湿うる)” の例文
旧字:
平常いつもは死んだ源五郎鮒の目の様に鈍いまなこも、此時だけは激戦の火花の影を猶留めて、極度の恐縮と嘆願の情にやゝ湿うるみを持つて居る。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
三千代みちよの顔をあたまなかうかべやうとすると、顔の輪廓が、まだ出来あがらないうちに、此くろい、湿うるんだ様にぼかされたが、ぽつとる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
夫人はそれから、何思ったか、暫く横を向いて黙って居ましたが、急に両眼から、涙が溢れ、頬をつたわって、枕の白い布を湿うるおしました。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
華やかな青春の時代を、同じ向陵むかうがをかの寄宿寮に過ごした者のみが、感じ合ふ特殊の親しみが、青年の心を湿うるほしたやうであつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「そう言われると、お話は出来ませんけれど、あんな人間でも長之助はわたしの独り息子ですから……。」と、お兼は俄かに声を湿うるませた。
廿九日の牡丹餅 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
少なくとも侠勇の理想彼等の中に浸潤して、武士の間に降りし雨は平民までをも湿うるほしたること、疑ふべからざるの事実とす。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
水の音がするので、ふと気のついた左膳は、小走りの足をとめて谷間へおりると、清冽せいれつなせせらぎにかわいた咽喉を湿うるおした。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まず着物を脱ぎましてそれを男に持たせ薄着うすぎになって行きましたが、坂を登るんでもないのに汗が沢山出て全身を湿うるおすです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それをみんな見ているような——或いは視野には何ひとつはいっていないような、例の湿うるんだ眼をして正面に坐っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
たにの水で咽喉のど湿うるおして、それから一里半ばかりも登りますと、見上げる程の大樹ばかりで、両人ふたり草臥くたびれたから大樹の根にどっかり腰を掛けて
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
頬が寒い風にって来たので紅味あかみを差して、湿うるみを持った目が美しく輝いた。が、どことなく恐怖を帯びている。唇の色もうすく、ほつれ毛もそそけていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その顔を覗き込む女房にょうぼの真実心配そうなを見て、何か知らず無性に悲しくなってじっと湿うるみのさしくるまなこ、自分で自分を叱るように、ええと図らず声を出し
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ピストル」猟銃も亦あめ湿うるうてさびを生ぜる贅物ぜいぶつとなり、唯帰途の一行無事ぶじ祝砲しゆくはうはりしのみ。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
水のように湿うるんだ青い夜の空気に縁日のあかりが溶け込んで、金清楼きんせいろうの二階の座敷には乱舞の人影が手に取るように映って見え、米屋町の若い衆や二丁目の矢場の女や
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
満身の汗は、寝衣ねまき湿うるおしていた。破戸やれどの隙間洩る白い光は如月きさらぎあけに近い残月であった。
剣の四君子:04 高橋泥舟 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今にして当時を顧みれば、なお冷汗ひやあせの背を湿うるおすを覚ゆるぞかし、安藤氏は代々よよ薬屋にて、当時熱心なる自由党員なりしが、今は内務省検疫官けんえきかんとしてすこぶ精励せいれいの聞えあるよし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
考えるとだんだん情なさに、小圓太は自ずと自分の声が湿うるんでくるような気がした。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
湿うるんだ光を眼いっぱいにみなぎらすスペイン風なひとみ、すねたような口つきをしながら話の間に軽くひそめたり動かしたりする、やや長い奇妙な小さい鼻、乱れた髪、愛嬌たっぷりの顔
しばらくして、ラランはそのよはつたからだをみなみけて、あつ印度インドはうへふらふらんでゐたが、ガンガといふ大河たいか上流じようりうで、火傷やけどしたくちかわきを湿うるほさうとしてあやまつておぼんでしまつた。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
「堪忍して下さいまし、堪忍して、堪忍して、」と、呼吸いきの切れる声が湿うるんで
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
湿うるおいの、無くなった眼、眼瞼まぶたの周囲に、薄暗く滲出にじみだしている死の影、尖った頬骨、太くせり出したこめかみの血管——そんなものが、青磁色の電燈カバーに、気味悪く照し出されていた。
ロボットとベッドの重量 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
いずれも流れの末永く人を湿うるおし田をみのらすと申し伝えられてあります。
トいわれて文三は漸くこうべもたげ、莞爾にっこり笑い、その癖まぶち湿うるませながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
