無花果いちじく)” の例文
もちろん、蕃地の南洋でも、鳳梨あななすの実が幾度か熟し無花果いちじくの花が幾度か散った。そして老年の麝香猫や怪我をした鰐が死んだりした。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
スミルナの無花果いちじく、ボスラーの棗椰子なつめやし、エスコールの葡萄——。近東の名菓がたわわに実っているところは、魔宮か、魅惑の園のよう。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただしアプレウスの書に無花果いちじくの一種能く屁放らしむるを婦女避けて食わずとあれば、婦女はなるべくひかえ慎んだらしいとあって
食事の終わりに無花果いちじくを食べていました時に、だれか戸をたたきました。それはジェルボー婆さんが子供を抱いてきたのでありました。
そこには「明星みょうじょう」という文芸雑誌だの、春雨しゅんうの「無花果いちじく」だの、兆民居士ちょうみんこじの「一年有半ねんゆうはん」だのという新刊の書物も散らばっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
滅多に電車も通らないだだ広い路を曲ると、川に添った堤に出て、くずされた土塀のほとりに、無花果いちじくの葉が重苦しく茂っている。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
向こうの方に葉のついた無花果いちじくのあるのを見つけて、そばに寄って見られたが、葉だけではなかったので、その樹にむか
無花果いちじくの下に萱草かやの咲きたるは心にとまらず。ここに菊一うねありて、小菊ばかり植う。猿丸とは赤くて花の多くつく菊なり。
わが幼時の美感 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
窓にりかかり、庭を見下せば、無花果いちじくの樹蔭で、何事も無さそうに妹さんが佐吉さんのズボンやら、私のシャツやらを洗濯して居ました。
老ハイデルベルヒ (新字新仮名) / 太宰治(著)
そんな事のあったあとで、父は再び東京に戻ってきて、向島のはずれの、無花果いちじくの木のある家に母と幼い私とをむかえたのではあるまいか。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
こんど来たひろ子が、二階の東窓をあけてみると、母が苦にした軍用道路は、裏の無花果いちじくの梢に手のとどくぐらいの高さで完成されていた。
播州平野 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
少年こどもがこれを口にいれるのはゆび一本いつぽんうごかすほどのこともない、しかつかはてさま身動みうごきもしない、無花果いちじくほゝうへにのつたまゝである。
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
おおきな無花果いちじくに、がいっぱいなっていたのです。おとこは、おどろきました。かつ当惑とうわくしました。しかたがなく、って、くるませてかえりました。
ある男と無花果 (新字新仮名) / 小川未明(著)
土産みやげには何を持って来てやろう。イタリアの柘榴ざくろか、イスパニアの真桑瓜まくわうりか、それともずっと遠いアラビアの無花果いちじくか?
三つの宝 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その白蛇の様な肌は朝日に蒼白く不気味な光を帯び、切口は無花果いちじくの実を割った時の如く毒々しい紅黒色こうこくしょくを呈していた。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その時妾はふと、夜陰の無花果いちじくの木の下に潜む、黒衣の人間の険悪な顔を姿見に認めて、恐ろしい悲鳴をあげました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
子供らがさけんでばらばら走って来て童子にびたりなぐさめたりいたしました。る子は前掛まえかけの衣嚢かくしからした無花果いちじくを出してろうといたしました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして腐った無花果いちじくのような赤黒い唇を一寸舐め、中田の顔を覗き込んで、ふ、ふ、ふ、と小さく笑うのであった。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
赤茄子あかなすとか無花果いちじくとか酸味のすくない菓物は菓物一斤に砂糖百目といいますから外の物よりも少しお砂糖の寡い割です。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
新約聖書に、耶蘇やそみのらぬ無花果いちじくを通りかゝりにのろうたら、夕方帰る時最早枯れて居たと云う記事がある。耶蘇程の心力の強い人には出来そうな事だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
子供等は何事なんにも知らなかった。唯三人の揚げる声が庭にある無花果いちじくの樹の下あたりから楽しそうに聞えて来ていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
庭じゅうを追いかけまわして、やっとのことで雌鶏めんどりをつかまえると、爺さんは荒縄でその両脚をくくった。そして、無花果いちじくの樹の根もとに連れて行った。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
そして葉の落ちた無花果いちじくの木がその奇怪にこみ入つた枝をまだ明みの多少残つてゐる中空に張つてゐた。静かだつた。そして、何もすることがなかつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
土埃をたてて斜面をけ下ると、惰力だりょくで危うく池の中に飛びこみそうになったが、岸にある無花果いちじくの樹にようやくつかまった。顔見合わせ大声立てて笑った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
