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沁
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し
ふりがな文庫
“
沁
(
し
)” の例文
彼女はあの賑やかな家や
朋輩
(
ほうばい
)
たちの顔を思い出すと、遠い他国へ流れて来た彼女自身の便りなさが、一層心に
沁
(
し
)
みるような気がした。
奇怪な再会
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
と
停車場
(
ステエション
)
の
後
(
うしろ
)
は、
突然
(
いきなり
)
荒寺の裏へ入った形で、
芬
(
ぷん
)
と身に
沁
(
し
)
みる
木
(
こ
)
の葉の
匂
(
におい
)
、鳥の羽で
撫
(
な
)
でられるように、さらさらと——袖が鳴った。
唄立山心中一曲
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
頬
(
ほお
)
はこけ、眼の下にふかいたるみが出来た上に、皮膚の色はどす黒く
濁
(
にご
)
っていた。鏡を見るごとに
味気
(
あじき
)
なさが身に
沁
(
し
)
みるようである。
親馬鹿入堂記
(新字新仮名)
/
尾崎士郎
(著)
私もまだ若い身空でしたが、何んだかこうすっかりその琵琶の音が心に
沁
(
し
)
み
入
(
い
)
って、ほんとうに夜の明けるのも惜しまれた位でした。
姨捨
(新字新仮名)
/
堀辰雄
(著)
姉は胸に秘密を
蓄
(
たくわ
)
え、弟は憂えばかりを抱いているので、とかく受け応えが出来ずに、話は水が砂に
沁
(
し
)
み込むようにとぎれてしまう。
山椒大夫
(新字新仮名)
/
森鴎外
(著)
▼ もっと見る
消え去った偉大な心の愛が、黙々たるそれらのページから発散して、やさしく彼のうちに
沁
(
し
)
み通ってくる。彼の眼には涙があふれる。
ジャン・クリストフ:04 第二巻 朝
(新字新仮名)
/
ロマン・ロラン
(著)
だが、笠原にはそのことが矢張り身に
沁
(
し
)
みて分らなかったし、それに悪いことには何もかも「私の犠牲」という風に考えていたのだ。
党生活者
(新字新仮名)
/
小林多喜二
(著)
どうしてこのように無心な者の言葉が、聴けば身に
沁
(
し
)
むのかということを考えて見るのもよい。風のない晩秋の
黄昏
(
たそがれ
)
に町をあるいて
こども風土記
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
この感化は別に教へるのでもなく、また教へられるとも思はないのであるが、その深く
沁
(
し
)
み込む事は学校の教育よりも更に甚だしい。
病牀六尺
(新字旧仮名)
/
正岡子規
(著)
こころよい、なつかしい、身に
沁
(
し
)
みる等と
翻
(
ほん
)
していい場合が多い。𪫧怜を「あはれ」とも訓むから、その情調が入っているのである。
万葉秀歌
(新字新仮名)
/
斎藤茂吉
(著)
その血の中に
沁
(
し
)
み込んでいるのか、アンゴラ土人の類人猿を恐れることは獅子、虎、バンタ毒蛇、豹にもまさっているのであった。
令嬢エミーラの日記
(新字新仮名)
/
橘外男
(著)
実際、空はくっきりと晴れているのに、そこに反射している光線は、明るいながら
眼
(
め
)
を
刺
(
さ
)
すほどでなく、身に
沁
(
し
)
みるように美しい。
吉野葛
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
貴嬢
(
きみ
)
が
眼
(
まなこ
)
