甲高かんだか)” の例文
それはほとんど生きているとは思われない海鼠なまこのような団塊であったが、時々見かけに似合わぬ甲高かんだかいうぶ声をあげて鳴いていた。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
やがて間もなく、真蒼まっさおになった女房が番台からすそみだして飛び降りて来るなり、由蔵の駆けて入った釜場の扉口とぐち甲高かんだかい叫びを発した。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
せいちゃんがいているから、かんにんしておやりよ。」と、このとき、あちらから、ときさんの、甲高かんだかさけごえがしました。
仲よしがけんかした話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
何々食堂とか何々酒場とか云ふ、田舎訛ゐなかなまりの小女が註文された品を甲高かんだかい声で叫ぶ大衆的な店を飲み歩いて、三人は相当に酔払つてゐた。
大凶の籤 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
夕方ゆうがたには多勢おおぜいのちいさな子供こどもこえにまじってれい光子みつこさんの甲高かんだかこえいえそとひびいたが、袖子そでこはそれをながらいていた。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
で、弥生がまた、なにか口にしようとしているところへ、さっきから呼びつづけていた老人の声が、こんどはひときわ甲高かんだかに聞こえてきた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
太い声の男……それは潮風にかれた伊東の声で五十嵐は、むしろ女に近い程、甲高かんだかい声であったし、被害者の早川は、ボソボソした声である。
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
境内にいる大勢の商人たちに向い、「おまえたち、みな出て失せろ、私の父の家を、商いの家にしてはならぬ」と甲高かんだかい声で怒鳴るのでした。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
はじめのうち、いくぶん甲高かんだかかつた女の声が、しまいに、うち沈んだ調子に変り、二人のひそひそ話は、三十分以上続いた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
笑い声と興がっている声——男たちや女たちや子供たちの声——の甲高かんだかい響が、この酒飲み競争の続いている間、その街路に鳴り響いていた。
折から貸ボート屋の桟橋さんばしにはふなばたに数知れず提燈ちょうちんを下げた涼船すずみぶねが間もなくともづなを解いて出ようとするところらしく、客を呼込む女の声が一層甲高かんだか
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
何か女の甲高かんだかい声がしたように思った。耳の隅でそれを聞いたけれども、そんなことに気をとられているひまはなかった。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お庄は小僧に言いかけて、手でしりのあたりをでながら、奥の方へ行った。奥は四、五日甲高かんだかな老人の声も聞えなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
隣の若者は、調子に乗って、あるいはいて調子をつけるために、大げさに首を振りながら、時々甲高かんだかい調子をあげた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
道端みちばたの子供等は皆好奇の目を円くして此怪し気な車を見迎え見送って、何を言うのか、口々に譟然がやがやわめいている中から、忽ち一段際立きわだって甲高かんだか
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
遠くに、山内の笑声が、女の、甲高かんだかい叫び声とがして、すぐ、廊下に、山内らしい、荒い足音が、近づいて来た。老人が
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ふと早口の甲高かんだかい声と、静かなさとすような声が聞えます。こんなことがあるとは聞いていましたが、今が初耳でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
光秀はふと、自己の甲高かんだかさに気がついて声を落した。そして堀与次郎をたしなめたそのことばは、そのまま、自分に向けて聞くべきだと思い直した。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「知らない。声から判ずると、どうやら男のやうでもあり、また女のやうでもあつた。甲高かんだかい叫び声といふものは、その区別がつきにくいものだよ。」
夜の鳥 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「悪い名だ! 悪い名を聞いた!」その声は凄く甲高かんだかのろうような声であった。「おお、おお、土屋庄三郎! 我が子よ! いやいやあいつの子だ!」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……すると、それと殆ど同時に、混凝土コンクリートの厚い壁を隔てた隣りの六号室から、魂切たまぎるような甲高かんだかい女の声が起った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『今行きます、お濱さん。』と甲高かんだかな声で言つて、『あきらにいさん、お濱さんも僕と一緒に伴れてつて上げて頂戴ちやうだい。』
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
特によくしゃべったのは赤木桁平で、当時の政界の内幕話などを甲高かんだかい調子で弁じ立てた。どこから仕入れて来たのか、私たちの知らないことが多かった。
漱石の人物 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
