山谷さんこく)” の例文
浴室よくしつまどからもこれえて、うつすりと湯氣ゆげすかすと、ほかの土地とちにはあまりあるまい、海市かいしたいする、山谷さんこく蜃氣樓しんきろうつた風情ふぜいがある。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたしが、こちらへかえります時分じぶんには、おうは、みなみしまふねされて、そのしま山谷さんこくいているらんのはなをとりにまいられました。
珍しい酒もり (新字新仮名) / 小川未明(著)
仙人せんにん張三丰ちょうさんぼうもとめんとすというをそのとすといえども、山谷さんこくに仙をもとめしむるが如き、永楽帝の聰明そうめい勇決にしてあに真にそのことあらんや。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
昔は老年になりてものの役に立たぬ人を無残にも山谷さんこくに捨てし地方もありきとぞ。信州の姨捨山おばすてやまはその遺跡となん聞えし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
此日放牧場の西端に立って遙に斗満とまむ上流の山谷さんこくを望んだ時、余は翁が心絃しんげんふるえをせつないほど吾むねに感じた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なるほど静かなものだなあ、まるで四方千里、人烟じんえんを絶した山谷さんこくの中に置き放されたような心持がする。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
不撓不屈ふとうふくつな菊池だましいの本領である。——そこ北筑後から西肥後の山谷さんこくへ隠れてしまっては、もう寄手は、幾万の兵力をもってしても、彼らに手はとどかなかった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余イヘラク、コノ語非ナリト。何ゾヤ。則チ少陵しょうりょう虁州きしゅう以後、山谷さんこくハ随州以後更ニソノ妙ニいたル。而シテ放翁ほうおう七十余ノ作イヨ/\絶妙ト称セラル。あに頽唐ニ属センヤ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此等は公の古人の詩をかかせ給へるを見て、後人しらずして編集せしなり。賈至かしの詩を山谷さんこく集に入れし類ならんか。〕毎幅二行字三四寸大にして遵勁瀟灑いうけいせうしやたる行書なり。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
一人おいて向こうに寐ているはずの悟空ごくういびき山谷さんこくこだまするばかりで、そのたびに頭上の木の葉の露がパラパラと落ちてくる。夏とはいえ山の夜気はさすがにうすら寒い。
そのゆる声百雷の、一時に落ちきたるが如く、山谷さんこくために震動して、物凄きこといはん方なし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
その上部落の女たちの中には、尊を非凡な呪物師まじものしのように思っているものもないではなかった。これは尊が暇さえあると、山谷さんこくの間をさまよい歩いて、薬草などを探して来るからであった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山谷さんこくの風をしてほしいままに汝を吹かしめよ』、自分はわが情とわが身とを投げ出して自然のふところに任した。あえて佐伯をもって湖畔詩人の湖国と同一とはいわない、しかし湖国ここくの風土を叙して
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
本棚の片隅には、帙入ちついりの唐本の『山谷さんこく詩集』などもありました。真中は洋書で、医学の本が重らしく、一方には馬琴ばきん読本よみほんの『八犬伝』『巡島記』『弓張月ゆみはりづき』『美少年録』など、予約出版のものです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
吾人ごじんは乃ち伯叔と共に余生を山谷さんこく蕨草けつさうに托し候はむかな。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さて徳太郎君は和歌山わかやま城下じやうかは申すにおよば近在きんざいなる山谷さんこく原野げんやへだてなく駈廻かけめぐりて殺生せつしやう高野かうや根來等ねごろとう靈山れいざんのちには伊勢いせ神領しんりやうまであらさるゝゆゑ百姓共迷惑めいわくに思ひしが詮方せんかたなく其儘そのまゝ捨置すておきけりこゝに勢州阿漕あこぎうらといふは往古わうこより殺生禁斷せつしやうきんだんの場なるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
雪枝ゆきえはハツとせて、いは吸込すひこまれるかと呼吸いきめたが、むね動悸だうきが、持上もちあ揺上ゆりあげ、山谷さんこくこと/″\ふるふをおぼえた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山谷さんこくに答え心魂しんこんに徹して、なんとも形容のできないすさまじき気合ともろとも、夜の如く静かであった島田虎之助は、颶風ぐふうの如く飛ぶよと見れば、ただ一太刀で
若者は空想からやぶれた。この時悲哀な声で研手とぎての悪者が歌い出した——その声は寂然ひっそりとした山谷さんこくに響く。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
炭焼君すみやきくんの家で昼の握飯にぎりめしを食って、放牧場ほうぼくじょうはしから二たび斗満上流じょうりゅう山谷さんこくを回顧し、ニケウルルバクシナイに来ると、妻は鶴子をいて駄馬だばに乗った。貢君みつぎくん口綱くちづなをとって行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
むかし深山みやまの奥に、一匹の虎住みけり。幾星霜いくとしつきをや経たりけん、からだ尋常よのつねこうしよりもおおきく、まなこは百錬の鏡を欺き、ひげ一束ひとつかの針に似て、一度ひとたびゆれば声山谷さんこくとどろかして、こずえの鳥も落ちなんばかり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
上山を発してからは人烟じんえんまれなる山谷さんこくの間を過ぎた。縄梯子なわばしごすがって断崖だんがい上下しょうかしたこともある。よるの宿は旅人りょじんもちを売って茶を供する休息所のたぐいが多かった。宿で物を盗まれることも数度に及んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
おなじ美丈夫ながら、兄宮は六尺ゆたかな体躯で、叱咤しった山谷さんこく木魂こだまするがいを持っていたが、この弟宮のほうは、蒲柳ほりゅうであった。——歌よみの家の、冷泉家から出たおん母に似たものか、いと優しい。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一様に空々寂々たる山谷さんこくの夜となりましたから、二人はまさしく物につままれたような気分で、なお暫く形勢をみていましたが、用心のため、更にもう一発を切って放ち、そうして
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
きいても気の滅入めいる事は、むかし大饑饉おおききんの年、近郷から、湯の煙を慕って、山谷さんこく這出はいでて来た老若男女ろうにゃくなんにょの、救われずに、菜色して餓死した骨を拾い集めて葬ったので、その塚に沿った松なればこそ
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汝ら、生をうけて、何ぞこの狭隘きょうあい山谷さんこくに、雲と児戯するや。雲すでに起つ、雲にせよ。行くこと西方三千里、廬山ろざんに臥し峨眉峰がびほうを指さし、足を長江にすすぎ、気を大世界に吸う。生命真に伸ぶべし。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
激戦がつづき、毎日、大軍の魔のこだまが山谷さんこくにくり返された。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのいびきたるやまた山谷さんこくを揺するがごときものであった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山谷さんこくわら
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)