林檎りんご)” の例文
みんな客間に集って、母は、林檎りんごの果汁をこしらえて、五人の子供に飲ませている。末弟ひとり、特別に大きいコップで飲んでいる。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
と青年は寒気の中を急いだ為めにその健康な色の頬をなほ林檎りんごのやうに紅くし、汗ばんだその額を一拭ひして、息を吐き乍ら云つた。
それからまた、その方がピエロン果樹園に侵入して熟した林檎りんごを盗んだことも明白である。陪審員諸君も十分認められることと思う。
「はあ、私もお相手を致しますから、一盃いつぱい召上りましよ。氷を取りに遣りまして——夏蜜柑なつみかんでもきませう——林檎りんごも御座いますよ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そしておとこかえってるのをまどからると、きゅう悪魔あくまこころなかへはいってでもたように、おんなっている林檎りんごをひったくって
わしは林檎りんごの樹の下へ行っているから、お前もたばねが済んだら彼処あすこへ来てくれないか。あぜを歩くんだぞ、麦を倒すとけないからな
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
あるいは津田君の画にしばしば出現する不恰好な雀や粟の穂はセザンヌの林檎りんごや壷のような一種の象徴的の気分を喚起するものである。
茹玉子ゆでたまご林檎りんごバナナを手車に載せ、うしろから押してくるものもある。物売や車の通るところは、この別天地では目貫きの大通であるらしい。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから三時頃眼をさまして、羽根布団の中で焼き林檎りんごを喰べていると、いつの間に這入って来たのか、ウルフが枕元に突立っていた。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
星野の葉書は柿江の手の中に揉みくだかれて、鼠色の襤褸屑ぼろくずのようになって、林檎りんごの皮なぞの散らかっている間にき散らされていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
生もない鞄がなぜ飛び得ると考えるのか、怪談以外の考え方に於て……。ねえ君、林檎りんごも落ちるよ、星も落ちる、猿も木から落ちる
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
セザンヌやゴーグの感染時代には、素描の確実な画家や林檎りんごを林檎と見せる画家は、ほとんどこの世から一時姿を消さねばならなかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
第三の頭巾ずきんは白とあい弁慶べんけい格子こうしである。眉廂まびさしの下にあらわれた横顔は丸くふくらんでいる。その片頬の真中が林檎りんごの熟したほどに濃い。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春蚕はるごの済んだ後で、刈取られた桑畠くわばたけに新芽の出たさま、林檎りんごの影が庭にあるさまなど、玻璃ガラスしに光った。お雪は階下したから上って来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その湯を沸かして葛湯を拵らえて蜜柑の外に林檎りんごを小さく切って加えるとようございますけれども急ぎましたから略式に致しました
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
昨日も林檎りんごを持って帰ってくれましたよ。どうか許しておくれ、母さんを許しておくれ、わたしは一人ぼっちの寂しい身の上です。
日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑みかんやザボンがよく出来て、北方の寒い国では林檎りんごや梨がよく出来るという位差はある。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
それから彼は、晩になるとよく星をながめました。ことに、屋根の上にあがって、林檎りんごやなんかをかじりながら、星を見るのが愉快でした。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ここには、いまだに、鬼ごっこや、罰金遊び、目隠し当てもの、白パン盗み、林檎りんご受け、葡萄ぶどうつかみなど、昔の遊戯が行われている。
彼は軟かい食パンとバタとハムのかんを買った。それから果物屋で真赤に熟した林檎りんごを買った。彼は喉をグビグビ云わせながら家へ帰った。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
あの桜の並木の中には、私の恋人が大きい林檎りんごんでいた。海添いの桜並木、海の上からも、薄あかい桜がこんもり見えていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
雪狼どもはつかれてぐったりすわっています。雪童子も雪に座ってわらいました。そのほお林檎りんごのよう、その息は百合ゆりのようにかおりました。
水仙月の四日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
丸テーブルの上には二つの紅茶茶碗ぢゃわんが白い湯気を立てていた。そして、喜平は紅茶には手を出さずに、林檎りんごの皮をいていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その郷里の家からは、烟草屋の二階に室借をしていた独身時代にも、時々林檎りんごや柿を寄越よこしてくれたが、今年は初茸はつたけ湿地茸しめじだけを送って来た。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
これは英国で、蝸牛かたつむりや牛肉や林檎りんごいぼを移し、わがくにでも、鳥居や蚊子木葉いすのきのはに疣を伝え去るごとく、頸の腫れを蛇に移すのだ。