と、甲高かんだかな声を上げた。次の部屋の方につづく縁側で、お母さんは二人のそんな声を聞きながら手紙を読んでいた。健たちのお父さんから来たのであった。
赤いステッキ (新字新仮名) / 壺井栄(著)
すると大勢おほぜいの客の中に忽ち「毎度御やかましうございますが」と甲高かんだかい声を出しはじめたのは絵葉書や雑誌を売る商人である。これもまた昔に変つてゐない。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
君勇きみゆう』とか『秀香ひでか』とか、みやこ歌妓うたひめめた茶色ちやいろみじか暖簾のれんが、のきわたされて、緋毛氈ひまうせん床几しようぎ背後うしろに、赤前垂あかまへだれをんなが、甲高かんだかこゑしぼつてゐた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
その重なるものの一つは、彼が都会で夜更けによく聞いた、電車がカアブする時に発する、遠くの甲高かんだかきしる音である。それが時々、はげしく耳の底を襲うた。
そのまた調子が途方もなく甲高かんだかで、わたしもずいぶんいろいろの国の歌い手の唄を聴いたことがありますが、今まであんな調子の高い声は聴いたことがありません。
あをやつれたる直道が顔は可忌いまはしくも白き色に変じ、声は甲高かんだかに細りて、ひざに置ける手頭てさきしきりに震ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
通りでは遊女の列にからかふ男の下等な笑ひ声や、甲高かんだかい気違ひじみた女の声が聞こえた。一種の本能で裕佐はその行列を見るのはいやだつた。それで小路に入つた。
妬み半分と面白半分とで、女たちは鉄漿黒かねぐろの口々から甲高かんだかの声々をいよいよかしましくほとばしらせた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
また道中どうちゅうどこへまいりましてもれい甲高かんだか霊鳥れいちよう鳴声なきごえ前後ぜんご左右さゆう樹間このまからあめるようにきこえました。
「むむ、それがいいです、ね!」乘り氣の甲高かんだかになつたが、直ぐまた遠慮といふことに思ひ付いたかのやうに聲を平調に返して、「おツ母さんさへ御承知なら、ねえ。」
泡鳴五部作:01 発展 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
三分の一ほど行くと、彼はまた重心を失って、危く腹這はらばいになった。下から仰ぎ見ている教師も生徒も愕然がくぜんとして顔色を変えた。「下りろ、下りろ。」と教師が甲高かんだかに言った。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
陸には女の甲高かんだかな笑声が断続して起つて、村全体が何となく動揺どよめいて居る様に思はれた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
じっと屋上の白い石の平面をみつめてひざをかかえていたぼくに、どれくらいの時間がたったころだろうか、不意に、屋上への出口からのそんな山口の甲高かんだかい声が曲がってきた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
独身にしてはけ過ぎる程の齢をしてゐた其の女の、甲高かんだかい声で生徒を叱り飛ばした後で人前も憚らず不興気な顔をしてゐる事があつたり、「女」といふを看板に事々に労を惜んで
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「嘘なんて、私の缺點ではありません。」私は腹立ち紛れの甲高かんだかい聲で叫んだ。
揉あげはって欄干てすりの傍へ往って手を叩いた。上の方で甲高かんだかい女の声が応じた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
甲高かんだかかったそうで、よく下まで聞えたと見えます。表二階おもてにかいにいたんですから。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼が神のように演奏したと甲高かんだかに叫び、グージャールは学者ぶった様子で
そのあたりは群れたり散ったりする人影と、甲高かんだかののしりごえや喚きなどでわきたち、雪まじりの風にあおられて、火をく煙や白い温かそうな湯気が、空へまき上ったり横へなびいたりしていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
甲高かんだかな、お初の声が、鐘楼の、蔭の闇太郎の耳まで筒抜けにひびいて来る。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
海辺の方ではもう地車だんじりの太鼓が鳴つて居る。横町よこちやうを通る人の足音が常の十倍程もする。子供の声、甲高かんだかな女の声などがそれに交つて、朝湯にはひつて居る私を早く早くとき立てるやうにきこえた。
住吉祭 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
海城かいじやうさんが見えるまで待ち玉へ。」田村が甲高かんだかな声をとがらして居る。
畜生道 (新字旧仮名) / 平出修(著)
芳夫は脇卓のところへ行くと、巻枠リールを掛け替えて、スイッチをあけた。ドビュッシイの『金魚』のメロディに乗って、由良ふみ子の、(へえ、あなただったの)という甲高かんだかい声が流れだしてきた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
福子が大分おかんむりを曲げてゐるらしいことは甲高かんだかい物の云ひ方で分る。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
甲高かんだかい声でこう叫ぶと、彼女は再び激しい泣きじゃくりを始めた。
その途端、後ろの方、社司の住居あたりで、甲高かんだかい人声がする
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もだえるように、どったりと坐ると、新兵衛は甲高かんだかく呼んだ。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)