流石さすが)” の例文
大阪お祖母さんでは流石さすがに権威がないように子供心に思えたのだ。嘘のような真実を私はイエにささやいた。ひとこと報いたい心だった。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
併し目的の家の前に立った時だけは、流石さすがの彼も、普通の泥棒の通りに、いや恐らく彼等以上に、ビクビクして前後左右を見廻した。
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
谷は流石さすがに荒蕩たる有様を呈して、岩を見ても水を見ても大分上流に来たなと首肯かせる。岩の色は一様ではないが皆花崗片麻岩だ。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「塾生を時々ここへ、」ひっぱり込んで、と言いかけたのだが、流石さすがにそれはひどく下品な言葉のように思われたから、口ごもった。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのまぐさを積んだような畳の中央にしらみに埋まったまま悠々と一升徳利を傾けている奈良原を発見した時には、流石さすがの僕も胸が詰ったよ。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
流石さすがに手を取って引張ることもしない、顔は知っているが名も知らない気味の悪い男が附纒つきまつわりますので、お若さんは心配でならない。
けれども、彼女かれも若い娘である。流石さすがに胸一杯の嫉妬と怨恨うらみとを明白地あからさまには打出うちだし兼ねて、ず遠廻しに市郎を責めているのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
流石さすがは大家と謂われる人程あって、驚くべき博覧で、而も一家の見識を十分に具えていて、ムッツリした人と思いの外、話が面白い。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すると、流石さすがに女は、自分の夫の恥を打ち明けた上で、名前まで知らせる事は躊躇ちゅうちょしないではいられませんでした。思いまどった女は
気の毒な奥様 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
さて台本を作るにしても流石さすがにちっとも勝手が分らない。それでY君とO君とに来て貰って、相談をしながら作って行くことになった。
映画を作る話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それは丁度ちょうど午前十時半ごろだった。この時刻には、流石さすがの新宿駅もヒッソリかんとして、プラットホームに立ち並ぶ人影もまばらであった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
流石さすがに真先きにそのことは書けず、自分として何処まで突込んで演じられたかと云う点から自省しなければならなかったでしょう。
流石さすが忽然こつぜんとして暗夜に一道の光明を見出すがごとく例の天才——乳母車をひっくり返した幸運なてあいのことを思いださずにいなかった。
流石さすがに広かった林も次第に浅く、やがて、立枯の木の白々と立つ広やかな野が見えて来た。林から野原へ移ろうとする処であった。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
小村も流石さすがにムツとした。「然し僕等は降誕や奇蹟を離れても基督を信ずる事が出来ます。しゆの生涯が既に絶大な詩です、宗教です。」
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
そう言えば、丸茂三郎が死んだ後、私は帳簿の上に幾多の恐ろしい疑問を見ましたが、そこまでは流石さすがに疑う気になれなかったのです。
大きな尨犬むくいぬの「熊」は、としをとった牝犬めすいぬだったが、主人の命で、鋭く吠えたてたので流石さすがの腕白連も、ひとたまりもなく逃げてしまった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
客は愕然がくぜんとして急に左の膝を一膝引いて主人あるじを一ト眼見たが、直に身を伏せて、少時しばしかしらを上げ得無かった。然し流石さすがは老骨だ。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
室内は流石さすがに詩人の神経質な用意がゆき渡つて、筆一つでもゆがんで置かれない程整然として居た。小さな卓に菊の花がけてあつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
あのシーツの黒くなったことには、近来急速にプロレタリヤ化しつつある君も流石さすがに驚くだろう。今「西部戦線」を読んでいる。
旅舎の主人は軍人上りで、元気で、頼りには十分になつたが、しかも下車した後では、Bは流石さすがに後悔せずにはゐられなかつた。
山間の旅舎 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
山水もはた昔時に異なりて、豪族の擅横せんわうをつらにくしともおもはずうなじを垂るゝは、流石さすがに名山大川の威霊もなかば死せしやとおぼえて面白からず。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
それからノオトを開けて見せると、豊田君の見たがつてゐる所は、丁度自分の居眠りをした所だつたので、流石さすがに少し恐縮した。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
流石さすがに観念のほぞを据えられたものとみえ、さる日、お側小姓に「短冊を持て」とお命じになり、あおのけに寝たまま筆をとって
玉取物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
覚悟はしてゐた積りだつたが、幾も子供達から「小母さん」と呼ばれたときには、流石さすがにあまりいゝ気持はしなかつたのである。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
