みだ)” の例文
同十年に到り、彼を送還し、かつ先年来樺太からふと択捉えとろふみだせしは、露国政府の意にあらざるを告げ、かつ八人の俘虜を還さんことを請う。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
お墓参りの後の、澄み渡つたやうな美奈子の心持は、忽ち掻きみだされてしまつた。彼女ののんびりとしてゐた歩調は、急に早くなつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
欧羅巴ヨーロッパの通商をさまたげ、かつその平穏へいおんみだせし希臘ギリシア国の戦争をたいらげんがため、耶蘇教の諸大国、魯西亜ロシア国とともにこれを和解、鎮定ちんていせり。
千里眼の方は益々ますます流行を極め、「天下その真偽に惑いかん催眠術者の徒たちまちに跋扈ばっこを極め迷信を助長し暴利をむさぼり思想界をみだる」
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
庭の橄欖かんらん月桂げっけいは、ひっそりと夕闇に聳えていた。ただその沈黙がみだされるのは、寺のはとが軒へ帰るらしい、中空なかぞら羽音はおとよりほかはなかった。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
南家なんけ郎女いらつめは、一茎の草のそよぎでも聴き取れる暁凪あかつきなぎを、自身みだすことをすまいと言う風に、見じろきすらもせずに居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
彼は、いま、ぬすむやうに眼を上げた。おづ/\した、またかきみだされた容子ようすで、私をちらと見た。彼は再び繪に眼を移した。
呉羽之介は不思議にも、先程の恐ろしい出来事と今聴くさびしき看経かんきんの声とに頭がみだされ、今迄の来し方を思い出しました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
明の太祖の辺海つね和寇わこうみださるゝを怒りて洪武十四年、日本を征せんとするをもっ威嚇いかくするや、王答うるに書を以てす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こういう瞬間のとき子の姿全体に流れている寂しさに通じるような静けさは厳粛で、いい加減な自分の声でそれをみだすことが憚かられるのであった。
今朝の雪 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
不必要ではないが、かく世の中が忙しくなって人間の心が刺激にみだされる時代に、さとろうとする修業なんかしている暇がないのだというのであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
水陸到る処物の声に正念をみだされたちゅう譚から出たらしいは、この辺で熊野の神が、田辺町より三里足らずの富田の海辺に鎮坐し掛かると、波の音が喧しい
「ですけれど、わたしはドウやら悩みに悩むで到底たうてい、救の門の開かれる望がない様に感じますの」梅子はだ風なくて散るくれなゐの一葉に、層々みだれ行く波紋をながめて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
會話は甚だ輕く、交ふるに笑謔せうぎやくを以てす。セヰルラの剃手とこやの曲の爲めに登場する俳優は、たちまちち去り乍ち來り、演戲のその心をみださゞること尋常よのつねの社交舞に異ならず。
その波濤のおもの金と紅とが乳黄となり、やや寒い瓏銀ろうぎんとなり、ブリュブラックとなり、重く暗くなり、そうして今は舷下の飛沫と潮漚しおなわとがただ白く青く駛って、みだれて
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
雞をり豚をふるい、かまびすしい脣吻しんぷんの音をもって、儒家じゅか絃歌講誦げんかこうしょうの声をみだそうというのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
あまりといえばあまりな出来事に心がみだれて、そういう頭の君に対する思いがけない程のはげしい憤りやら、自分のした事に対する悔いやらを感ぜずにはいられなかったが
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
冬の夜嵐よあらし吹きすさぶころとなっても、がさがさと騒々しい音で幽遠の趣をかきみだしている。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
冷な海風も今は彼女を煩はさなければ、懶い海のつぶやきも今は彼女の注意をみださない。
サタンよ退しりぞけ、汝の巧言を以て我をみだすなかれ、我は目前の救助は為し得ずとも、我は国人の知る所とならず幽陰以て世を終るとも、我の事業は事物の上に現われずといえども
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
みだれて 騒ぐ この 大きい 夕雲は
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
午後のものうさをみだしているだけだった。
お墓参りの後の、澄み渡ったような美奈子の心持は、たちまみだされてしまった。彼女ののんびりとしていた歩調は、急に早くなった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
如何いか南北朝なんぼくちょうの戦乱が、我邦わがくにの武備機関を膨脹せしめ、しこうしてその余勇は、漏らすによしなく、いて支那シナ辺海をみだしたるよ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
彼自身のみだれた考へから離れて、平凡な、實際的な答へが屹度一番いゝ、そしてこんな氣持になつてゐる彼に最も安心を與へるものだと思つた。
が、今、読んだ所からうけとつた暗示の中には、先生の、湯上りののんびりした心もちを、みださうとする何物かがある。武士道と、さうしてそのマニイルと——
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