林檎りんごも林檎酒もなくても、気の合ったたのしさとよもやまのおもしろい意見の開陳とで二人だけで結構愉快なひと晩がすごされるのである。
林檎りんごの木(向い側のなしの木に)——お前さんの梨さ、その梨、その梨、……お前さんのその梨だよ、あたしがこさえたいのは。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
林檎りんごつてるッて、眞箇ほんとか!』とうさぎ腹立はらだゝしげにひました。『オイ、たすけてれ!』(硝子ガラスれるおとがする)
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「機にかなって語る言葉は銀の彫刻物に金の林檎りんごめたるが如し」。「吾子よ我ら言葉もて相愛することなく、行為と真実とをもてすべし」
いっさいを棄てて、おやじといっしょに林檎りんごの世話でもして、とにかく永くきる工夫をしたい。僕も死にたくないからね。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
お前さんのたましいがわたしの魂の中へ、丁度うじ林檎りんごの中へい込むように喰い込んで、わたしの魂を喰べながら、段々深みへもぐり込むのだわ。
主人と妻と女児むすめと、田のくろ鬼芝おにしばに腰を下ろして、持参じさん林檎りんごかじった。背後うしろには生温なまぬる田川たがわの水がちょろ/\流れて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ニュートン祭になぜ林檎りんごを飾るかといえば、それはニュートンが林檎りんごの実の落ちるのを見て万有引力を発見したという有名な話があるからです。
ニュートン (新字新仮名) / 石原純(著)
林檎りんごの皮が落ちてるね。見給え」それから証人に向って、「警察の連中はこれを見落したりなどして行ったんですか?」
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ここに桃を八つ並べたとすると、その中の一つが林檎りんごであるように、躯つきも顔だちも、気性までがみんなと違っていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
十三、四歳の少女で、ほおがふくれ、太っちょで、林檎りんごのように真赤な色をし、り返った太い短い鼻、大きな口、濃い縮み髪を頭に束ねていた。
胡瓜きうりなどは全くなくなつて、おびただしかつたまくわ瓜、唐もろこし、林檎りんごなども——高くなつたのであらう——甚だ少い。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
清君もほお林檎りんごのように赤くして興奮した。机の上には『極秘』の赤紙がられた怪潜水艦『富士』の青写真が、ものものしくひろげられている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
家に居ると、朝から晩まで何やら厚ぼったい雑誌にふけってそれを煙草の灰だらけにするか、さもなければこお林檎りんごをむしゃむしゃやっていた。
その空が全く暗くなった頃、彼はその通りのある珈琲店カッフェで、食後の林檎りんごいていた。彼の前には硝子ガラスの一輪挿しに、百合ゆりの造花が挿してあった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
妙な例え話だけれど、林檎りんごの皮をむかずして、中味けを幾つかに切離すことが出来るか。それは出来るのだ。針と糸があれば易々と出来るのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それから梨を持って来るものもあれば林檎りんごを持って来るものもある。中には五十銭銀貨を一つ包んで来るものもあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「さあ、さあ、あちらには鵞鳥がちょう焼肉羮サルミとモカのクレエム。小豚に花玉菜、林檎りんご砂糖煮マルメラアド。それから、いろいろ……」
老婦はお宮の絹手巾きぬハンケチで包んだ林檎りんごを包みのまま差し出した。手に取り上げて見るとお宮と一緒にいるようなかおりの高い香水のにおいが立ち迷うている。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
次には前にも云う通り、その肌の色の恐ろしい白さです。洋服の外へはみ出している豊かな肉体のあらゆる部分が、林檎りんごの実のように白いことです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして五六歩あるき階段へ廻る廊下の角の林檎りんごの鉢植の傍まで行くと、老紳士と組んだ腕を解き、右の片手を鉢の縁にかけ、夜会服のすそを膝までめくる。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ちまたで運よく見つけた電熱器を病室の片隅に取つけると、それで紅茶も沸かせた。ベッド脇に据えつけられている小さな戸棚とだなには、林檎りんごやバタがあった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
島村先生の時にはお好きだからって、あの方が林檎りんごとバナナをお入れになりました。ですから蜜柑みかんのすこしも入れてあげたらよろしゅうござりましょう
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その夜は山中の旅行にえていた美味、川魚のフライ、刺身、鯉こく、新鮮な野菜、美しい林檎りんご、芳烈な酒、殆んど尽くる所を知らず四人して貪った。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
林檎りんごの様に赤い顔をして大きな煙管パイプくはへて離さず、よく食ひ、よく語り、よく運動する元気のいい爺さんである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)