“旗下:はたもと” の例文
“旗下:はたもと”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治10
三遊亭円朝9
田中貢太郎3
島崎藤村2
林不忘2
“旗下:はたもと”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 演劇 > 大衆演芸27.4%
文学 > 日本文学 > 小説 物語1.0%
文学 > 日本文学 > 小説 物語(児童)0.2%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
この千代田湯の怪人は、そもそも何もの?……あかすり旗下はたもとの名で隠然権勢を張る、非常な学者で、また人格者でした。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その落ちついたありさまが、ひどく家康の気にいって、そいつを旗下はたもとにとり立てて、世々代々風呂番をお命じになった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
錦旗きんきを奉じた尾州兵が大手外へ進んだ時は、徳川家の旧旗下はたもとの臣は各礼服着用で、門外まで出迎えたとある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ゆうべから主君曹操の行方をさがし歩いていた夏侯惇かこうじゅん夏侯淵かこうえんの二将の旗下はたもとたちだった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に、四たくの岩石が一度になだれ落ちてくるかのように、袁術の旗下はたもとや部下のおびただしい人馬が駆け寄せ、
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幕府瓦解の後は旗下はたもと御家人ごけにんというような格の家が急に生計くらしの方法に困っていろいろ苦労をしたものであった。
どうっと、転び落ちる土煙とともに、袁紹以下、旗下はたもと達も、声をあわせて、御曹司おんぞうし袁尚の手柄をどっと賞めたたえた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから前年柳田氏に借りて写し置いた『甲子夜話かっしやわ』一七に、旗下はたもとの一色熊蔵話しとて
うしろに続く旗下はたもとの将士も、途中敵の徐晃や于禁の兵に挟まれて、さんざん討死を遂げてしまった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いくら旗下はたもとでも素町人すちょうにんでも、理に二つは有りません、さア切るなら斬って見ろ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「お旗下はたもとの葛西さんか、知ってるとも、私なんかは、あすこのかまうちやぶん中へ入って、きじや、うさぎをとったもんだ」
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
音にひびいた穴山あなやまぞく、その旗下はたもとには勇士もけっしてすくなくない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殿「うん、じゃが戦国の世になって戦争の起った時に、し味方の者が追々敗走して敵兵が旗下はたもとまで切込んでまいり、敵兵が予に槍でも向けた時は何う致す」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
曹操自身すら、その渦中に巻きこまれ、馬は狂いに狂うし、冠のかんざしは飛ばすし、髪はみだれ、旗下はたもとどもは後先になり、いやもうさんざんな態であった。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
医者を立会たちあわして見ると、一ト通りならん処の毒薬で、何でも是は大名旗下はたもとうち謀叛むほんれ有る者、お家をくつがえさんとする者が
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
従来、数十人ないし百人以上の家臣従僕が列をなして従った大名旗下はたもとの供数も、万石以上ですら従者五人、布衣ほい以下は侍一人に草履取り一人とまで減少された。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
花瓶は妻恋坂の旗下はたもと饗庭様のお邸へ、鎧櫃は向島関屋の里の自分の寮へ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それは/\お気の毒なことだ、貴方あなた以前もとはお旗下はたもとかね。
家康のまわりで、家康の旗下はたもとたちは、つばをのみながら云い合った。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さなくば例の悪計を孝助が告げ口したに相違なし、何しろ余程の腹立はらだちだ、飯島は真影流の奥儀おうぎきわめた剣術の名人で、旗下はたもと八万騎の其の中に
