ふさ)” の例文
醜いもの、汚れたもの、正しくないものに眼をふさぐことの出来た其頃の頭脳には、天然は唯美しいもの清いものとしてのみ映つた。
春雨にぬれた旅 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
私はいた口がふさがらなかった。その神秘的な髪の恰好と、若林博士の荘重な顔付きとを惘々然ぼうぼうぜんと見比べない訳に行かなかった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
川手氏は最早もはや見るに忍びなかった。今二人の男女が殺されようとしているのだ。目をふさいでも、断末魔の悲痛なうめき声が聞えて来る。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
別れにした盃を、清葉が、ちっと仰向くように、天井に目をふさいで飲んだ時、世間がもう三分間、もの音を立てないで、死んでいて欲しかった。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて自分も目をふさいだけれど、さつきこの人たちについてあれこれと取りとめもないことを考へてゐたあとの気分が、何だか人のことではなくて
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
藤六ははるかの方、筵でふさいだ鳥の巣のように憐れな自分の家を眺めて、ポロポロと砂浜に大きな涙をこぼすのです。
聞きしぞよもや白洲で話したでも有まいと尋ねられしかば節はハツとふさがり只もぢ/\して居る故藤八は又進みいで右の一件は一昨日御慈悲おじひ願ひに節を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ほろろ寒いわななきが私の胸のうちに起った。私はそれにじっと眼をふさいだ。そして運命を信ずると自分に叫んだ。
運命のままに (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
(老女は用捨なく娘と阿難を一体にして毛綱で捲きにかかる。娘は反狂乱の態になり老女の前に立ちふさがる。)
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
頭取 これでは、半左衛門の人々も、あいた口が、ふさがらぬことでござりましょう。この評判なら百日はおろか二百日でも、打ち続けるはじょうでござりまするのう。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
隙間すきまもなうくろとばり引渡ひきわたせ、こひたすくるよるやみそのやみまちものふさがれて、ロミオが、られもせず、うはさもされず、わしこのかひななか飛込とびこんでござらうやうに。
うなツてしまうのだらう、豈夫まさか消えて了うのでも無からうけれども、何處どこへ行くんだらう。げるツたツて、逃口にげぐちふさいであるのだから、其樣な事は無いはずだ。」
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
前をふさぐのは武家だが、雪之丞、大したことには思わない。右手の方の男に、隙が多いと見たから。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と云われたから、今まで眼を明けて居たおかくは急いで眼をふさいでしまい、小平もまご/\して
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
行く手には、岬のように出張でばった山の鼻が、真黒い衝立ついたてとなって立ちふさがり、その仰向いて望む凸凹な山の脊には、たった一つ、褪朱色たいしゅいろの火星が、チカチカと引ッ掛っていた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
雲飛うんぴは三年の壽命じゆみやうぐらゐなんでもないとこたへたので老叟、二本のゆびで一のあなふれたと思ふと石はあだかどろのやうになり、手にしたがつてぢ、つひ三個みつゝあなふさいでしまつて、さて言ふには
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
私は気味が悪かったが、眼をふさいで口の中でいちッ、ッとかけ声を出して、みずから勇気をはげまして駆け出した。私の下駄の力の入った踏み音のみが、四境あたりの寂しさを破って響いた。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
然し彼等ならざる吾々は、此れに反していかに見まい聞くまいとしても、自然と見え聞える国民生活の物音に対して街道のほとりに立つ猿の彫刻のやうに耳と目と口とをふさいでゐる事は出来ない。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鰹節の産地で、田子節というのは此処から出るのだと老人は説明した。宿屋は高屋と云った。ところが、生憎と部屋がいま全部ふさがっていて合宿で我慢して頂くわけには行くまいかという事である。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
風吹きすさみ熱砂顔にぶつかる時ふさぎてあゆめば、邪見じゃけん喇叭らっぱけろがら/\の馬車にきもちゞみあがり、雨降りしきりては新道しんどうのさくれ石足をむに生爪なまづめはがし悩むを胴慾どうよくの車夫法外のむさぼ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
祥雲氏はこんな事を考へながら、気を落ちつけて目をふさいだ。
とまた扉がギーと鳴って出入口をふさいだのである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこでヤット仔細わけがわかりかけた呉青秀は、芬子さんを取り落したまま、いた口がふさがらずにいると、その膝に両手を支えた芬子さん
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
