)” の例文
彼女はあの賑やかな家や朋輩ほうばいたちの顔を思い出すと、遠い他国へ流れて来た彼女自身の便りなさが、一層心にみるような気がした。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
停車場ステエションうしろは、突然いきなり荒寺の裏へ入った形で、ぷんと身にみるの葉のにおい、鳥の羽ででられるように、さらさらと——袖が鳴った。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ほおはこけ、眼の下にふかいたるみが出来た上に、皮膚の色はどす黒くにごっていた。鏡を見るごとに味気あじきなさが身にみるようである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
私もまだ若い身空でしたが、何んだかこうすっかりその琵琶の音が心にって、ほんとうに夜の明けるのも惜しまれた位でした。
姨捨 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
姉は胸に秘密をたくわえ、弟は憂えばかりを抱いているので、とかく受け応えが出来ずに、話は水が砂にみ込むようにとぎれてしまう。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
消え去った偉大な心の愛が、黙々たるそれらのページから発散して、やさしく彼のうちにみ通ってくる。彼の眼には涙があふれる。
だが、笠原にはそのことが矢張り身にみて分らなかったし、それに悪いことには何もかも「私の犠牲」という風に考えていたのだ。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
どうしてこのように無心な者の言葉が、聴けば身にむのかということを考えて見るのもよい。風のない晩秋の黄昏たそがれに町をあるいて
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この感化は別に教へるのでもなく、また教へられるとも思はないのであるが、その深くみ込む事は学校の教育よりも更に甚だしい。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
こころよい、なつかしい、身にみる等とほんしていい場合が多い。𪫧怜を「あはれ」とも訓むから、その情調が入っているのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その血の中にみ込んでいるのか、アンゴラ土人の類人猿を恐れることは獅子、虎、バンタ毒蛇、豹にもまさっているのであった。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
実際、空はくっきりと晴れているのに、そこに反射している光線は、明るいながらすほどでなく、身にみるように美しい。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貴嬢きみまなこを閉じて掌を口に当て、わずかに仰ぎたまいし宝丹はげにたまみ髄にとおりて毒薬の力よりも深く貴嬢の命を刺しつらん。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼の寝台の傍で番をしていた老人は、恐らくぐっすり眠っているのだろう。星たちの優しく瞬く光が、彼の心臓にまでみ透ってきた。
「すると、血の方はいったいどうなります。……どうしたって永田馬場を曳出す前にみ出していなければならないはずでしょう」
薫のにおいは中の君が下の単衣ひとえなども昨夜のとは脱ぎ替えていたのであるが、その注意にもかかわらず全身にんでいたのである。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
学問の純粋性が彼にみ込んで、それによって世の中を見るようになれば、女の持つ技巧や歪曲わいきょくの世界から脱れようかとも思った。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
軒かたむいたごとから逃げ惑って行ったらしい嬰児あかごのボロれやら食器の破片などが、そこらに落ちているのも傷々いたいたしく目にみて
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
草木の美しさをうらやむなんて、余程自分の生活に、自分の心持ちに不自然な醜さがあるのだと、の朝つく/″\と身にみて考へられた。
椎の若葉 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
突然強風が吹起こって家を揺るがし雨戸を震わすかと思うと、それが急にまるで嘘をいったように止んでただ沛然はいぜんたる雨声が耳にみる。
雨の上高地 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところが今晩になってみますと、そんなことをしつこくたずね廻った私というものの愚かさが、つくづくと身にみて参りました
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
うしろに何か重い物を引きったような歩き方で、居住区の中に消えて行った彼のうしろ姿が、奇妙に私の眼にみついて離れなかった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
自分が一緒に追っている時はさのみにも思わないが、遠く離れて聞いていると、寒い寂しいような感じが幼い心にもみ渡った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
子供のお守はおろか、自分の食べた茶碗ちゃわんさえろくに洗おうとはしなかった。何一つ身にみてする勇気が私にはなくなっていたのである。
こんな寒い晩に登ったのは始めてなんだから、岩の上へ坐って少し落ち着くと、あたりのさみしさが次第次第に腹の底へみ渡る。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかもあでやかな、薄いワンピースを着た若い女性らしく、その藤色というよりも小豆あずき色に近い色調が、陽の照りかえしのように眼にみた。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