を閉じて掌を口に当て、わずかに仰ぎたまいし宝丹はげに
魂
(
たま
)
に
沁
(
し
)
み髄に
透
(
とお
)
りて毒薬の力よりも深く貴嬢の命を刺しつらん。
おとずれ
(新字新仮名)
/
国木田独歩
(著)
彼の寝台の傍で番をしていた老人は、恐らくぐっすり眠っているのだろう。星たちの優しく瞬く光が、彼の心臓にまで
沁
(
し
)
み透ってきた。
紅い花
(新字新仮名)
/
フセヴォロド・ミハイロヴィチ・ガールシン
(著)
「すると、血の方はいったいどうなります。……どうしたって永田馬場を曳出す前に
沁
(
し
)
み出していなければならないはずでしょう」
平賀源内捕物帳:山王祭の大像
(新字新仮名)
/
久生十蘭
(著)
薫のにおいは中の君が下の
単衣
(
ひとえ
)
なども昨夜のとは脱ぎ替えていたのであるが、その注意にもかかわらず全身に
沁
(
し
)
んでいたのである。
源氏物語:51 宿り木
(新字新仮名)
/
紫式部
(著)
学問の純粋性が彼に
沁
(
し
)
み込んで、それによって世の中を見るようになれば、女の持つ技巧や
歪曲
(
わいきょく
)
の世界から脱れようかとも思った。
河明り
(新字新仮名)
/
岡本かの子
(著)
軒かたむいた
戸
(
こ
)
ごとから逃げ惑って行ったらしい
嬰児
(
あかご
)
のボロ
布
(
き
)
れやら食器の破片などが、そこらに落ちているのも
傷々
(
いたいた
)
しく目に
沁
(
し
)
みて
私本太平記:12 湊川帖
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
草木の美しさを
羨
(
うらや
)
むなんて、余程自分の生活に、自分の心持ちに不自然な醜さがあるのだと、
此
(
こ
)
の朝つく/″\と身に
沁
(
し
)
みて考へられた。
椎の若葉
(新字旧仮名)
/
葛西善蔵
(著)
突然強風が吹起こって家を揺るがし雨戸を震わすかと思うと、それが急にまるで嘘をいったように止んでただ
沛然
(
はいぜん
)
たる雨声が耳に
沁
(
し
)
みる。
雨の上高地
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
ところが今晩になってみますと、そんなことをしつこくたずね廻った私というものの愚かさが、つくづくと身に
沁
(
し
)
みて参りました
大菩薩峠:27 鈴慕の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
うしろに何か重い物を引き
摺
(
ず
)
ったような歩き方で、居住区の中に消えて行った彼のうしろ姿が、奇妙に私の眼に
沁
(
し
)
みついて離れなかった。
桜島
(新字新仮名)
/
梅崎春生
(著)
自分が一緒に追っている時はさのみにも思わないが、遠く離れて聞いていると、寒い寂しいような感じが幼い心にも
沁
(
し
)
み渡った。
綺堂むかし語り
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
子供のお守はおろか、自分の食べた
茶碗
(
ちゃわん
)
さえろくに洗おうとはしなかった。何一つ身に
沁
(
し
)
みてする勇気が私にはなくなっていたのである。
何が私をこうさせたか:――獄中手記――
(新字新仮名)
/
金子ふみ子
(著)
こんな寒い晩に登ったのは始めてなんだから、岩の上へ坐って少し落ち着くと、あたりの
淋
(
さみ
)
しさが次第次第に腹の底へ
沁
(
し
)
み渡る。
吾輩は猫である
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
しかもあでやかな、薄いワンピースを着た若い女性らしく、その藤色というよりも
