる。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
頸が太く、背が低く、皮膚が荒れ、三十近い年配よりももっとけ、吾妻下駄なんかをはいて、小さな風呂敷包をもってる彼女の姿は、人中に目立った。
道化役 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
と思ったくらい、この中では、チビな男だったが、顔を見るとけているし、挨拶もいやに小ましゃくれていた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
クリストフはそこから出て、砕かれ、焼かれ、十年もけていた——しかし救われていた。彼はクリストフを打ち捨てて、神の中に移り住んだのだった。
それから話は自然、いま家族を挙げて興福寺の成就院に難を避けて来ている関白のことに移って、太閤たいこうもめっきりけられましたな、などと玄浴主が言う。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
夫人は、居間で、小遣帳こづかいちょうらしいものを出して調べていた。五十に近い小柄な細面の顔は年よりもけて見えた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
打見うちみには二十七八に見えるけた所があるけれど、實際は漸々二十三だと云ふ事で、髭が一本も無く、烈しい氣象が眼に輝いて、少年らしい活氣の溢れた
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
顔はほとんど黒く頭髪はほとんどまっ白で、額からほおへかけて大きな傷痕きずあとがあり、腰も背も曲がり、年齢よりはずっとけていて、手にはすきかまかを持ち
で、女が聞いたそうですよ。あなたが学校を卒業なさると、二十五六に御成おなんなさる。すると私も同じぐらいにけてしまう。それでも御承知ですかってね
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と、突きつけたその顔には、つねよりやつれたおとろえがすわり、目隈めくまが青く、唇が歪んで世にもすさまじい、三十おんなの恨みの表情が、一めんにみなぎっている。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
二十五位のとき彼女は一度味噌屋から姿を消し、それから五、六年は見えなかったが、再び味噌屋へ戻って来た時は一度に十も年をとったようにけて見えた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
二十一になるお時をかしらに、まだ乳房を探りたがる義之助まで、男女七人の子を生んだお安は、取つて三十七で、道臣の妻と同い年であるが、ズツとけて見える。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ひどくけても見えたし、そうかと思うとかなり若いようでもあったが、たぶん四十五、六らしかった。
年は二十ちょっとぐらいだろうが、世帯崩しょたいくずれのような、ひどくけてみえる女が注文を聞きに来て、おや、指定さんのにいさんじゃないの、と驚いたように云った。
落葉の隣り (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
丈の高い骨組の大きな、今年漸く五十の坂を越したばかりだのに、もう頭は半白になり、あかい顔には深い皺が幾条も刻まれて、年よりは五つも六つもけて見えた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
お見かけの通り黒っぽい木綿着物に白木綿の古兵児帯へこおびしめて、頭髪あたま蓬々ぼうぼうとさしておりますから、多少けて見えるかも知れませぬが、よく御覧になりましたならば
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
怪しくやつれた人相は彼の年齢をけさせているが、おそらく四十を多く越えていないのであろう。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ちょいと見たところは、もう五六歳いつつむッつけていたら、花魁の古手の新造落しんぞおちという風俗である。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
派手はでなるはあけぼの振袖ふりそで緋無垢ひむくかさねて、かたなるははなまついろ、いつてもかぬは黒出くろでたちに鼈甲べつかうのさしもの今樣いまやうならばゑりあひだきんぐさりのちらつくべきなりし
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それは別に好男子でもないかわりに醜男ぶおとこでもなく、ふとりすぎてもいなければせすぎてもいず、また年配も、けているとはいえないが、さりとてあまり若い方でもなかった。
ロミオ わしをしへう。したが、その若樣わかさま彌〻いよ/\はッしゃる時分じぶんには、たづねてござるいまよりはけてゐませうぞ。はて、いっ年少としわかのロミオはわしぢゃ。これよりまづいのはいまはない。