但し流石さすがに年の効で数の中には捨て難い傑作がないでもなかった。それを一つと筆序に塚本さんの逸話を一つ紹介して筆をく。
社長秘書 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
右源太は、この辺から奥へ行くと、だんだん大作への人気が高くなって行くのを知っていたが、江戸へ戻ることは、流石さすがに出来なかった。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
然し、流石さすがに昔のことを思ふと、氣が引けて話し掛ける勇氣も出なかつた。そしてぐづぐづしてる内に、お互にれ違つてしまつたんだ。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
発信人は誰なりしや、何事が封じ込まれてあるにや。我は知らず。知れども知らず。流石さすがの我もこの天機だけは洩らしかぬる也。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
最早や藻西太郎の犯罪は警察官の云し如く真に明々白々にて此上問うだけ無益なりと思いたり去れど目科は流石さすが経験に富るだけ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
あらゆる威嚇いかく、甘言、情実、誘惑に対する彼女の防禦ばうぎよ方法は、只だ沈黙と独身主義とのみ、流石さすがの剛造も今はほとんど攻めあぐみぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そうなると流石さすがにじり/\と追い詰められて浅沼郡の要害へ引き退き、塁を高くし、濠を深くして、防ぎ戦うより外はなかった。
この畜類ちくるゐ、まだ往生わうじやうしないか。』と、手頃てごろやりひねつてその心臟しんぞうつらぬくと、流石さすが猛獸まうじうたまらない、いかづちごとうなつて、背部うしろへドツとたをれた。
も見ずににげさりけり斯ることの早兩三度に及びし故流石さすがの久八もいきどほり我が忠義のあだ成事なること如何いかにも/\口惜くちをしや今一度あうて異見せん者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
赤沢院長の父祖と云うのは、流石さすがに日本一の家庭看護の本場、京都岩倉村の出身であるだけに、いち早くこの点に目をつけた。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
流石さすがの太宰さんも温和おとなしく高鼾たかいびき。急迫したような息苦しさと紙一重の、笑いたいような気持ち。何か、心のときめきを覚える夕べであった。
嘗て寫眞で見てどんなに立派なものであらうかと想像してゐた程では無かつたが、それでも門前に立つて見ると流石さすがに大きい。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
流石さすがおつかさまに向つては、唇をそらしても居られないのであつたが、さればと云つて、心からお詫をしようとは思ひこんでは居なかつた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
流石さすがに屍体をマザマザと見た見物人は、もう自分達の好奇心を、充分満たしたと見え、思い思いにその場を去りかかっていた。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一日も早く父に代り度いが為の策謀と明らかに知れ、趙簡子も流石さすがいささか不快だったが、一方衛侯の忘恩も又必ず懲さねばならぬと考えた。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「あら、だつて、信兄さまのことなら、流石さすがは外人と交際つきあつてるだけあつて、なかなかハイカラだつて、何時かおつしやつたぢやないの?」
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
好かないと言おうとしたが、啓吉が、痩せた影をしょんぼり壁に張りつけさせて、叔母達の話を聞いているので流石さすがに寛子も言葉を濁した。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
金が要るから従って金が欲しい、金の為めならどんな事でもする、人でも殺す、平気で殺して報酬を受けるが、流石さすがに人殺しの報酬は高い。
皚々がい/\たる雪夜せつやけいかはりはなけれど大通おほどほりは流石さすが人足ひとあしえずゆき瓦斯燈がすとうひか皎々かう/\として、はだへをさす寒氣かんきへがたければにや
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
胸一杯の悲しみにことばさへ震へ、語り了ると其儘、齒根はぐき喰ひしばりて、と耐ゆる斷腸の思ひ、勇士の愁歎、流石さすがにめゝしからず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
東の壁のところに、二十余人の寺々の住職、今年にかぎつて蓮華寺一人欠けたのも物足りないとは、流石さすがに土地柄も思はれてをかしかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
とは、流石さすがに知らぬ、長崎屋、浜川が、露地を出て、かごに乗ったのを見ると、ニタリと、白い歯をあらわして、闇に笑って
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
燈芯のような躯の身長が精々五尺あるかなしかだが、白足袋を履き紫襴の袈裟をつけた所には、流石さすが争われぬ貫録があった。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
姉は流石さすがに女の気もやさしく、父の身の上、弟のことを気づかいながら、村の方へ走って行った。この燈台とうだいから村へは、一里に余る山路である。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
流石さすがの松竹も東京では駄目だろう歯が立つまいという噂が聞えた時代である、それと共にこんどの「高野の義人」もやっぱりいけないだろう
生前身後の事 (新字新仮名) / 中里介山(著)