鮨というものの生む甲斐々々かいがいしいまめやかな雰囲気、そこへ人がいくらふけり込んでも、みだれるようなことはない。万事が手軽くこだわりなく行き過ぎて仕舞う。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だから、自分は来年はますますきちんとして、ちゃんと自分の日程は守って暮し、気持をみだされたりして自分たちの生活の不秩序を来したりは決して致しますまい。
象月に謝罪せんとて鼻を水に入るるに水掻き月影倍多ふえたり、兎象に向い汝湖水をみだせし故月いよいよいかると言い象ますますおそゆるしを乞い群象をひきいてその地を去る
女狐よりもずるい奴——どうせ、狡猾こうかつな手段で、とらわれの家を抜け出して来たに相違ないが、今も今、口先の嚇しにかけて、心をみださせ、何か良からぬ計略をめぐらそうとしているに相違ない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
燕王よろこんでいわく、敵必ず兵を分ちて之をまもらん、其の兵分れて勢弱きに乗じなば、如何いかく支えんや、と朱栄しゅえい劉江りゅうこうりて、軽騎を率いて、餉道しょうどうらしめ、又游騎ゆうきをして樵採しょうさいを妨げみださしむ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しゆ蝋涙ろふるい毒杯どくはいむらさきみだし照りしづく。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
が、その夜のはげしい経験は、——彼女が生れて以来初めて出会ったような複雑な、烈しい出来事は、彼女の神経を、極度にみだしていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あたかも彼がシベリヤの極東オコツク海岸に達したるの時にして、爾来じらい満州をおかし、黒竜江こくりゅうこうの両岸をみだし、機に臨み変に応じ、経略けいりゃく止むなく
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
けれども、同時に恐しさの動悸どうきがそれをかきみだす。一時間たつてもまだ獨りきりだつた時、恐怖は勝を占めてしまつた。私は呼鈴ベルを鳴らさうと思つた。
しかしこれさへ、座敷の中のうすら寒い沈黙に抑へられて、枕頭の香のかすかな匂を、みだす程の声も立てない。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
三昧さんまいみだしてはならない。人々は敬虔けいけんに本能にいのり入っている。人々の態度はいう。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つい先達せんだってまで、寛永寺畔一帯にみだれ咲いていた桜は、もはや名残もなく散り果てて、岡のべの新緑は斜めに差すあざやかな光に、物なやましく映え渡り、の間がくれに輝やいている大僧坊の金碧こんぺき
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
深く燃え立つ悲哀かなしみは彼らをみだす。
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
信一郎の頭は、この短い文句でスツカリ掻きみだされてしまつた。彼は十七八の少年か何かのやうに、我にも非ず、頬が熱くほてるのを感じた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そこで珈琲コオヒイが尽きたのを機会しおにして、短くなった葉巻を捨てながら、そっとテエブルから立上ると、それが静にした心算つもりでも、やはり先生の注意をみだしたのであろう。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ここまで煩わされた以上、もう仕事のために河沿いの家を選んだことは無駄にしても、かく、このみだされた気持ちを澄ますまで、私はあの河沿いの家に取付いていなければならない。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
悔恨くわいこんの闇みだくづれくづるる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
瑠璃子夫人の美しい脅威に戦いて、家庭の平和の裡に隠れようとすると、相手は、先廻りして、その家庭の平和をまで、掻きみださうとしてゐる。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
お鈴は母の気もちの外にも一家の空気のみだされるのをおそれ、何度も母に考え直させようとした。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
狼狽らうばい銅羅声どらごゑみだ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
瑠璃子夫人の美しい脅威におののいて、家庭の平和の裡に隠れようとすると、相手は、先廻りして、その家庭の平和をまで、みだそうとしている。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
廊下ろうかを通る人の足音とか、家中かちゅうの者の話声とかが聞えただけで、すぐ注意がみだされてしまう。それがだんだんこうじて来ると、今度はごく些細ささいな刺戟からも、絶えず神経をさいなまれるような姿になった。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
急激な報知しらせの為に、みだされた感情が静まりかけて、其処に恩人の死と云う事実が、何物にも紛ぎらされずに、彼の心に喰い込んで来たからである。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
また縦令たとえ、如何なる信仰を持って居たにしろ、咄嗟に生命を奪われた、死際の刹那を苦悶と忿怒との思いで魂をみだしたものが極楽なり天国なりへ行かれようとは、思われません。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)