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實家
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じつか
受出し名も千代と
改めて我妻となしけるが
實親は越後に在るとのこと故彼れが
實家を
尋ねんと此地へ來り
今朝馬丁の惡漢が我が妻ちよを
「あゝ、
明日でも
話しに
來ないか、
私はね、
針屋に
居るよ、
知つてるだらう、
祖母さんの
實家で、
再從兄妹の
内さ。」
死人のやうな
顏をして
僕の
歸つて
來たのを
見て、
宿の
者は
如何なに
驚いたらう。
其驚よりも
僕の
驚いたのは
此日お
絹が
來たが、
午後又實家へ
歸つたとの
事である。
人の
顏も
今のとは
違ふね、あゝ
此母さんが
生きて
居ると
宜いが、
己れが三つの
歳死んで、お
父さんは
在るけれど
田舍の
實家へ
歸つて
仕舞たから
今は
祖母さんばかりさ
憎からず思ひ
其の
移り
香の
忘れ難しと雖も養父の手前一日二日は耐へしが
何分物事手に付ず
實家へ參ると
僞りて我が家を
七つのとしより
實家の
貧を
救はれて、
生れしまゝなれば
素跣足の
尻きり
半纒に
田圃へ
辨當の
持はこびなど、
松のひでを
燈火にかへて
草鞋うちながら
馬士歌でもうたふべかりし
身を
見かけ
救ひ
呉候樣申候此時始めて
顏を見候へば五ヶ年以前私し
實家柏原宿の森田屋方へ泊りし
旅人にてと夫より其
節のことども
委しく申立後父銀五郎
病死致せしより其所を
容貌のわるい
妻を
持つぐらゐ
我慢もなる
筈、
水呑みの
小作が
子として一
足飛のお
大盡なればと、やがては
實家をさへ
洗はれて、
人の
口さがなし
伯父伯母一つになつて
嘲るやうな
口調を
ありし
梅見の
留守のほど、
實家の
迎ひとて
金紋の
車の
來し
頃よりの
事、お
美尾は
兎角に
物おもひ
靜まりて、
深くは
良人を
諫めもせず、うつ/\と
日を
送つて
實家への
足いとゞしう
近く
氣の
優しい
方なれば
此樣な
六づかしい
世に
何のやうの
世渡りをしてお
出ならうか、
夫れも
心にかゝりまして、
實家へ
行く
度に
御樣子を、もし
知つても
居るかと
聞いては
見まするけれど
實家は
上野の
新坂下、
駿河臺への
路なれば
茂れる
森の
木のした
暗侘しけれど、
今宵は
月もさやかなり、
廣小路へ
出れば
晝も
同樣、
雇ひつけの
車宿とて
無き
家なれば
路ゆく
車を
窓から
呼んで
あゝ
何故丈夫で
生れて
呉れたらう、お
前さへ
亡つて
呉れたなら
私は
肥立次第實家へ
歸つて
仕舞ふのに、こんな
旦那樣のお
傍何かに
一時も
居やしないのに、
何故まあ
丈夫で
生れて
呉れたらう、
厭だ
實家でも
少し
何とか
成つて
居たならばお
前の
肩身も
廣からうし、
同じくでも
少しは
息のつけやう
物を、
何を
云ふにも
此通り、お
月見の
團子をあげやうにも
重箱からしてお
恥かしいでは
無からうか
又斯ういふ
旦那さまを
態と
見たてゝ
私の
一生を
苦しませて
下さるかと
思ふと
實家の
親、まあ
親です、それは
恩のある
伯父樣ですけれども
其人の
事も
恨めしいと
思ひまするし、
第一犯した
罪も
無い
私