溝の角の無花果いちじく葡萄ぶどうの葉は、廃屋のかげになった闇の中にがさがさと、既に枯れたような響を立てている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だらしなくふくれた兩頬を、無花果いちじくのやうに染めて、娘とも見える若い女房(?)と差し向ひに坐つてゐた。彼は先づ十圓札五枚を、おきみと周三の前に竝べて
天国の記録 (旧字旧仮名) / 下村千秋(著)
ごく頂上のところにだけ無花果いちじくの熟み破れた尖のように、裸の峰や、裂目のある岩山が顕われております。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おとよさんがおれに親切なは今度の稲刈りの時ばかりでない。成東なるとうの祭りの時にも考えればおかしかった。この間の日暮れなどもそうっと無花果いちじくたもとへ入れてくれた。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
僕は庭を見廻した。庭という名のもったいなく聞こえる縁先は五坪いつつぼにも足りなかった。すみ無花果いちじくが一本あって、なまぐさい空気の中に、青い葉を少しばかり茂らしていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
洞穴のようにうつろな胸、睫毛まつげのない眼、汚点だらけの肌、派手なKIMONO、羅物うすもの下着シミイズ、前だけ隠すための無花果いちじくの葉の形の小エプロン——そんなものが瞥見される。
デセールの干し葡萄や干し無花果いちじくやみかんなどを、本場だからたくさん食えと言ってハース氏がすすめた。「エンリョはいりません」など取っておきの日本語を出したりした。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
小さい時に両親ふたおやを失って、お祖父じいさんの手で育てられていましたが、非常な乱暴者で、近所の子供達と喧嘩けんかをしたり、他人の果樹園に忍び込んで、林檎りんご無花果いちじくの実を盗んだり
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
無花果いちじくのような顎の下の肉、白い脂肪、断面きりくちあらわに首は危く竹の尖頭さきに留まっている。
女が無花果いちじくの青葉の陰を落した井戸端へ出て米を磨ぐと、小八はいばった口を利きながらも、傍へ往って手桶へ水を汲んでやりなどして、長屋の嬶達のからかいの的となっていた。
立山の亡者宿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
田のおも一般に白く、今を盛りと咲き競うは、中稲にて、己に薄黒く色つき、穂の形を成せるは早稲にやあらん、田家でんかの垣には、萩の花の打ち乱れて、人まち顔なるも有り、青無花果いちじく
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
口を開いた無花果いちじく畑の方向から山鳩の湿った声が、ホッホー、ホッホーとする。
家の横手にある無花果いちじくとその柿とが私の楽しみで、木蔭に竿さおを立てかけて置いて、学校から帰ると、毎日一つずつ落して食べました。からすはよく知っていて、色づく頃にはもう来始めます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
が、到底いつわり難きは、各自に備わる人品であり風韻ふういんである。果実を手がかりとして、樹草の種類を判断せよとは、イエス自身の教うる所である。とげのある葡萄ぶどうや、無花果いちじくはどこにもない。
中には肉饅頭ミイト・パイだの、ジャム菓子だの、甘パンだの、オレンジだの、赤葡萄酒あかぶどうしゅだの、無花果いちじくだの、チョコレエトだのが入ってるのよ。私ちょっと取りに行ってくるわ。ここで食べましょうよ。
蒼い顔して、無花果いちじくの葉のやうに風に吹かれて、——冷たい午後だつた——
曇つた秋 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
皆の前には、私の家の大きな無花果いちじくの樹が、夕空に立って枝を拡げている。
庭の眺め (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
お前は守宮だといったが、これはこのへんの堀にいる赤腹あかはらだ。守宮なら無花果いちじくの葉のような手肢てあしをしているが、これにはちゃんと指趾ゆびがある。ここに釘づけになっているのは守宮でなくて蠑螈いもりだ。
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
庭の無花果いちじくの葉を、朝に晩に採っては、煎じて、飲んでいる。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
おそらくは此朝このあさ無花果いちじくのしづくよ、すべて涙ならん。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ギヤマンの切子鉢に盛上げた無花果いちじくしゃぶっていた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼方あつち此方こつちさがす中、やつとのことで大きな無花果いちじく樹蔭こかげこんでるのをつけし、親父おやぢ恭々うや/\しく近寄ちかよつて丁寧ていねいにお辭儀じぎをしてふのには
怠惰屋の弟子入り (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
古エジプト人これを飼い教えて無花果いちじくを集めしめたが、今はカイロの町々で太鼓に合わせて踊らされ、少しく間違えば用捨なくむちうたるるは
それ等を透かして見えている雨にびしょれになった無花果いちじくの木をば、一層つめたく、気持わるそうに私に思わせていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
朝食として食べるものはバナナ三個に無花果いちじくに、椰子の果実を四分の一。昼までは私は腰かけたまま種々のことを考える。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
水と油とパンと塩とでできたスープ、少しの豚の脂肉あぶらにく、一片の羊肉、無花果いちじく、新しいチーズ、それに裸麦の大きなパン。