なぎさ)” の例文
アグリパイナは、ネロの手をひいて孤島のなぎさ逍遥しょうようし、水平線のかなたを指さし、ドミチウスや、ロオマは、きっと、あの辺だよ。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
身にまと何樣どのやうなる出世もなるはずを娘に別れ孫を失ひ寄邊よるべなぎさ捨小舟すてこぶねのかゝる島さへなきぞとわつばかりに泣沈なきしづめり寶澤は默然もくねんと此長物語を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
田の面には、風が自分の姿を、そこになぎさのやうな曲線で描き出しながら、ゆるやかに蠕動ぜんどうして進んで居た。それは涼しい夕風であつた。
左手のなぎさには、なみがやさしい稲妻いなずまのようにえてせ、右手のがけには、いちめんぎん貝殻かいがらでこさえたようなすすきのがゆれたのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
葉子は帯の間から蟇口がまぐちを出して、いくらかの金を舟子に与えたが、舟はすでに海へ乗り出していて、間もなくなぎさに漕ぎ寄せられた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
白帆は早やなぎさ彼方かなたに、上からはたいらであったが、胸より高くうずくまる、海の中なるいわかげを、明石の浦の朝霧に島がくれく風情にして。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
下るべき水は眼の前にまだゆるく流れて碧油へきゆうおもむきをなす。岸は開いて、里の子の土筆つくしも生える。舟子ふなこは舟をなぎさに寄せて客を待つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なぎさはどこも見渡す限り、打ち上げられた海草かいそうのほかはしらじらと日の光に煙っていた。そこにはただ雲の影の時々大走おおばしりに通るだけだった。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、娘としてこれはまあ自然だらう。しかしたとへば、歩き疲れて白砂にどつかと腰を下す。弟が早速いでゐるなぎさでせつせと砂山を作る。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
と、どうだろう女だてらに、なぎさまで行くと着物を脱ぎ、全裸体すっぱだかになって海へ飛び込み、抜き手を切って泳ぎ出したじゃアないか。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、書いたくいが打ってある。ここでは今、十数そうの兵船が造られていた。新しい船底や肋骨ろっこつを組みかけた巨船おおぶねなぎさに沿って並列している。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
を呑みなぎさを犯し、見渡す沖の方は中高に張り膨らみて、禦ぎ止む可からざるの勢を以て寄せ來る状の如きは、實に張る氣のすがたである。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
月明のなぎさを霊山ヶ崎まで歩いたが、途中でひたひたの稲瀬川を渡る時は、多少躊躇ちゅうちょしている翠子を、無理におぶって渡った。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
海は日毎ひごとに荒模様になって行った。毎朝、なぎさに打ち上げられる漂流物の量が、急にえ出した。私たちは海へはいると、すぐ水母くらげに刺された。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
中央の池泉は水が浅くなり、なぎさは壊れて自然の浅茅生あさじうとなり、そこに河骨こうほねとか沢瀉おもだかとかいふ細身の沢の草花が混つてゐた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そこは入洲みたいになっていて、細い水路でなぎさから海につながっている。それを網でせきとめてあるので、入洲は百坪ばかりの池になっている。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
灰色の平たいなぎさ、半ば水に浸った柳の茂み、ゴチック式の塔や黒煙を吐く工場の煙筒などがそびえた都市、茶褐色ちゃかっしょく葡萄ぶどうつる、伝説のある岩石。
信三は夕食のあとで珍しく海辺へ散歩に出てみた、十七日ほどの月が、ちょうど中天にあって、なぎさのぬれた砂地にまばゆいほどの光を映していた。
四年間 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかして月天の運行が、たえずなぎさをば、おほふてはまたあらはす如く、命運フィオレンツァをあしらふがゆゑに 八二—八四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
なぎさへ寄る波がすぐにまた帰る波になるのをながめて、「いとどしく過ぎ行く方の恋しきにうらやましくも帰る波かな」
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
島ではなみの花と称する軽石かるいしの大量が、東のなぎさにおびただしく打ち寄せたのと、ただ二つの事を挙げ得るのみであった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なぎさに寄せて来る波までがこの月夜の静寂を破ってはならないとつとめるかの如く、かすかな、遠慮がちな、ささやくような音を聞かせているばかりである。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
入江になったなぎさには蒼く染ったような雨が煙っていた。しっとりとした朝である。母屋でメザシを焼く匂いがする。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
一首は、し奈良に残して来たつまも一しょなら、二人で聞くものを、沖のなぎさに鳴いて居る鶴の暁のこえよ、何とも云えぬい声よ、という程の歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
夕方、私は独りなぎさを歩いた。頭上には亭々たる椰子樹が大きく葉扇を動かしながら、太平洋の風に鳴っていた。
