まか)” の例文
隣室の沈黙につれ、紀久子はその身体からだばあやの手にまかすようにした。婆やは紀久子の肩に手をかけて、ベッドの上へ静かに寝かした。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
こんな深刻味のあるものを一女性の繊手せんしゅまかせて夫子ふうし自らは別の境地に収まっている。鴎外はなぜそんな態度を取っているのだろう。
そして尾竹氏も去らうとして居られる時で編輯は平塚氏を助けて小林氏と私と三人でした。経営は東雲堂にまかしてあつた頃でした。
もちろん何とかいった髯博士ひげはかせも知らないんだ。これはつまり特ダネ記事になるよ。特ダネは売れるんだ。よオし、おれにまかせろよ。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
善さん、私しにまかせておおきなさい、悪いようにゃしませんよ。よござんすからね、そのお金はお前さんの小遣いにしておおきなさい。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
検温器を患者のわき揷入そうにゅうしたりして、失望したり、れったがったりしたが、外へ出ない時も、お銀にばかりまかせておけなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
けれど彼は、足にまかせて行ける処まで行こうと思った。いつしか細い道は、何処どこにか消えて、自分は道のない沙原を歩いている。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
……さりながら、女の世界での出来事は、男の世界からはうかがいしること出来ぬわい! そちたちまかせ! ……おさらばじゃ!
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「お父様! お願いでございます。瑠璃子を、無い者とあきらめて、今後何を致しましょうと、わたくしの勝手にまかせて下さいませんか。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
おのれの固定観念に固執して、彼女は、厚くて軽い雪の蒲団に覆われて、手も動かさず、足も動かさず、命をただ自然にまかせたのであろう。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
自分らの食糧や衣類はおぼつかない海運にまかせた彼らが、この家の調度だけは、確実に、交互に、自分らの肩に担ってやって来たのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
こたへられたがあいちやんには愈々いよ/\合點がてんがゆかず、福鼠ふくねずみ饒舌しやべるがまゝにまかせて、少時しばらくあひだあへくちれやうともしませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
私の死ぬときが來たら、いかにも聖徒せいとらしく落着き拂つて私を神さまへおまかせして了ふだらう。問題は私にとつて實に明瞭だ。
診断がすむと安先生、まかせておいてくれといわぬばかりなていである。その自信ぶりを見て一同ホッと安堵あんどの胸をなでおろした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「御免なされませ。まことは私、盗みました。それも母親の大病、医師いしゃに見せるも、薬を買うも、心にまかせぬ貧乏ぐらしに」
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
妾は未来の運を、ロダンさんの頑健な腕と異常な人格におまかせしました。タキシード姿の役人が、奥のホールの奏楽場に妾達を案内しました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
私だっていつまでも生きているものじゃなし、伸太郎はあの気性で、あの子一人に何もかもまかせるのはどう考えても無理だと思いますからね。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
学校で習うだけで、後は全く自然にまかせた。それでも一学期の成績が案外好かった。無論、全甲は取れなかったが、二人とも十何番かだった。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
わたしはこの罪深い歓楽に酔って彼女のなすがままにまかせていましたが、その間も彼女は何かと優しい子供らしい無駄話などをしていたのです。
彼のなすままにまかせた、女蕩をんなたらしの旦那に誘惑されるのもお前たちの罪だぞと一生懸命に罵りつづけて、堕落してやるぞ、堕落してやるぞと思つた。
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
「本当によして頂戴」常子はそれを見て鶴子の手をさへぎつた。「女中におまかせなさいよ。みんな手がすいてるぢやないの」
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
そうしてその事件の内容の、要点だけを解らなくした。正しい調査記録を当の本人の正木博士に引き渡して、焼くも棄てるも、その自由にまかした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今までせたうちで、博士といふ奴が三人もゐたけれど、一人として、命をまかせてもいゝと思ふやうなのはゐなかつた。第一、見立てがあやふやだ。
医術の進歩 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
先には先祖の徳が厚くて、及第者の名簿に乗っていたのですから、身をまかしてましたが、今は奥さんを棄てたために、冥官あのよのやくにんから福を削られたのです。
阿霞 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
河神かしんが来て、冴えた刃物で、自分の処女身を裂いてもい、むしろ裂いてれとまかせ切つた姿態を投げた——白野薔薇ばらの花の咲き群れた河原のひと処
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しかしながら経済は本来各国民の自由競争にまかすべきものであって、これに毫末ごうまつも政治的術策を加味すべきでない。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
「筑摩軍記」にいわく、「去る程に織部正則重公数年以来病気の故を以て国中の仕置を老臣共にまかせ、己は奥殿に引籠ひきこもり給て専ら桔梗の方の寵愛に政務を忘れ、 ...
