親父おやじ)” の例文
織娘の中で心掛けの善いおくのと云うが有りまして、親父おやじ鑑識めがねでこれを茂之助に添わせると、いことにはたちまち子供が出産できました。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
親父おやじに巾着切りの古疵ふるきずがあるとも知らぬ清純さ、それを見るのを唯一の楽しみに、彦兵衛は本当に真っ黒になって働き続けたのです。
店の大半、表へまで芋俵が積まれ、親父おやじさんは三つ並べた四斗樽のあきで、ゴロゴロゴロゴロ、泥水の中の薩摩芋さつまいもを棒で掻廻かきまわした。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
深田でもたいへん惜しがって、省作が出たあとで大分だいぶめたそうだ、親父おやじはなんでもかでも面倒を見ておけというのであったそうな。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「左様ですな。趣向は至極賛成です。だが、いよいよやるとなると、問題は金ですね、金銭かね次第だ。親父おやじに一つ話してみましょう」
その時自分は「岡田君この呉春ごしゅん偽物ぎぶつだよ。それだからあの親父おやじが君にくれたんだ」と云って調戯からかい半分岡田を怒らした事を覚えていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さようさようそうだそうです。親父おやじを生かして返してくれ、それが出来なかったら財産を渡せ——こう云って強請ゆすったということで」
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕の親父おやじは、僕をいつも数学がわからないといって軽蔑した。僕は愛と自由とをしか知らないんだ。僕はいい児のグランテールだ。
「しかたがない。これ、せがれ。死人の首でも取ッてごまかして功名しろ」と腰に弓を張る親父おやじが水鼻をらして軍略を皆伝すれば
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
セオソフィストたるタウンゼンド氏はハムレットに興味を持たないにしても、ハムレットの親父おやじの幽霊には興味を持っていたからである。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『およしなさい新之助さん、おまえさんはここのお高と、仲がいいって噂だが、あんな親父おやじを持って御覧じ、今に後悔こうかいしますぜ』
鍋島甲斐守 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あのがんこもん親父おやじねば、息子むすこ井戸いどらせてくれるそうだがのオ。だが、ありゃ、もう二、三にちぬからええて。」
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
するとその時に廿歳はたちになっていたせがれの友太郎も、親父おやじが行くならというので艫櫓ともろを受持ってくれたから吾輩、ホッと安心したよ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
親子二人暮しの親父おやじが死んだのですから、息子の奴可哀相に、泣顔で棺の側へついて行きましたよ。親父に似合わない、あいつは弱虫ですね
幽霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しばらくするとモボは紙包みの中から一束の古ぼけた写真を取り出して女に見せるのだ。「あれがれの親父おやじでこれがお母さんや」
親父おやじの顔のひろい下町の場末へ手をまわして、見つかり次第、健康さえ取れれば、顔はそんなによくなくても取ることにした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平常のこの考えがKと向かい合っても頭から離れないので、君は思わず「親父おやじにも兄貴にもすまない」と言ってしまったのだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
巡査おまわりさんに咎められましたのは、親父おやじ今がはじめてで、はい、もうどうなりますることやらと、人心地ごこちもござりませなんだ。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
勧めるね。……親父おやじはもう心を和らげまい。グリューネバウムたちはたいへん怒ってる。……気長い話じゃないんだ。女を追っ払っちゃったよ。
「おふくろさまの云いつけで、おまえのちんばの治るよう、親父おやじさまの災難けも兼ねて代参してくれろ、と頼まれて来た」
宝沢のところの射的屋の親父おやじが露店の間にテーブルを据え、赤毛布あかゲットを敷いた小高い壇に四角な箱を載せ、自分はその脇で大声に口上を述べていた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
(間)親父おやじさんも、まま母も、てんから知らん顔で通しています。それどころか、方々に見張りをおいて、一歩も屋敷へ近づけない算段なんです。
こらえつつ春琴の門に通っていたところある日撥で頭を打たれ泣いて家へげ帰ったその傷痕きずあとぎわに残ったので当人よりも親父おやじがカンカンに腹を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「誰があんな慾張よくば親父おやじを救けるもんか、さあこげ、ボートがあの巣につくまでに、俺の計画をすっかり話してやらあ」
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なべとはよくをつけたと、おいらァつくづくあいつの、親父おやじ智恵ちえ感心かんしんしてるんだが、それとちがっておせんさんは、弁天様べんてんさま跣足はだしおんなッぷり。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
母親を無くした小供が、ある、ふと眼を覚ました。そのへやは二階で、傍には親父おやじをはじめ二三人のものが寝ていた。
炭取り (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それまでは親父おやじの家、それも大家族の、純日本式の家の六畳一間に住んでいたんだもの、すべての他人の目や物音から遮断された、かぎのかかる部屋
お守り (新字新仮名) / 山川方夫(著)