其の頃は町人と武家ぶげ公事くじに成りますと町奉行は余程むずヶしい事で有りましたが、只今と違いまして旗下はたもとは八万騎、二百六十有余かしらの大名が有って
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「あれは牛込の旗下はたもとで、飯島平左衛門と云う人の娘と、婢の墓だ」
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
親族の柳生河内、菅原夕菴せきあん譜代ふだいの木村五平太、服部織部介はっとりおりべのすけ、庄田喜兵衛次きへえじ、和田、野々宮、松枝などの老臣旗下はたもとたちは、
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お滝の体は十日ばかりすると元の体になった。新一が狐を殺したことは非常な評判になって、それがため新一は駿河台にあった大きな旗下はたもと邸の小供のお伽に抱えられたのであった。
狐の手帳 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そのうち寛永十四年嶋原征伐しまばらせいばつと相成り候ゆえ松向寺殿に御暇相願い、妙解院殿の御旗下はたもとに加わり、戦場にて一命相果たし申すべき所存しょぞんのところ
それから弟に嫁をとって、私はやはり旗下はたもとの、格式は少し上でしたが小川のうちにまいったのが、二十一の年、あなた方はまだなかなかお生まれでもなかったころでございますよ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
矢島優善やすよしは山田の塾にって、塾頭に推されてから、やや自重するものの如く、病家にも信頼せられて、旗下はたもとの家庭にして、特に矢島の名をして招請するものさえあった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
平左衞門と改名され、水道端すいどうばた三宅みやけ様と申上げまするお旗下はたもとから奥様をお迎えになりまして、程なく御出生ごしゅっしょうのお女子にょしをおつゆ様と申し上げ
と幾らそばで云っても美代吉は少しも嬉しい顔付が無いというは、本所北割下水ほんじょきたわりげすい旗下はたもとの三男で、藤川庄三郎ふじかわしょうざぶろうという者と深くなって居ますが
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
伏見、鳥羽、枚方ひらかた方面から敗退して来る会津あいづ兵や、桑名くわなや、幕府の旗下はたもとの侍は、青い泥を塗ったような顔と、血によごれた体を持てあまして、よろよろと、市中にあらわれた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乙「へえ、それは感心、あゝ云う巡礼の姿に成って居るが、やっぱり旗下はたもとのお嬢様か何かで、剣術を知らんではの大きな侍に切掛けられアしない、だが女一人じゃア危ないなア、誰か出ればいなア」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
先妻は葛西かさい小岩井村こいわいむらの百姓文左衞門ぶんざえもんの娘で、大根畠だいこんばたけという処に淺井あさい様と云うお旗下はたもとがございまして其の処へ十一歳から奉公をして居りましたから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
子供心にも不思議に思って、だんだん聞いて見ると、これは市ヶ谷へんに屋敷を構えていた旗下はたもと万騎まんぎ一人いちにんで、維新後思い切って身を落し、こういう稼業かぎょうを始めたのだという。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
アレキサンドルにせました人が相州東浦賀新井町の石井山三郎という廻船問屋で、名主役を勤めました人で、此の人は旗下はたもと落胤らくいんということを浦賀で聞きましたが、其の頃は浦賀に御番所がございまして
在昔ざいせき、徳川政府勘定所かんじょうどころの例に、旗下はたもとの士が廩米りんまいを受取るとき、米何石何斗と書く米の字は、その竪棒たてぼうを上に通さずして俗様ぞくように※と記すべき法なるを、ある時
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
新三郎は其の数ヶ月ぜん医者坊主いしゃぼうず山本志丈やまもとしじょうといっしょに亀戸かめいどへ梅見に往って、其の帰りに志丈の知っている横川の飯島平左衛門いいじまへいざえもんと云う旗下はたもとの別荘へ寄ったが
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