彼女はまた恐らく自分だけで、共産主義者の国家で無政府主義者に子供の世話をまかすのは危険な事だと考へたらう。何れにしても私のもくろみは無駄だつた。
死んだ魂 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
「わしも黙って去る考えを持っておった。貴所に橘の君をおまかせをして、……だが、もうお譲りはできぬ。」
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
然しその人は個性の表現に於て delicacy の尊さを多く認めないで、乱雑な成行きにまかせやすい。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
聴水は打ち喜び、「よろづは和主おぬしまかすべければ、よきに計ひ給ひてよ。謝礼は和主が望むにまかせん」ト。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
すると色目を使つたと云ふ、常に溌剌たる生活力の証拠は宇野氏の独占にまかすべきではない。僕もまた分け前にあづかるべきである。或は僕一人ひとりに与へらるべきである。
解嘲 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとは何よりも多く虚栄心から模倣し、流行に身をまかせる。流行はアノニムなものである。それだから名誉心をもっている人間が最も嫌うのは流行の模倣である。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
後世にいわゆる奈良坂の夙とこれら非人との関係如何いかんも注意すべき問題である。七道の者は唱門の進退にまかせられたが、夙はこれに関係することができなかった。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
なおまたこの身にして彼のために要せらるるならば何時いつなりともなんじ御意みこころまかせ彼のために使用し賜え、この身は爾のものにして爾のために彼に与えしものなり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
人間の事には内外両様の別ありて、ふたつながらこれを勉めざるべからず。今の学者は内の一方に身をまかして、外の務めを知らざる者多し。これを思わざるべからず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
世には、全く無い場合を除けば、常に無限量が我々の処分にまかせられているような若干の利用がある。
時とすると、彼の指先がはげしい情熱をって私の指をしめつけたりするのだけれど、私は無心をよそおって、しかしやや胸をときめかしながら、彼のなすがままにまかせた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
朧夜の野道の化物も、草履取が一足先に廻って、そんな悪戯いたずらをするのではないかと思うが、もとより想像に過ぎぬ。万事春の夜の朧々ろうろうたる中にまかして置いて差支ない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
遠州は茶器の鑑定めききうまかつたので、将軍はいつも大金をこの男にまかせて、色々いろんな名器を集めさせた。ところが、遠州はその金を一万両ばかし自分の用につかひ込んだ。
おい女姪めいが敵討をするから、自分は留守を伜健蔵にまかせて置いて、助太刀に出たいと云うのである。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
一方に於て又この問題が全く『自然的本能』或は官能の満足にまかし去らるべきものと考ふる人々
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
全部丁抹デンマーク側にまかせていると見えて、ただ入口に突っ立っているだけであったが、丁抹側の三十二、三のせた税関吏と、その上役らしい肥った四十くらいの税関吏とが
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして自分は寝床の上であぐらをかいてそのあとの恐ろしい呼吸困難に身をまかせたのだった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
然し全體としてはさう方外はうぐわいの儲けにもならなかつたので、大資本家からして段々引き締まる樣になり、人まかせではなく、自分身づから直接に建て網の監理をする樣になつた。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
そのおとづれにすつかりさました地上ちじやうゆきは、あふられ/\てかぜなかにさら/\とあがり、くる/\とかれてはさあつとひといへ雨戸あまど屋根やねことまかしてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そがなすままにまかしおけば、奇異なる幻影眼前めさきにちらつき、𤏋ぱっと火花の散るごとく、良人のはだを犯すごとに、太く絶え、細く続き、長くかすけき呻吟声うめきごえの、お貞の耳を貫くにぞ
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幸「頼みやんすは面白い、勝手を知りませんから万事お前にまかせるからよ、お前何歳いくつだえ」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それにしてもこれから自分の身を二時間なり三時間なりまかせようとするその軽便が、彼らのいう通り乱暴至極のものならば、この雨中どんな災難に会わないとも限らなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その死をとどめんの一念よりあらぬ貫一なれば、かくと見るより心も空に、足は地を踏むいとまもあらず、唯遅れじと思ふばかりよ、壑間たにまあらしの誘ふにまかせて、驀直ましぐらに身をおとせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)