釣瓶つるべ)” の例文
上窄うへすぼまりになつた桶の井筒ゐづゝ、鉄の車は少し欠けてよく綱がはずれ、釣瓶つるべは一方しか無いので、釣瓶縄の一端を屋根の柱にはへてある。
水汲み (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
釣瓶つるべは外してありますが、覗くと山の手の高台の井戸らしく、石を畳み上げて水肌から五六間、こけと虎耳草が一パイえております。
上窄うえすぼまりになったおけ井筒いづつ、鉄のくるまは少しけてよく綱がはずれ、釣瓶つるべは一方しか無いので、釣瓶縄つるべなわの一端を屋根の柱にわえてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それがわからないなりに井戸の車の輪を見上げると、釣瓶つるべの一方が、車の輪のところへ食い上って逆立ちをしているように見えます。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
北側に密接してある台所では水瓶の水を更ふる音、茶碗、皿を洗ふ音漸く止んで、南側の垣外にある最合もあひ井の釣瓶つるべの音まだ止まぬ。
夏の夜の音 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
家の南側に、釣瓶つるべを伏せた井戸があるが、十時ころになると、天気さえよければ、細君はそこにたらいを持ち出して、しきりに洗濯せんたくをやる。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
恐らく備忘録をつけるのであろう、平之助旦那はなにがなにやらわからず、釣瓶つるべへ手を掛けたまましばらくその後を見送っていた。
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と言う処へ、しとやかに、階子段はしごだんを下りる音。トタンに井戸端で、ざあと鳴ったは、柳の枝に風ならず、長閑のどか釣瓶つるべかえしたのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或時長頭丸即ち貞徳ていとくが公をうた時、公は閑栖かんせい韵事いんじであるが、やわらかな日のさす庭に出て、唐松からまつ実生みばえ釣瓶つるべに手ずから植えていた。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
釣瓶つるべを上げると、又八は、それへ、かぶりつくようにして水を飲んでいた。ついでに釣瓶を下において、ざぶざぶと顔の汗を洗う。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お仙はたすきをかけて裏手の井戸へ水を汲みに出ると、春のゆう日は長い井戸綱を照して、釣瓶つるべからは玉のような水がこぼれ出した。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
無数の岩塊が跡からも跡からも止め度なく崩れて、谷の中は一しきり速射砲を釣瓶つるべ打ちに放ったような音が鳴り止まずにいた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
エジツが薄気味悪がるのも道理、昼さへ光のさぬ闇の底に更に深い泉が湧いて居る。其れを轆轤仕掛ろくろじかけ釣瓶つるべで汲むのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「気の毒気の毒」と思いにうとうととして眼を覚まして見れば、からす啼声なきごえ、雨戸を繰る音、裏の井戸で釣瓶つるべきしらせるひびき
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
二人はそれから田圃たんぼの中にある百姓家を訪れた。百姓家では薄汚い女房かみさんが、裸足はだしのまゝ井戸側ゐどばた釣瓶つるべから口移しにがぶがぶ水を飲んでゐた。
昔天人が降つて遊んだ松原のあたりに、月のよい夜時々天から大きな釣瓶つるべなはをつけて下ろされる、それは天人が風呂をたてる水を汲むのでした。
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
染八の首級くびは、碇綱いかりづなのように下がっている釣瓶つるべの縄に添い、落ちて来たが、地面へ届かない以前まえに消えてしまった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
卯平うへいかのぼんやりしたこゝろ其處そこつながれたやうに釣瓶つるべ凝視ぎようしした。かれしばらくしてからにはつた。かれそのくせしたらしながら釣瓶つるべけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その蔭が地の上に落ち、はっきりときざんだ。井戸の釣瓶つるべの縄はいつの間にか切れて、もはや水を上げる役にたたない。
抜髪 (新字新仮名) / 小川未明(著)
釣瓶つるべうちに、百らいの崩れおちるような物凄い大音響がした。パッと丸の内方面が明るくなったと思うと、毒々しい火焔がメラメラと立ちのぼり始めた。
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だから、あんな奴にと思うような男に多くの女がひっかかって、恋猟人ラブハンタアの附け目となり、釣瓶つるべ打ちにもされるのだ。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
こんなことをお延が言って、年長としうえの従姉妹を笑わせた。お俊は釣瓶つるべの水を分けて貰ってたジャブジャブ洗った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それっというので若い者が釣瓶つるべ手繰たぐって苦もなく引揚げたが、井戸の縁まで上って来た女の屍骸を一眼見て、三次初め一同声も出ないほどおどろいてしまった。
冷水摩擦が奨励されると毎朝衆に先んじて真つ裸になり釣瓶つるべの水を頭から浴びて見せる空勇気を自慢にした。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
知らぬ事とて今朝けさまでも釣瓶つるべの縄の氷をらがつたは勿躰もつたいない、学校ざかりの年に蜆を担がせて姉が長い着物きてゐらりようか、伯父さまいとまを取つて下され
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ズバン! ズバン! バリバリバリバリババーン! と頭の上ではなく、空の横ッチョあたりのところから紫色の火花を散らして、釣瓶つるべ打ちにして雷撃してくる。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