三谷房夫みたにふさおは(それが美青年の名だ)とうとう右側のグラスをつかんだ。目をふさいでその冷たい容器をテーブルから持上げた。もう取返しがつかぬのだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
行きがけに、係りの醫者のところへ車をおろして、その事を話して置くと、醫者は傷や目に風が當つてはいけないからと言つて、繃帶をして、兩方の目をふさいで了つた。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
と、勝手口はふさがっていたが、そこから一間ばかり向うの半間ほどの入口のドアが開いていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
地にまろびたる犬の首は、歯あらわれ舌を吐き、串に刺したる猫の面は、まなこふさがずひげ動く。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八五郎も喜八も開いた口がふさがりません。
ば致せしやと云ふに粂之進は喜八が火附盜賊におちいりし始末しまつも殘らず話しければお梅はハツとばかりにむねふさがりしばことばもなかりしが偖々なさけなしと思ひ粂之進にむかひ何卒私しに御暇下さるべしをつとと共に御所刑おしおきなり申べし科人とがにんの女房を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ふさごうなんて——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
水溜りに湧いたお玉杓子たまじゃくしでゲス。それがみんな丸裸体まるはだかの人間ばっかりなんですからいた口がふさがりませんや。相当に広い部屋でしたがね。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「助けて」の「た」が口を出ぬ先に、何者かが照子の口をふさぎ、スルスルと窓のブラインドをおろした。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その時悚然ぞっとして、目をふさいで俯向うつむいた——挨拶おじぎをしたかも知れない。——
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は、父の言葉を聴くと、胸がふさがって言葉が出ないのです。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
八五郎も喜八も開いた口がふさがりません。
唐渡り黒繻子じゅすの丸帯に金銀二艘の和蘭陀船オランダぶね模様の刺繍ぬいとり、眼を驚かして、人も衣裳も共々に、に千金とも万金ともいた口のふさがらぬ派手姿。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「アア、ま、もる、くんか。わしは、ひ、ひどい、めに遭った」と、もつれる舌で、やっとそれだけ云うと、ガッカリと疲れた様に、目をふさいで、又かすかに唸り始めた。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
眼をふさいで會話を讀むのを聞くと、十七八の娘か六十幾歳の老婆か分らぬなどは心細い。當りさはりがあるから例は出さぬが、ひどいのは、口に出して讀んで見ると、男か女か分らぬのさへある。
文章の音律 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
俺の口をふさごうというたくらみのもとに、わざわざこのへやまで押しかけて来て……イヤッ……ソ……そうじゃないんだッ……。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大鳥氏は、余りのことに、あいた口がふさがらぬ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
旅僧たびそう半眼はんがんふさぎたるひらきて
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
私はいた口がふさがらなかった。正木、若林の両博士が、何のためにコンナ奇妙なイタズラをするのかと思い迷った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
宿屋の主人は驚きあきれて、開いた口がふさがらぬ位でしたが、やっと落ち付いて無茶先生に向って
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
という言葉は、道路工事で入り口をふさがれた商店の人々が一様に云う不平である。
鍵穴までふさがっているんだ。その秘密の相談というのを聞こうじゃないか。何だ何だ。何だって服を脱ぐんだ。ハハア。裏に縫い込んだな。ゲーペーウーの指令か。フウン。暗号だな。ウム。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうして開いた口がふさがらずにいる彼女に「天罰思い知れ」とか何とかいう、いい加減な文句をタタキ付けて、泥の中に蹴たおして、手も足もズタズタに切れ千切ちぎれるような眼に会わしたら
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
現に後家さんは私を疑って、時々そんな口ぶりを洩らしている位ですから、後家さんから頼まれている地面の売れ次第、その金を捲上げて、後家さんの口をふさいで、高飛びするつもりでした。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのあとから三人の刑事が次々に飛び降りてしまうと、後は又ギイと閉まってもとの通りになった。……私は開いた口がふさがらなかった。こんな教会にこんな仕掛がしてあろうとは夢にも思わなかった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は開いた口がふさがらなかった。茫然と妻木君の顔を見ていた。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)