心太ところてん)” の例文
町の木立にせみの聲が繁くなつて、心太ところてんと甘酒の屋臺が、明神下の木蔭に陣を布く頃、八五郎はフラリとやつて來たのです。
やめもせず、さうかといつて無論熱心なわけでもなく、愚圖々々してゐるうちに、心太ところてんみたいに尻の方から押されて出るんだ。それでいいんだ。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
水の中から心太ところてんを持ち上げる様な気持で、なるべく死体を傷つけぬ様に注意しながら、やっと墓穴の外へ持ち出しました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この細長い日本という島は、常にチューブのごとくまた心太ところてんの箱のごとく、ある力があって常に南方の文物を、北に向かって押し出していたのである。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
天草てんぐさで作った心太ところてんや、かんぞうを入れた甘露水などを売っていたが、それでは金がさにならないので、多くは、怪しげな女が地酒を冷やしてひさいでいた。
お京がもしその場に処したら、対手あいての工女の顔に象棋盤しょうぎばんの目を切るかわりに、酢ながら心太ところてんちまけたろう。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
魚類ではさば青刀魚さんまいわしの如き青ざかな、菓子のたぐいでは殊に心太ところてんを嫌って子供には食べさせなかった。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夏は心太ところてん、冬は甘酒あまざけの呼び売りをしていたのだから、その身の上は、長屋の連中がみんな知っている——。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まるで心太ところてんを流すよりも安々と女記者になりすました私は、汚れた緑のペンキも最早何でもないと思った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
心太ところてんをけに冷めたさうに冷して売つてゐる店、赤い旗の立つてゐる店、そこにゐるおやぢの半ば裸体はだかになつた姿、をりをりけたゝましい音を立てて通つて行く自動車
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
拍子木をどぶの中へ放り出して番屋へ這込はいこむなどと云う弱い事で、冬になると焼芋や夏は心太ところてんを売りますが、其の草履草鞋をく売ったもので、番太郎は皆金持で
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
真夏真昼の炎天を、どこやらに用達しての帰るさ、路ばたの柳蔭などに荷おろして客を待つ心太ところてんやの姿を見る時、江戸ッ児にはそを見遁がして通ること却々なかなかに困難だ。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
刺身をわせる。それから、生の牡蠣かき心太ところてんにはチブス菌が多いことを知って、それを喰わせる。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
金田家の廊下を人の知らぬに横行するくらいは、仁王様が心太ところてんを踏みつぶすよりも容易である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心太ところてんを食べて黄粉きなこめると心太が溶けてしまうし、牛肉を食べた後にパインナプルを喫すると消化が速い。試みに牛肉へパインナプルの汁をかけておくと肉が溶けて筋ばかり残るそうだね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
川越かわごえ喜多院きたいんに桜を観る。ひとえはもう盛りを過ぎた。紫衣しいの僧は落花の雪を袖に払いつつ行く。境内けいだいの掛茶屋にはいって休む。なにか食うものはないかと婆さんにきくと、心太ところてんばかりだと云う。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
師匠国芳がこの玄冶店の路次々々へ声涼しげにくる心太ところてん売を呼び止めては曲突きをさせたそのあと、二杯酢と辛子で合えたやつを肴に、冷やした焼酎を引っかけるのが日々の習いとなってきたころ
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
心太ところてんさかしまに銀河三千尺
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「道で心太ところてんでも食おう」
村の成功者 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お茶屋もかかっておりまするで、素麺そうめん、白玉、心太ところてんなど冷物ひやしものもござりますが、一坂越えると、滝がござります。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
江戸はもう眞夏、祭太鼓の遠音が聞えて、心太ところてんにも浴衣にも馴染んだ、六月の初めのある朝のことでした。
まんじゅう売り、心太ところてん売り、数珠じゅず屋、酒売り、瞽女ごぜむしろ、放下師、足駄売り、鏡ぎ、庖丁師、何の前にでも、一応はちょっとたたずんで、またせかせかと歩きだした。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏は金魚を売ったり心太ところてんを売ったりして、無茶苦茶に稼いで、堅いもんだから夜廻りの拍子木ひょうしぎの人は鐘をボオンとくと、拍子木をチョンと撃つというので、ボンチョン番太と綽名あだなをされ