みと父の話を聞いてみると、やはり父には父の言分があるので、真向から反対はできないと云ふ気もしたのではあるが、一人になると
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
まさしく瑠璃るりの、群青ぐんじょう深潭しんたんようして、赤褐色の奇巌きがん群々むれむれがかっと反射したところで、しんしんとみ入るせみの声がする。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
金に目のくらんだ兄に引きられて、絶望のふちへ沈められて行った、お柳に対する憐愍れんびんの情が、やがて胸にみ拡がって来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ヂュリ ほんにロミオのかほを……死顏しにがほを……るまでは、わたし如何どうしてもこゝろいさまぬ、從兄いとこがおにゃったのが、それほどこゝろみてかなしい。
したがってこのことは全身、全心にみこんで、死ぬまでも記憶に留るのみならず、子孫の記憶にまで留って人類の潜在識せんざいしきに化するにいたる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
宵闇よいやみの中を歩きながら、ねぐらに騒ぐ鳥の声を聞いて、この季節に著しく感じる澄んだ寂しさが腹の底までみるのを知った。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
つやッぽい節廻ふしまわしの身にみ入るようなのに聞惚ききほれて、為永ためなが中本ちゅうほんに出て来そうなあだ中年増ちゅうどしまを想像しては能くうわさをしていたが、或る時尋ねると
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
自分すら忘れきった、彼の人の出来あがらぬ心に、骨にみ、干からびた髄の心までも、唯りつけられたようになって、残っているのである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
セエラは辛い日を送って来た間に、たとい知らぬ人からでも、ほほえみかけられるのはうれしいということを、身にみて感じていたのでした。
チャイコフスキーの良さはつまりは悲劇の良さであり、その人の良さがすべての作品にみ出すためでなければならない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
と、御叩頭おじぎをして、二人の前へ、茶を置くと、しとやかに出て行った。茶室好みの小部屋へは、もう夜が、隅々すみずみへ入っていて、沁々しみじみと冷たさがんだ。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
不心得はこちらにあることはよく分ったが、いくら心臓が強くても、何を話していいかまだ考えてもいなかったので、この親切は全く身にみた。
ネバダ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
けれどもその浮橋の上に乗ると、池水がじくじくあしのうらみてそりゃ冷たいんですて。だからその浮橋の下は深い池だということがわかるでしょう。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
方言を卑下する風潮がみ込んでいる証拠でもあり、かかる卑下が如何に無用であるかを、私どもは力説したのである。
あの傲岸ごうがん不遜ふそんのニイチエ。自ら称して「人類史以来の天才」と傲語したニイチエが、これはまた何と悲しく、痛痛しさの眼にみる言葉であらう。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
立っていたのでインキは流れて裏にはみず、裁縫の器用な祖母が下前したまえと取りかえて、工夫をして下すったので、また著られるようになりました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
向うの窓の磨硝子すりガラスからみ込む、月の光りに照らし出されたタタキの上は、大地と同様にシットリとして冷めたかった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
勘次かんじもおつぎもうす仕事衣しごとぎにしん/\とこほしもつめたさと、ぢり/\とこがすやうなあつさとを同時どうじかんじた。與吉よきち火傷やけどつめたさがみた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それは寒さが今よりも早く来たし、衣料も今のように温い毛の物などが無く、風がひどく身にみて、始終人がそういう言葉を口にしたからであった。
夜店のやみに響く艶歌師えんかしのヴァイオリンといった種類のもので、下等ではあるが、妙に心にみ込む処のものでした。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
私の雑文は、詩も随筆も小説も、みんな一つとして満足に売れたことはありませんのに、改造社から、稿料を貰った時はひどく身にみる思いでした。
文学的自叙伝 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
何だか不思議に心にみ入るような調べだ。あの男が下らぬ事を饒舌しゃべったので、己まで気が狂ったのでもあるまい。
さういふ時に私は、人間が大変小さい者だと書かれてあつたカトリック入門書の教へを身にみて体験したのです。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
何者にも囚われないで自然人生を見ると云う気持、み/″\と感ずる気持が、真のシンセリティの気持である。
動く絵と新しき夢幻 (新字新仮名) / 小川未明(著)