彼処かしこ)” の例文
旧字:彼處
「昨日ノ朝、妙ナ船ニ会イマシタ、三本帆檣マストノ二千トンバカリノ奴デス。船内ニハ誰モ居ナイ様子デ……何処どこ彼処かしこモ血ダラケデシタ」
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「あないに何処も彼処かしこも白おしたら晴れがましおしてなあ。………あんさんとこの奥様おくさんみたい綺麗きれおしたらよろしおすけど。………」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
普請ふしんは上出来で、何処どこ彼処かしこも感心した中に特に壁の塗りの出来栄えが目に止まった。そこで男は知人に其の塗り方を訊いてみた。
愚かな男の話 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
とは思ったが、歴々ありあり彼処かしこに、何の異状なくたたずんだのが見えるから、憂慮きづかうにも及ぶまい。念のために声を懸けて呼ぼうにも、この真昼間まっぴるま
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「なぜ姫路を捨てて来た。今や激戦の最中であろう。彼処かしこを破られてはここも危急にせまる。そち達の死場所はここでない筈だが」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼処かしこにて恋人のふみる人もあるべしなど、あやにくなることの思はれさふらて、ふと涙こぼさふらふなど、いかにもいかにも不覚なるわたくしさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
われは、それより力無く起き上り、本堂下のあなぐらに入りて、男女の屍体を数段に斬り刻み、裏山の雑木林の彼処かしこ此処こゝに埋め終りつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼処かしこに一つといふ風にバラツクが建てられてあつて、中には貧しいとは言ひながら、草色に塗つたペンキの家などもいくつか見かけました。
一少女 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
くだんの『必携』十頁に、ある卑人その家名に誇ってわが父の像彼処かしこに立てられたというので念入れて尋ぬると、タイン侯乗車の像が立てられ
一体、の𤢖なるものが何匹居るのか知らぬが、し大勢が其処そこ彼処かしこの穴から現われて出て、自分一人を一度に襲って来たら到底とてもかなわぬ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
人の師となるにおいて、大なる短所を有するに係らず、その伝道心に到りては、この山を彼処かしこに移す程の勢力ありしなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
はやく『釈日本紀』の私註以前から、我々の根国思想は一辺に偏し、彼処かしこを黄泉国よみの国と同じとする解釈は、最近の復古時代までも続いていた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
逃げてまかるなりとの給ふに、あはれ浅間敷あさましかりけることかな、それは纐纈城なり、彼処かしこに行きぬる人の帰ることなし。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
片目にて神の国に入るは、両目ありてゲヘナに投げ入れらるるよりも勝るなり。「彼処かしこにてはそのうじつきず、火も消えぬなり」。(九の四三—四八)
陪乗したるは清洒せいしやなる当世風の年少紳士、木立の間に逍遙せうえうする一個の人影を認むるやゆびさしつつ声をヒソめ「閣下、彼処かしこを革命が歩るいて居りまする」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
私たちの尊敬する学校の先生たちが勿論私たちにいろんなことをおさとしになる程何処も彼処かしこもとゝのつた人だとは信じはしませんけれどもまさかに
どんなはなしをするのであろうか、彼処かしこっても処方書しょほうがきしめさぬではいかと、彼方あっちでも、此方こっちでも、かれ近頃ちかごろなる挙動きょどう評判ひょうばん持切もちきっている始末しまつ
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
晴れた日曜の午後の青山墓地は、其処の墓石の辺にも、彼処かしこの生籬の裡にも、お墓詣りの人影が、チラホラ見えた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「怎麼に黄金丸、彼処かしこを見ずや。松の幹に攀らんとして、しきりにあせる一匹の猿あり。もし彼の黒衣にてはあらぬか」ト、し示せば黄金丸は眺めやりて
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
救いを求める声が此処ここ彼処かしこに聞こえるので、さては津浪かと村に入って見ると、部落はほとんど全滅、巡査の妻と二人の愛児は共に無残の最期を遂げていた。
地震なまず (新字新仮名) / 武者金吉(著)
ふと山王台の森にからすの群れ集まるのを見て、しばら彼処かしこのベンチにって静かに工夫しようと日吉橋ひよしばしを渡った。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一日の雑沓ざっとうと暑熱に疲れきったような池のはたでは、建聯たてつらなった売店がどこも彼処かしこも店を仕舞いかけているところであったが、それでもまだ人足ひとあしは絶えなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
路傍みちばたには同じように屋台店が並んでいるが、ここでは酔漢の三々五々隊をなして歩むこともなく、彼処かしこでは珍しからぬ血まみれ喧嘩げんかもここでは殆ど見られない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
旧約全書ヨブ記第三章第十七節に「彼処かしこにては悪しき者虐遇を息め、倦み憊れたる者安息やすみを得。」とある。