親父おやじも弁公も昼間の激しい労働で熟睡したが文公は熱とせきとで終夜苦しめられ、明け方近くなってやっと寝入った。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「実は君には逢わずに国へ立ってしまおうと思ったのだ。ところが、親父おやじ暇乞いとまごいに来て聞けば、君がいるというので、つい逢いたくなって遣って来た」
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
仕方がない? 平さん! きみの親父おやじは内地からはるばると、難儀をしにこんなところまで来たのかい? 子供を牧場の安日当取りにしようと思って
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
親父おやじには絶えずおこられて叱責しっせきされ、親戚しんせきの年上者からは監督され、教師には鞭撻べんたつされ、精神的にも行動的にも、自由というものが全く許されてなかった。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
実際買おうと思って見渡す時に、自分が安心してこれならと思う品がまことに少ない。こんな親父おやじを持った子供らは不仕合わせでないかと思う事もある。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「しかし武男なんざ親父おやじが何万という身代をこしらえて置いたのだから、頑固だッて正直だッて好きなまねしていけるのだがね。吾輩ぼくのごときは腕一本——」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
親父おやじやおふくろを旧式な人間に見られるのがあたりまえのようになっているが、しかし、いくら今の時世だといったところで、年寄りの親父の髪をつかんで
折詰おりづめをぬすんだやつ、豆腐をぬすんだやつ、学校を追いだされたやつ、そのやつの親父おやじは阪井猛太だ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
いまは、ひとをだましてもわるいとおもわなければ、んでそのくすりがきかなくてんでも、どくにさえならなければかまわぬといったなかです。わたし親父おやじ薬取くすりとりでした。
手風琴 (新字新仮名) / 小川未明(著)
車を横に押し親父おやじを勘当しても女房に持つ覚悟めて目出度めでたく婚礼して見ると自分の妄像もうぞうほど真物ほんものは面白からず、領脚えりあし坊主ぼうずで、乳の下に焼芋のこげようあざあらわれ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ところが、その子供の親父おやじが怒ること、怒ること、むきになって怒るから、こっちも相手が悪いと思って、平あやまりにあやまったが、先方がどうしてもきかねえ。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わしがもしあの『衰頽』とか『終焉』とかいうことを、家内の親父おやじに話したら、きっとわしと同様、親父もあんたを正式に告訴するぞ。そりゃもう請け合っていいよ。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
どこの家も長閑のどか団欒だんらんの晩景で、晩酌に坐った親父おやじが将軍の面をかむってみて家族の者を笑わせたり、一つの面を皆なで順々に手にとりあげて出来栄できばえを批評したり
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
ところが私の親父おやじは半面森春濤もりしゅんとう門下の漢詩人で晩年には「北越詩話」という本を三十年もかかって書いており、家にいるときは書斎にこもったきり顔をだすことがなく
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
文麻呂 人目を忍ぶ旅衣たびごろもと云う奴さ。でも、親父おやじ、あれで内心東国にはとても抱負があるらしいんだ。まあ、別れる時は割合に二人共さっぱりしてて、気が楽だったよ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
山本はルパシュカを着たり、モーニングを着たり、貧乏人の娘と結婚したり、政治屋として成功した親父おやじを軽蔑したりする様なニヒリストだったが、地主の家に育っただけに
歩む (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
ただ一撃ちに羽翼締はがいじめだ。いやも応も言わせるものか。しかし彼の容色はほかに得られぬ。まずは珍重することかな。親父おやじ親父。親父は必ず逃がさんぞ。あれを巧く説き込んで。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
一体その娘の死んだ親父おやじというのが恐ろしい道楽者で自分一代にかなりの身上しんしょうを奇麗に飲みつぶしてしまって、後には借金こそなかったが、随分みじめな中をおふくろと二人きりで
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
親父おやじも俳諧は好きでした。自分の生きているうちに翁塚の一つも建てて置きたいと、口癖のようにそう言っていました。まあ、あの親父の供養くようにと思って、わたしもこんなことを
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
わたしも親父おやじと一緒に横川で汽車を下りて、碓氷うすい峠の旧道をがた馬車にゆられながら登って下りて、荒涼たる軽井沢の宿に着いたときには、実に心細いくらい寂しかったものです。
木曽の旅人 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
親父おやじが死んでから春木町を去って小石川の富坂とみざかへ別居した。この富坂上の家というは満天星どうだん生垣いけがきめぐらしたすこぶる風雅な構えで、手狭てぜまであったが木口きぐちを選んだ凝った普請ふしんであった。
親父おやじが小僧を連れまして仕入れにまいったのでございますが、雨ばかりよく降りました年で、夏の終り頃から、毎日雨がビショビショと降り続いていたように記憶いたしております。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「悪いというても、せいちゃんのような鍛冶屋のせがれには、わかるまいけんどな。この車に積んどる蜜柑を、今日、問屋で、言い値で引きとらなんだら、破産じゃと、親父おやじがいうとった」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)