ごう)” の例文
敵討物の傍若無人の横行にごうを煮やしたことが動機となってやりだしたことだから同じようなものではもとより面白くないと思った。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
丑満うしみつ過ぐる夜の夢。見よや因果のめぐり来る。火車にごうを積むかずるしめて眼の前の。地獄もまことなり。げに恐ろしの姿や」
涙香・ポー・それから (新字新仮名) / 夢野久作(著)
……あんな目に始終逢い、醜態の限りをさらしても、そいでも、なぜよせんのか? わかるかね? こいつは、ごうと言うやつだよ。
好日 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
「オイオイ、見てばかりいないで、なんとか言ってくれ」と無言の一座にごうが煮えてきたか、カムポスの声がだんだん荒くなってくる。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「あれ、まだあると思ったに……。」と、ランプに火をともしていた母親は振りかえって言おうとしたが、ごうが沸くようで口へ出なかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
二階では由ちゃんが、サガレン時代のごうだと云って、私に見られたはずかしさに、プンプン匂う薬をしまってゴロリと寝ころんでいた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
教室でも運動場でも因縁いんねんをつける機会を探している。しかし正三君が相手にならないものだから、ごうをにやして、ある時教室の黒板へ
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
なんとも才能の不足を嘆じてしまう。せめてもっと健康と時間が欲しくなる。林芙美子さんじゃないが、ごうだなあと思ってしまう。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手を出しかねたる二人を睨廻ねめまはして、蒲田はなかなか下に貫一のもだゆるにも劣らず、ひとごうにやして、効無かひな地鞴ぢただらを踏みてぞゐたる。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「そうだね、あれこそ剣難の相というんだろう、畳の上じゃ死ねない人相だ、人を斬ってごうたたったから、それで盲目になったんだろう」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もし今朝の板木当番が、ついにごうをにやしてあんな打ちかたをしたとすると、私はその人のために、まことに残念なことだと思っている。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「増屋の佐五兵衛が、金の茶釜が出て来ないのにごうを煮やして、捜して持って来たものには、五十両やると言い出しましたよ」
彼においてはすべての罪は皆「ごう」による必然的なものであって自分の責任ではないのである。しかもみずから極重悪人と感じたのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
死人のごうはかはかりの上に狗頭猴が坐し、法律の印したる鳥羽と死人の心臓が同じ重さなるを確かめてこれを親分のトットに報ずるところだ。
「僕の弱さだ。こう、きざに気取らなければ、ひっこみがつかないのだ。ごうみたいなものだ。ひどく不気嫌になっている。」
雌に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
おそらくはまた、ベートーヴェンがいつまでも待ちぼけを喰わされて、愛を秘密にしておかねばならぬ屈辱にごうを煮やしたためかも知れない。
「それは違ふ、眼にも見えず、形にもあらはれぬごうといふ重荷を、われ/\はどれほど過ぎしかたに人にも自身にもになはせてゐるか知れぬ」
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ところがその生活の過程は、結局、惑と、ごうと、苦の関係だというのです。いわゆる「惑業苦の三道」というのはそれです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
父親は夕飯の馳走ちそうになって旅宿に帰った。時雄のその夜の煩悶はんもんは非常であった。欺かれたと思うと、ごうが煮えて為方がない。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ところが、そうこうするうちに、彼はその女がただの一度も姿を見せないことにごうを煮やして、病気のことを訊いてみた。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
ごうを煮やした貴縉きけん紳士ならびに夫人令嬢は、それぞれ車から降り立って、二人の車を十二十重に取り囲み、口々にがやがやと抗議を申し込む。
拝むような娘の群の視線はこの若者の横顔にあつまりました。全く、源はごうえて、この男の通るのを見ていられません。嫉妬は一種の苦痛です。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
太子生誕の頃より奈良平安朝にいたる歴史をみるとき、それは血族の間に生じた悲痛な犠牲の歴史である。人間のごうの深さ、人心の無常に驚く。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
保吉 何、莫迦莫迦ばかばかしさにごうやしたのです。それは業を煮やすはずでしょう。元来達雄は妙子などを少しも愛したことはないのですから。……
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
困果とごうと、早やこのていになりましたれば、揚代あげだいどころか、宿までは、杖にすがっても呼吸いきが切れるのでございましょう。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