用水のそばに一軒涼しそうなやす茶屋ぢゃやがあった。にれの大きな木がまるでかぶさるように繁って、店には土地でできる甜瓜まくわが手桶の水の中につけられてある。平たい半切はんぎり心太ところてんも入れられてあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼は昔あった青田と、その青田の間を走る真直まっすぐこみちとを思い出した。田の尽る所には三、四軒の藁葺屋根わらぶきやねが見えた。菅笠すげがさを脱いで床几しょうぎに腰を掛けながら、心太ところてんを食っている男の姿などが眼に浮んだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心太ところてんさかしまに銀河三千尺
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「いえ、師匠、御馳走はその勝負にゃあ寄らないんだ。但し御機嫌の悪いのはこの節しょっちゅうさ、心太ところてんの拍子木じゃあないが、からぶりぶりしてらあな。」
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこの一軒に、人目をひく茶汲女ちゃくみおんながあった。飲みたくもない茶をのみにはいったり、喰べたくもない心太ところてんすすったりしにゆく連中のなかに、先刻さっきの浜田某という侍の顔もよく見えていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心太ところてんさかしまに銀河三千尺
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
二時やつさがりに松葉まつばこぼれて、ゆめめて蜻蛉とんぼはねかゞやとき心太ところてんおきなこゑは、いち名劍めいけんひさぐにて、打水うちみづ胡蝶てふ/\おどろく。行水ぎやうずゐはな夕顏ゆふがほ納涼臺すゞみだい縁臺えんだい月見草つきみさう
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
心太ところてんでもすするがいい、ああ、ここは涼しそうだ。老爺おやじ床几しょうぎを借りるぜ」
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心太ところてんさかしまに銀河三千尺
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
心太ところてんの皿などを乱雑に並べたのを背後うしろに背負い、柱に安煙草やすたばこのびらを張り、天井に捨団扇すてうちわをさして、ここまでさし入る日あたりに、眼鏡を掛けて継物をしている。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八郎の古家ふるいえで、薄暗い二階から、銀杏返いちょうがえしで、肩で、脊筋で、半身で、白昼の町の人通りをのぞきながら、心太ところてんや寒天を呼んだのはまだしも、その素裸で、屋根の物干へ立って
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また厨裡くり心太ところてんを突くような跳梁権ちょうりょうけんを獲得していた、檀越だんおつ夫人の嫡女ちゃくじょがここに居るのである。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つめたい酢の香がぷんと立つと、瓜、すももの躍る底から、心太ところてんが三ツ四ツ、むくむくと泳ぎ出す。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やさしさよ、松蔭まつかげ清水しみづやなぎおとしづくこゑありて、旅人たびびとつゆわかてば、細瀧ほそだき心太ところてんたちまかれて、饂飩うどん蒟蒻こんにやくあざけるとき冷奴豆腐ひややつこたではじめてすゞしく、爪紅つまくれなゐなるかにむれ
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
裏縁に引いた山清水に……西瓜すいかおごりだ、和尚さん、小僧には内証ないしょらしく冷して置いた、紫陽花あじさいの影の映る、青い心太ところてんをつるつる突出して、芥子からしを利かして、冷い涙を流しながら
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真白まっしろ油紙あぶらっかみの上へ、見た目も寒い、千六本を心太ところてんのように引散ひっちらして、ずぶぬれの露が、途切れ途切れにぽたぽたと足を打って、溝縁みぞぶちに凍りついた大根剥だいこんむきせがれが、今度はたまらなそうに
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
方二坪ばかり杉葉の暗い中にむくむくと湧上わきあがる、清水に浸したのをつきにかけてずッと押すと、心太ところてんの糸は白魚のごときその手にからんだ。皿にって、はいと来る。島野は口も着けず下に置いて
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五日目の大入おおいりねたあとを、すずみながら船を八葉潟やつばがたへ浮べようとして出て来たのだが、しこみもののすし煮染にしめびんづめの酒で月を見るより、心太ところてんか安いアイスクリイムで、蚊帳かやで寝た方がいゝ
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「はい、西瓜すいかでも切りましょうか。心太ところてん真桑まくわ、何を召あがります。」
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「不見手よりか心太ところてんだい。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)