へゝえ、これは太閤殿下が常に召された物を日光様が拝領になって、神君しんくん御帰依ごきえ摩利支尊天まりしそんてん御影みえいをお仕立になる時、此のきれもってお仕立になり、それを拝領した旗下はたもとが有って
おゝ不思議な御縁でお目に懸りました、私の兄の女房なら私の為にはやっぱりねえさん、あにさんの敵だって討てない事は有りません、ねえ庄さん、おねがいですから若しも敵が知れましたら、藤川さん貴方も以前はお旗下はたもとではありませんか
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
えゝ正直なお話でございますが、此方こっちア高が車挽くるまひきで、元は天下のお旗下はたもと御身分のあるお嬢様に何うの斯うのと云ったって叶わねえ事と知っては居りやすがね、貴方も武士のお嬢さまで身性みのじょうの正しい女なら又諦めもつけやすけれども
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ヘエ/\恥入りました事で、手前主名しゅめいあかし兼ねまするが、胡乱うろん思召おぼしめすなれば主名も申し上げまするが、手前事は元千百五十石を取った天下の旗下はたもとの用人役をした山倉富右衞門のせがれ富五郎と申す者主家しゅか改易になり
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いや、うでない、只しゅう家来で居ちゃアいかん、己は百石頂戴致す身の上だから、己が生家さとになって貴様を一人前の侍に取立ってやろう、仮令たとえ当家の内でなくとも、の藩中でもあるいは御家人旗下はたもとのような処へでも養子にって
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
このひとのいふのだからあてにはらないが、いま座敷ざしきうけの新講談しんかうだん評判ひやうばん鳥逕子てうけいしのおとうさんは、千石取せんごくどり旗下はたもとで、攝津守せつつのかみ有鎭いうちんとかいて有鎭ありしづとよむ。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ああ、忠義なものだ。感じ入った。——それにしても、これほどなさむらいを、陪臣ばいしんの端くれに埋もれさせておく惜しさよ。……どうじゃ強右衛門、に仕えぬか。この勝頼の旗下はたもととして、もっと大きく、一方の武将となって働かんか。……どうだ。いやか」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、それでは、町方にもお膝もとにも人なきようで、天下のもの笑いに相なろう。まずことは内々にはこんで、旗下はたもとの大身やご親藩に、ごく内密の回状をさしだし、じまんの勇士術者をおくりだして、天魔太郎と技をきそわせ、その場にとっておさえるが上策ではござるまいか」
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
松下嘉兵衛かへえなどは、義元直参じきさん旗下はたもととはちがい、地侍の被官ひかんだったが、それでも、日吉の知っている清洲きよすや、那古屋なごやや、岡崎あたりの邸とは、比較にならぬ程、どこか豊かだし、客足も多く、奉公人たちは皆、わが世の春を顔に見せていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とにもかくにもいわゆる旗下はたもと八万騎をげて洋式の陸軍隊を編成し、応募の新兵はフランス人の教官に託し、従来羽織袴はおりはかまに刀を帯びて席上にすわっていたものに筒袖つつそでだん袋を着せ舶来の銃を携えさせて江戸城の内外を巡邏じゅんらせしめるようになったというだけでも
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
木暮八郎の三階へ参って居ます客は、霊岸島川口町れいがんじまかわぐちちょう橋本はしもとこうろうと申して、おやしきへお出入を致して、昔からお大名の旗下はたもとの御用をしたもので、只今でも御用を達す処もござりますが、まア下質したじちを取って金貸と云うのだから金満家でございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今なら三千円ぐらいは素丁稚すでっちでも造作もなく儲けられるが、小川町や番町ばんちょうあたりの大名屋敷や旗下はたもと屋敷が御殿ぐるみ千坪十円ぐらいで払下はらいさげ出来た時代の三千円は決して容易でなかったので、この奇利を易々やすやすつかんだ椿岳の奇才は天晴あっぱれ伊藤八兵衛の弟たるに恥じなかった。
「なれどここに一つ、難儀なことがおぢやる。それがしは日頃山ずまひのみ致いて居れば、どの殿の旗下はたもとに立つて、合戦をつかまつらうやら、とんと分別を致さうやうもござない。就いては当今天下無双の強者つはものと申すは、いづくの国の大将でござらうぞ。誰にもあれそれがしは、その殿の馬前にせ参じて、忠節をつくさうずる。」と問うたれば
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)