宮のむくろよこたはりし処も、又はおのれ追来おひきし筋も、彼処かしこよ、此処ここよと、ひそかに一々ゆびさしては、限無かぎりなおどろけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼処かしこに房のついた長剣がある。あれは国家主義者の正義であらう。わたしはさう云ふ武器を見ながら、幾多の戦ひを想像し、をのづから心悸しんきの高まることがある。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「人が殺すところの者を神はよみがえらしめたもう。同胞に追われたる者は父なる神を見い出す。祈れよ、信ぜよ、生命いのちのうちにはいれよ。父なる神は彼処かしこにいます。」
ベルタンさんは老いぼれた料理人兼小使を一人使って、がらんとした、やや大きい家に住んでいるのだから、どこも彼処かしこほこりだらけで、白昼にねずみが駈け廻っている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
また彼が言出すかと思うと、何処どこ彼処かしこも後家さんばかりに成っちゃった——なんて。私は怒ってやった
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
避難すべき人は宵のうちから避難し尽したはずであるのに、なお逃げおくれた者があると見えて、彼処かしこの屋根の上や此処ここの木の枝で、悲鳴の声が連続して起ります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其の間に此処に一つ、彼処かしこに二つ、てのひらに載る程の白帆が走るともなく霞の奥にかくれ行く其の景色は、如何様どんなにゆかしくお光の心に覚えたであろう。それ夏が来る。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
古井の諸氏は松卯まつうしょう原平はらへいに宿泊し、その他の諸氏も各〻おのおの旅宿を定め、数日間は此処ここの招待、彼処かしこの宴会と日夜を分たざりしが、郷里の歓迎上都合もある事とて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
彼処かしこに入る身の生涯せうがいやめられぬ得分ありと知られて、来るも来るも此処らの町に細かしきもらひを心に止めず、裾に海草みるめのいかがはしき乞食さへかどには立たず行過ゆきすぎるぞかし
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「爰も」という以上、何箇所だかわからぬけれども、とにかく複数であることは疑を容れぬ。彼処かしこでも柚味噌の匂を嗅ぎ、ここでも柚味噌の匂を嗅ぐという意味かと思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
あの辺は何処も彼処かしこもすつかり雨だよ。何故つて、あの辺は雲に包まれてゐるからさ。
観海寺かんかいじ彼処かしこ、商船会社の支店は其処そこ、とボーイが指さしているうちに桟橋に着く。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
しかも駒に跨がりて、彼処かしこに佇む日の限り、汝にもまた天国の安息やすらひなきを心せよ!
違棚ちがいだなの上の手箱を開けて、探すと金がない。斬るのはうまく行ったが、斬ったらあの手箱からと考えていたのが外れたから、彼処かしこ此処ここかと探すが、こうなると気がせく。薄気味も悪い。
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
人のいうなる死はここに、人のいうなる生は彼処かしこに、しかも壮と厳と、美と麗と、人が自らせばめた社会の思いおよばぬものは、わが立つ所ならずして、いずれにあるのだろう、七時すぎ
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
サブライムとは形の判断にあらずして、想の領分なり、即ち前に云ひたる池をめぐりてよもすがらせる如き人の、一躍して自然の懐裡に入りたる後に、彼処かしこにて見出すべき朋友を言ふなり。
人生に相渉るとは何の謂ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
彼処かしこに到り此処ここい、ぎょうにありかんと欲する時、我貧なるが故に彼より要求さるる条件多くして我の受くべき報酬はすくなく、我は売人うりてにして彼は買人かいてなれば直段ねだんを定むるは全く彼にあり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
それが今はもう石油が出なくなったので、人々は此方こちらの小屋を見捨てて、彼処かしこに移ってしまったのだろう。この桶も、もうたがが腐って、石油をれる役には立たないのですててあるものと見える。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私はその紙をことごとく焼き捨ててりましたが、こうなると、いつ何時妹の秘密が世間へ知れてしまうかもしれませんから、私たちは彼処かしこに五日此処ここに四日と転宅ばかりして歩いたので御座います。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
吾々の集めた品物に注意する人々は、此処ここ彼処かしこにふえた。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼処かしこに笑めるは一人の不可解なる精霊の所有者である
人面凝視 (新字新仮名) / 今野大力(著)
「何処も彼処かしこも申分ございません」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
われ、芸術を彼処かしこに伴ひかん
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
此処ここと 彼処かしこと 所は 異れ
何処どこ彼処かしこも臭くする!
その市の姫十二人、御殿の正面にゆうしてづれば、神官、威儀正しく彼処かしこにあり。土器かわらけ神酒みき、結び昆布。やがて檜扇ひおうぎを授けらる。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)