悲劇の偉大なるを知るが故である。悲劇の偉大なる勢力を味わわしめて、三世さんぜまたがるごうを根柢から洗わんがためである。不親切なためではない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
花鳥風月を友とし、骨董をなでまはして充ち足りる人には、人間のごうと争ふ文学は無縁のものだ。小林は人間孤独の相と云ひ、地獄を見る、と言ふ。
しかし、それから奥のことについては、侯は一切口をつぐんで語らないので、ドイツ側じゃ、ごうやしているらしい。
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
近代将棋の合理的な理論よりも我流の融通無碍を信じ、それに頼り、それに憑かれるより外に自分を生かす道を知らなかった人のごうのあらわれである。
勝負師 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それがために、この世では身をやぶり家をほろぼし、来世は地獄に堕つるとも、宿世すくせごうじゃ、是非もござるまいよ。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
周囲の無理解にごうを煮やして、無理にでも病院を出ようとしているのではあるまいか、と、急に不安が募つて来た。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
「……この心願、この執着、これはもうごうかも知れない。他人ひとのことは云われない。妾も可哀そうな業人なのだ!」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしこういうごうつくばりの男の事故ことゆえ、芸者が好きだといっても、当時新橋しんばし第一流の名花と世に持囃もてはやされる名古屋種なごやだねの美人なぞに目をくれるのではない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「横浜?……横浜にはもう用はないわい。いつ首になるか知れないおれがこの上の御奉公をしてたまるか。これもみんなお前のお陰だぞ。ごうつくばりめ」
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
おえねえ頓痴奇とんちきだ、坊主ぼうずけえりの田舎漢いなかものの癖に相場そうば天賽てんさいも気がつええ、あれでもやっぱり取られるつもりじゃあねえうち可笑おかしい。ハハハ、いいごうざらしだ。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は若いし身体も丈夫なのに、亭主は傴僂で厭らしいごうつく張りで、ヂューヂャ爺に輪をかけたような悪者さ。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
三「なんたる因果でお累は彼様な悪党の不人情な奴を思いれないというのは何かのごうだ、よ、覗いて見なよ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
(『山堂清話さんどうせいわ』に曰く、「五蘊ごうんはじめて起こる。これを名づけて生となす。ないし、四大分散、これを名づけて死となす。識神しきしんごうしたがいて後有に旋帰す」と)
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
吉弥の病気はそうひどくないにしても、罰当り、ごうさらしという敵愾心てきがいしんは、妻も僕も同じことであった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
こうした状態の自分に、いったい何ができるだろう? 彼が躍起やっきとなって鞭撻を加えれば加えるほど、私の心持はただただ萎縮を感じるのだ。彼はごうを煮やし始めた。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
みんな総立ちになり、いっぽう腹ばいになったまま、頑としていうことをきかない犬にごうやす。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
りかけたふねとやら、これも現世げんせ通信つうしんこころみるものまぬががた運命うんめい——ごうかもれませぬ……。
腐れたしかばねきもを冷やし、人間のする鬼畜きちくごうまなこにするうち、度胸もついて参ります、捨鉢すてばちすさびごころも出て参ります、それとともに、今日は人の身、明日はわが上と
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
悪業というは、悪は悪いじゃ、ごうとは梵語ぼんごでカルマというて、すべて過去になしたることのまだむくいとなってあらわれぬを業という、善業悪業あるじゃ。ここでは悪業という。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
業績をつむつもりでごうを重ねているということを自分で知らない人が何と多いでしょう。
目的を果たさずに帰って行く男のあとから舌を出したり、べかこうをしたりすることが、三度に一度ぐらいは必ずあるので、平中もしまいにはごうを煮やして、くそ、忌ま/\しい
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その様子をみていると、本当に切なさそうで、全く、地獄で、娑婆しゃばの罪人をごうはかりにかけ、浄玻璃じょうはりの鏡にひきむけて、閻魔えんま大王の家来達が、折檻せっかんしているようにしかみえなかった。
これで負って来たごうも果たせた気がして、安らかな境地が自分の心にできて、執着の残るものもない私だが、あなたたちと以前よりも、より親密にして数か月を暮らしてきたことで
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
昔のごうつくな主人に会うのは、やっぱりいい気持ではなかった。禿げ頭は面喰めんくらったようにあわてて頭をさげ、ジロジロと見あげ見おろしていたが、気がついたように頓狂とんきょうな声をだした。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
「四十四の尻ざらい、四十五のごうざらしというがおいねさんは何ぼになりゃあ」
(新字新仮名) / 壺井栄(著)