鉄炮洲の高洲には、この七八丁の間、なぎさ一体に人影が群れ、あげおろす竿に夕陽があたって、きらきらと光る。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つい一刻ほど前には、なぎさの岩の、どの谷どの峰にも、じめじめした、乳のような海霧ガスが立ちこめていて、その漂いが、眠りを求め得ない悪霊のように思われた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
霧がほとんど山のすそまでおりてきて、わずかにつつみのこしたなぎさに、ほのかに人里があるのである。やがて霧がおおいかくしそうなようすだ。予は高い声で
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
白泡がしぶき立つなぎさに、豪壮な巖が賀茂の港の方まで、底黒い褐色に続いていた。ここが、鶴岡の同好の士の釣り場である。鶴岡は、昔から釣りの都であった。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その日の船で村へ帰ると、クニ子が提灯ちょうちんをもってなぎさに出迎えていた。二人はきまりの悪い笑顔を交した。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
我らは九十九里ヶ浜くじゅうくりがはまなぎさに立ちて、寄せ来る太平洋の高浪を見てその強烈なる力に驚く。このエネルギーを利用して電力を起さしめんと計画しつつある人がある。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
夕凪ゆうなぎ海面うみづらをわたりてこの声の脈ゆるやかに波紋を描きつつ消えゆくとぞみえし。波紋はなぎさを打てり。山彦やまびこはかすかにこたえせり。翁は久しくこの応えをきかざりき。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
三人の乗って行った小伝馬船が、なぎさにつながれ、船頭は、待っている間を利用して、魚を釣っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
が、俊寛の声は、なぎさを吹く海風に吹き払われて、船へはすこしもきこえないのだろう。闇の中に、一の灯もなく黒くもやっている船からは、応という一声さえなかった。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
岬の中程に雞の冠の様に見えるのは寺の森で、それから少し手前に見える瓦屋根の家が自分の家だと思ひながら、小波の寄せるなぎさ跣足はだしになつてピチャ/\と歩いた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
散り行く櫻の哀れを留めて、落ち行く先は、門司もじ赤間あかまの元の海、六十餘州の半を領せし平家の一門、船をつなぐべきなぎさだになく、波のまに/\行衞も知らぬ梶枕かぢまくら高麗かうらい
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
と、萩乃の胸は、百潮千潮ももじおちしおの寄せては返すなぎさのよう……安き心もあら浪に、さわぎたつのだった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もっともその速度は、なぎさの景色などから想像されるよりは、案外遅いそうである。出口のない湖であるから、もちろん塩湖であるが、その濃度も大したことはないという。
ネバダ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
数日後、深谷の屍骸しがいなぎさに打ち上げられていた。その死体は、大理石のように半透明であった。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ところで今は海がひらけたので、遠くからなぎさが見える。あの渚では、少年の頃、海の夏らしい夢を、ぬすみ聞くことができた。燈台のきらめきと、海浜ホテルの灯とが見える。
靄に濡れたなぎさの円い小石が、まだ薄すらと橙色オレンジを止めた青い空を映している。そして落葉の上に白い霜が、また枯れかかった草の葉に露の玉が、朝日にきらきらと輝いている。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
なぎさというところから、馬車に乗った、馬車は埃で煙ッぽくなってる一本道を走る、この辺の農家によくある、平ったい屋根と、白い壁が、青々としたもりの中へ吸い込まれもせずに
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
二人は早速閑地あきちの草原を横切って、大勢おおぜい釣する人の集っている古池のなぎさへと急いだ。
新太郎君はなぎさ伝いに散歩をしても宿で小説を読んでいても、常に太平洋を独占するような心持がした。淋しかろうとはもとより予期していたことだから苦情もなかったが、退屈をまぬかれない。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ブラフマの、川のなぎさ砂地いさごぢに、牡丹やうなる白雪の、降り積りたる間より
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
身延から江尻の港へふらふらと降りて見たところ、三十五反の真帆張りあげた奥地通おうちがよいの千石船が、ギイギイと帆綱をなぎさの風に鳴らしていたので、つい何とはなしに乗ったのが持病の退屈払い。
西の穴の洞窟内は廣くて奧になぎさもあつた。小舟から降りて、その渚の小石を踏むことも出來た。ちやうど一羽の若い岩燕がその洞窟にある巣から離れて、私達の歩き𢌞る小石の間に落ちてゐた。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
此様こんな風ななぎさも長く見て居るうちにはもう珍らしく無くなつて東海道の興津へんを通る様な心持になつて居た。六時に着くはずのイルクウツクで一時間停車して乗替を済ませたのは十一時過ぎであつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
六里の山道を歩きながら、いくら歩いてもなぎさの尽きない細長い池が、赤いはだの老松の林つゞきの中から見え隠れする途上、こずゑの高い歌ひ声を聞いたりして、日暮れ時分に父と私とはY町に着いた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
しかるにおびただしき群衆が彼の身辺に集まってきたため、陸にいたのでは揉みつぶされるほどであったから、舟に乗りて少しく漕ぎ出し、なぎさに群れている群衆に向かって水上から教えを説かれた。