昏迷した表情のうちから静かな湿うるんだ眼が覗いていた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
とお照は聞くに堪えざる如く、湿うるめる声をふるわして
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
其の後姿仰ぎてありし老婆の声湿うるませつ「では、お嬢様、どうでもいらつしやるので御座いますか——斯様こんなこと申したらば、老人としより愚痴ぐちとお笑ひ遊ばすかも知れませぬが、何となく今日こんにちに限つて胸騒ぎが致しましてネ——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
みつぐさん。』と阿母さんの声は湿うるんで居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
暗い緑に潜む美しさが、湿うるおっている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
のど湿うるおすのを待っているらしい。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
鳩酢草はとかたばみ呼吸いきほそしずく湿うる
夏の日 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
湿うるみたる目に見下ろし
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
三千代の顔を頭の中に浮べようとすると、顔の輪廓りんかくが、まだ出来上らないうちに、この黒い、湿うるんだ様にぼかされた眼が、ぽっと出て来る。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
口中に注ぎ込まれた数滴のウ※スキイが、利いたのか、それとも偶然さうなつたのか、青年の白く湿うるんでゐた眸が、だん/\意識の光を帯び始めた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
お里の声は湿うるんできこえたので、林之助はそっと横顔を覗いてみると、彼女は月の光りから顔をそむけて袖のさきで眼がしらを拭いているらしかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
近よって来る声の主をたしかめるまでもなく、言下に松岡は湿うるんだ眼を伏せるのだ。文句なしに肯定していた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
我意はなんにもなくなったただよくできてくれさえすれば汝も名誉ほまれ我も悦び、今日はこれだけ云いたいばかり、ああ十兵衛その大きな眼を湿うるませていてくれたか嬉しいやい
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と、ナオミはコップの底をつめ、ゴクゴクと喉を鳴らして、渇いた口を湿うるおしながら
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さも口惜しそうに目を湿うるませた。さすがに生え抜きの江戸育ちの、憤ろしさに抜けるほど白い襟脚えりあしが止む景色なく慄えていた。折柄またパチパチパパパパパと続けざまに小銃の音がはじけてきた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
其眼は湿うるんでゐた。『私……莫迦ばかだわねえ!』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
低声に叱咤しったした。お絃ちゃんは、湿うるみ声だ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
米友はつばを飲んで咽喉を湿うるおしました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして眼が湿うるんでいた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
眺めてまみ湿うるむとは
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
口中に注ぎ込まれた数滴のウィスキイが、いたのか、それとも偶然そうなったのか、青年の白く湿うるんでいたひとみが、だん/\意識の光を帯び始めた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お葉を追い捉えた重太郎は、定めて破れかぶれの乱暴を始めるかと思いのほか、彼ははり温順おとなしい態度であった。が、湿うるんだ眼は一種異様に輝いていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
焚火たきびのあかりを半顔に受け、莚敷むしろじきのゆかの上でなされるこの慇懃いんぎん挨拶あいさつは、阿賀妻の眼を湿うるましていた。子供をひき連れた母親であったからなおいけなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
眼が湿うるんできた。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
何よりも先づ、その石竹色に湿うるんでゐる頬に、微笑の先駆として浮かんで来る、笑靨ゑくぼが現はれた。それに続いて、慎ましい脣、高くはないけれども穏やかな品のいゝ鼻。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
湿うるめる眼をしばたたきて見かえれば、そよ吹く風に誘われて、花筒にはさみたる黄と紫の花相乱れて落ちぬ。からす一羽、悲しげに唖々ああなきすぐれば、あなたの兵営に喇叭らっぱの声遠く聞ゆ。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何よりもず、その石竹色に湿うるんでいる頬に、微笑の先駆として浮かんで来る、笑靨えくぼが現われた。それに続いて、つつましいくちびる、高くはないけれども穏やかな品のいゝ鼻。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)