小豆
(
あずき
)
色に近い色調が、陽の照りかえしのように眼に
沁
(
し
)
みた。
地図にない島
(新字新仮名)
/
蘭郁二郎
(著)
沁
(
し
)
み
沁
(
じ
)
みと父の話を聞いてみると、やはり父には父の言分があるので、真向から反対はできないと云ふ気もしたのではあるが、一人になると
鳥羽家の子供
(新字旧仮名)
/
田畑修一郎
(著)
まさしく
瑠璃
(
るり
)
の、
群青
(
ぐんじょう
)
の
深潭
(
しんたん
)
を
擁
(
よう
)
して、赤褐色の
奇巌
(
きがん
)
の
群々
(
むれむれ
)
がかっと反射したところで、しんしんと
沁
(
し
)
み入る
蝉
(
せみ
)
の声がする。
木曾川
(新字新仮名)
/
北原白秋
(著)
金に目の
晦
(
くら
)
んだ兄に引き
摺
(
ず
)
られて、絶望の
淵
(
ふち
)
へ沈められて行った、お柳に対する
憐愍
(
れんびん
)
の情が、やがて胸に
沁
(
し
)
み拡がって来た。
爛
(新字新仮名)
/
徳田秋声
(著)
ヂュリ ほんにロミオの
顏
(
かほ
)
を……
死顏
(
しにがほ
)
を……
見
(
み
)
るまでは、
妾
(
わたし
)
ゃ
如何
(
どう
)
しても
心
(
こゝろ
)
が
勇
(
いさ
)
まぬ、
從兄
(
いとこ
)
がお
死
(
し
)
にゃったのが、それ
程
(
ほど
)
に
心
(
こゝろ
)
に
沁
(
し
)
みて
悲
(
かな
)
しい。
ロミオとヂュリエット:03 ロミオとヂュリエット
(旧字旧仮名)
/
ウィリアム・シェークスピア
(著)
したがってこのことは全身、全心に
沁
(
し
)
みこんで、死ぬまでも記憶に留るのみならず、子孫の記憶にまで留って人類の
潜在識
(
せんざいしき
)
に化するにいたる。
自警録
(新字新仮名)
/
新渡戸稲造
(著)
宵闇
(
よいやみ
)
の中を歩きながら、
塒
(
ねぐら
)
に騒ぐ鳥の声を聞いて、この季節に著しく感じる澄んだ寂しさが腹の底まで
沁
(
し
)
みるのを知った。
果樹
(新字新仮名)
/
水上滝太郎
(著)
艶
(
つや
)
ッぽい
節廻
(
ふしまわ
)
しの身に
沁
(
し
)
み入るようなのに
聞惚
(
ききほ
)
れて、
為永
(
ためなが
)
の
中本
(
ちゅうほん
)
に出て来そうな
仇
(
あだ
)
な
中年増
(
ちゅうどしま
)
を想像しては能く
噂
(
うわさ
)
をしていたが、或る時尋ねると
二葉亭余談
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
自分すら忘れきった、彼の人の出来あがらぬ心に、骨に
沁
(
し
)
み、干からびた髄の心までも、唯
彫
(
え
)
りつけられたようになって、残っているのである。
死者の書
(新字新仮名)
/
折口信夫
(著)
セエラは辛い日を送って来た間に、たとい知らぬ人からでも、ほほえみかけられるのはうれしいということを、身に
沁
(
し
)
みて感じていたのでした。
小公女
(新字新仮名)
/
フランシス・ホジソン・エリザ・バーネット
(著)
チャイコフスキーの良さはつまりは悲劇の良さであり、その人の良さがすべての作品に
沁
(
し
)
み出すためでなければならない。
楽聖物語
(新字新仮名)
/
野村胡堂
、
野村あらえびす
(著)
と、
御叩頭
(
おじぎ
)
をして、二人の前へ、茶を置くと、
淑
(
しとや
)
かに出て行った。茶室好みの小部屋へは、もう夜が、
隅々
(
すみずみ
)
へ入っていて、
沁々
(
しみじみ
)
と冷たさが
沁
(
し
)
んだ。
大岡越前の独立
(新字新仮名)
/
直木三十五