第一の釣瓶つるべ一杯をからにして、娘は更に二杯目を汲み、次に三杯目を汲んだ。そして庭中に水をやった。
裏が猛宗の竹薮で、前が石燈籠と釣瓶つるべ井戸などのある広いお庭。ずゐぶん気分は出た事と思ひます。
父八雲を語る (新字新仮名) / 稲垣巌(著)
それからまた庭に這入はいって、餅搗もちつき用のきねを撫でてみた。が、またぶらぶら流し元まで戻って来るとまないたを裏返してみたが急に彼は井戸傍いどばた釣瓶つるべの下へした。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
井戸の滑車が悲しげにきしり、釣瓶つるべのぶつかる音もする。……クージカは身体一面に露を浴びて、睡くてだるいらしい。馬車の中に坐って、のろくさと長上衣を着ている。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼のいた所からは見えなかったが、その仕掛ははね釣瓶つるべになっているらしく、汲みあげられて来る水は大きい木製の釣瓶おけに溢れ、樹々の緑がみずみずしく映っている。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
私ははじめて見る藁屋根や、破れた土壁や、ぎりぎり音のする釣瓶つるべなどがひどく気にいつて伯母さんとそこへ菓子を買ひにゆくのが大きな楽しみのひとつになつた。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
源右衛門の家の背戸は、葉の落ちた野茨のいばら合歓木ねむのき、うつぎなどの枝木で殆んど覆われている。家の腰を覆うて枯蘆もぼうぼうと生えている。はね釣瓶つるべの尖だけが見える。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
釣瓶つるべすすきと野菊の投げいれ、わき床にはあしと柳の盆栽、別室にはお約束の灯心十余筋をいれた灯明皿を置いて型通りの道具立て、万端整ったところで場所柄だけに
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
夜半よは近くまでおくれし月は、その形白熱の釣瓶つるべのごとく、星を我等にまれにあらはし 七六—七八
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「二階の下に飛石が三つばかり筋違すじかいに見えて、その先に井桁いげたがあって、小米桜こごめざくられ擦れに咲いていて、釣瓶つるべが触るとほろほろ、井戸の中へこぼれそうなんです。……」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
目の上一杯にひろがっている夕空がみるみる言葉どおりの釣瓶つるべ落としに暮れいろを深めそめ
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
自動車は、また、八寸置きに布片の目じるしをくゝりつけた田植縄の代りに木製の新案特許のわくを持って来た。釣瓶つるべはポンプになった。浮塵子うんかがわくと白熱燈が使われた。
浮動する地価 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
釣瓶つるべだの、手桶ておけだの、かた手桶だの、注口そそぎくちの附いたのや附かない木の酌器だの、柄杓ひしゃくだの、白樺の皮でつくった曲物まげものだの、よく女が苧やいろんなくだらないものを入れる桶だの
鹿になった自分は窓から中庭にのがれて、アカシヤの木陰をかけぬけ、古い井戸の側に行って、釣瓶つるべから滴る水が身体の上に落ちると、自分はいつかうるはしい女になって歩いてゐる。
青白き夢 (新字旧仮名) / 素木しづ(著)
古い井戸側は半分朽ちて、まっ青なこけが厚くついていて、その水のきれいなこと、あふれる水はちょろちょろ流れて傍の田圃へ這入ります。釣瓶つるべはなくて、木のしゃくがついていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
一番日の永い頂上は申すまでもなく夏至げしでありますが、前申した秋の日の釣瓶つるべ落しというようにそのにわかに日の短くなった心持が冬の頂上よりもかえって秋において強いように
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
井戸端で足を洗っているらしく、釣瓶つるべの音や水のはじける音がし、それに交って何かひそかに話し合っている。納戸に寝ていたいねはれ物のひいたように初めて大きな息をした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
ちょうどこの頃、ユミの家の井戸からも、追いかけるように釣瓶つるべの音が聞えてくる。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
ただ勝手口に、隣近所の男衆や女中達が代る代る水をもらいに来るらしく、モーターが止ったので釣瓶つるべをばちゃんと落す音や、お秋やお花を相手に被害のうわさをしている声が折々聞えた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
釣瓶つるべをツブレ、かぶらをカルバ、汐平しおひをヒオシという地方のあるのもまた同じことで、古くは佐伯さえきを「さけび」の訛だと解し、近くはモスリンをメリンスの転音なども、また同一のものである。
するとドーン、ドーンと釣瓶つるべ打ちに大砲の音がしはじめ、客席がざわめき、観客が席をたち始めました。けれど私は晴れの初舞台ですから、そんなことに頓着せず、一生懸命にうたいました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
一日暑い盛りに門へ出たら、木陰で桶屋おけや釣瓶つるべや桶のたがをはめていた。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「や、拙者も同じく剣道の師匠の身の上を案じてだ。兎に角互いに急ごう。秋の日は釣瓶つるべ落しとやら。暮れるに早いで、めて布川から布佐への本利根の渡しだけは、明るい間に越して置きたい」
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「しかし、うちのだつて、もう釣瓶つるべが底につかへるんだらう。」
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)