(著)
不心得はこちらにあることはよく分ったが、いくら心臓が強くても、何を話していいかまだ考えてもいなかったので、この親切は全く身に
沁
(
し
)
みた。
ネバダ通信
(新字新仮名)
/
中谷宇吉郎
(著)
けれどもその浮橋の上に乗ると、池水がじくじく
蹠
(
あしのうら
)
に
沁
(
し
)
みてそりゃ冷たいんですて。だからその浮橋の下は深い池だということがわかるでしょう。
不思議な国の話
(新字新仮名)
/
室生犀星
(著)
方言を卑下する風潮が
沁
(
し
)
み込んでいる証拠でもあり、かかる卑下が如何に無用であるかを、私どもは力説したのである。
四十年の回想:『民藝四十年』を読んで
(新字新仮名)
/
柳宗悦
(著)
あの
傲岸
(
ごうがん
)
不遜
(
ふそん
)
のニイチエ。自ら称して「人類史以来の天才」と傲語したニイチエが、これはまた何と悲しく、痛痛しさの眼に
沁
(
し
)
みる言葉であらう。
田舎の時計他十二篇
(新字旧仮名)
/
萩原朔太郎
(著)
立っていたのでインキは流れて裏には
沁
(
し
)
みず、裁縫の器用な祖母が
下前
(
したまえ
)
と取りかえて、工夫をして下すったので、また著られるようになりました。
鴎外の思い出
(新字新仮名)
/
小金井喜美子
(著)
向うの窓の
磨硝子
(
すりガラス
)
から
沁
(
し
)
み込む、月の光りに照らし出されたタタキの上は、大地と同様にシットリとして冷めたかった。
一足お先に
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
勘次
(
かんじ
)
もおつぎも
薄
(
うす
)
い
仕事衣
(
しごとぎ
)
にしん/\と
凍
(
こほ
)
る
霜
(
しも
)
の
冷
(
つめ
)
たさと、ぢり/\と
焦
(
こが
)
すやうな
火
(
ひ
)
の
熱
(
あつ
)
さとを
同時
(
どうじ
)
に
感
(
かん
)
じた。
與吉
(
よきち
)
は
火傷
(
やけど
)
へ
夜
(
よ
)
の
冷
(
つめ
)
たさが
沁
(
し
)
みた。
土
(旧字旧仮名)
/
長塚節
(著)
それは寒さが今よりも早く来たし、衣料も今のように温い毛の物などが無く、風がひどく身に
沁
(
し
)
みて、始終人がそういう言葉を口にしたからであった。
こがらし:――南駅余情――
(新字新仮名)
/
岩本素白
(著)
夜店の
闇
(
やみ
)
に響く
艶歌師
(
えんかし
)
のヴァイオリンといった種類のもので、下等ではあるが、妙に心に
沁
(
し
)
み込む処のものでした。
楢重雑筆
(新字新仮名)
/
小出楢重
(著)
私の雑文は、詩も随筆も小説も、みんな一つとして満足に売れたことはありませんのに、改造社から、稿料を貰った時はひどく身に
沁
(
し
)
みる思いでした。
文学的自叙伝
(新字新仮名)
/
林芙美子
(著)
何だか不思議に心に
沁
(
し
)
み入るような調べだ。あの男が下らぬ事を
饒舌
(
しゃべ
)
ったので、己まで気が狂ったのでもあるまい。
痴人と死と
(新字新仮名)
/
フーゴー・フォン・ホーフマンスタール
(著)
さういふ時に私は、人間が大変小さい者だと書かれてあつたカトリック入門書の教へを身に
沁
(
し
)
みて体験したのです。
亜剌比亜人エルアフイ
(新字旧仮名)
/
犬養健
(著)
何者にも囚われないで自然人生を見ると云う気持、
沁
(
し
)
み/″\と感ずる気持が、真のシンセリティの気持である。
動く絵と新しき夢幻
(新字新仮名)
/
小川未明
(著)
沁
漢検1級
部首:⽔
7画
“沁”を含む語句
沁々
沁出
沁透
沁込
汗沁
沁入
沁園春
沁徹
沁拡
沁沁
沁渡
沁通
沁骨
瑪哈沁