耳許みみもと)” の例文
私の耳許みみもとからバンと烈しい銃声が起り、更にバン・バン・バンと矢継早に三つの銃声がそれに続いた。鋭い烟硝えんしょうの匂が急に鼻をいた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「あんないけすかない人っちゃないわ」そういったゾッとする様な言葉が、容貌に自信のない彼の耳許みみもとで絶えず聞えていました。
算盤が恋を語る話 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
耳許みみもとしかとがめるような声がするとともに右の腕首をぐいとつかんだ者があった。務は浮かしていた体をしかたなしに下に落した。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
信一郎は、大声で、しかも可なりの感激をもって、青年の耳許みみもとで叫んだ。本当は、何か遺言ゆいごんはありませんかと、云いたい所であった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
轟然ごうぜんたる銃声が聞えたと思うよりも早く、ピューッと銃丸たまが二人の耳許みみもとかすめて、廊下の奥の硝子窓をガチャーンと破壊した。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なんに致しましても、わたくしがあの雪の大野ヶ原の中に立ちすくんでおりました時に、ふと、わたくしの耳許みみもと私語ささやく声がいたしました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
不幸は伴をともなう、靱負はその言葉を現実に耳許みみもとささやかれるような気持だった。そして妻のみぎはは臣之助に三十日ほどおくれて亡き人となった。
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
湯上りの、ぱっと白い、派手な、品のい顔を、ほんのり薄紅うすべにした美しい耳許みみもとの見えるまで、人可懐ひとなつッこく斜めにして
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
折から梢の蝉の鳴音なくねをも一時いちじとどめるばかり耳許みみもと近く響き出す弁天山べんてんやまの時の鐘。数うれば早や正午ひるの九つを告げている。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
青年画家は麓を志して道をいそいだが、後方うしろの山を越えて、千軍万馬の襲い来る鉄蹄てっていの響きや、馬のいななきをきいた。たちまち雨やら、風の物音が耳許みみもとを襲う。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
耳許みみもとで云った。おどろいて私が顔をあげると、それが同級生の林茂だった。彼は黙って私のおけ天秤棒てんびんぼうをなおしてくれ、それからくるりと奥さんの方へむきなおると
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
途端にこの辺に棚田という屋敷はありませんかい? と耳許みみもとで細い声がしたような気がして……今外へ飛び出せば鬼に捕まるということも忘れて思わず表へ躍り出す……。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
すると突然とつぜん、はッはッはと、はらそこからしぼしたようなわらごえが、一どう耳許みみもとった
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そういうやさしい声が僕の耳許みみもとでした。お母さんの声を聞くと僕の体はあたたかになる。僕は眼をぱっちり開いてうれしくって、思わずがえりをうって声のする方に向いた。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
従って、執拗しつこいほど門田与太郎を呼んだことも、耳許みみもとわめきかえされてようやくそれと感づいた。そう云えば、人々の話しごえを意味のない風の音のようにざわざわと聞いていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
道々みちみちも一ぷん絶間たえまもなくしゃべつづけて、カフカズ、ポーランドを旅行りょこうしたことなどをはなす。そうして大声おおごえ剥出むきだし、夢中むちゅうになってドクトルのかおへはふッはふッといき吐掛ふっかける、耳許みみもと高笑たかわらいする。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
と、叫んだ祥子の声を直ぐ耳許みみもとで聞いたからだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
喜太郎は、勝平の耳許みみもとで勢よく叫んだ。が、勝平はたゞ低く、喘息ぜんそく病みか何かのように咽喉のところで、低くうめく丈だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お若は莞爾にっこりして何にも言わず、突然いきなり手をつかえて、ばッたりしおれ伏すがごとく坐ったが、透通るような耳許みみもとさっくれない
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ミチミは杜の耳許みみもとで、声をひそめて説明した。彼の感能はそのとき発煙硝酸のようにムクムク動きはじめた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
眼を見開いて、母親の顔をさもなつかしげに眺めていた娘は、再び静かに眼を閉じてしまった。もはや、口を耳許みみもとに当て娘の名を呼んだけれど何のこたえもなかった。
薔薇と巫女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「けれどもお嬢様、そのつもりで、こうして眺めておりますと、三井寺の鐘が耳許みみもとに響き、唐崎の松が墨絵のように浮いて出る気持が致すではございませんか」
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かと思うとやがて耳許みみもと聞馴ききなれた声がして、しきりと自分を呼びながら身体からだ揺動ゆりうごかすものがある。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
絶え入りそうなお美津の叫びが、正吉の耳許みみもとへ近寄って来た。正吉はお美津のしなやかな温い体を狂おしく抱き緊めた。——そしてその手触りが、段々とはっきりし始めた時
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
薄野すすきの薄野という声は、酒を飲みはじめた時から絶えず耳許みみもとに聞こえていたけれども、手ごわい邪魔物がいて——熊のような奴だった、そいつは——がっきりと渡瀬を抱きとめた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
早く、早く、早くという声が、時計のセコンドの様に、絶え間なく耳許みみもとに聞えていた。それにもかかわらず、彼の歩調は一向いっこう早くなかった。外見そとみは、暢気な郊外散歩者とも見えたであろう。
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
耳許みみもとで手をラッパにして話すのを、タツは最初ビックリした。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
浜か、海の色か、と見る耳許みみもとへ、ちゃらちゃらと鳴ったのは、投げ銭との葉のれ合う音で、くるくると廻った。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
風は相変らずひゅうひゅうと耳許みみもとうなって、地上わずかに一メートル上のゴンドラが、がたがた揺れる。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今もお優しい余韻のある、情熱の籠っている講義の声が律呂的リズミカル耳許みみもとに響いているような。
彼女は、美奈子を抱きしめるように、おおいながら、耳許みみもと近く、子供でもすかすように云った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
だれかが耳許みみもとでささやいている。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
お洲美さんは、みはっていた目を閉じました。そして、うなずくように俯向うつむいた耳許みみもと石榴ざくろの花のように見えた。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の眼底がんていにはその号外の上に組まれた初号活字しょごうかつじがアリアリと見えるようだ。——そのとき私は耳許みみもとに、魂をゆするような熱い息づかいが近よってくるのを感じたのだった。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぞっとしてきびすを返して、一生懸命に野を横ぎり、又もや村里のかたを指して程少し来ると思う時分に百万の軍勢がときを造って、枯野を駆けるがようにごうと風やら、雨の物音が耳許みみもとを襲う。
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
馴々なれなれしくいうと、急に胸をらして、すッきりとした耳許みみもとを見せながら、顔を反向そむけて俯向うつむいたが、そのまま身体からだの平均を保つように、片足をうしろへ引いて、立直たちなおって
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「これは、こっちのレンズからおのぞき遊ばして……」捜査課長の耳許みみもとでダリアの声がした。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、冷やかな声で耳許みみもとでいった。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
耳許みみもとにドンと一発、船頭も驚いてしゃっきり立つと、目のさきへ、火花が糸を引いてぱっと散って、川面かわづらで消えたのが二ツ三ツ、不意に南京なんきん花火を揚げたのは寝ていたかの男である。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
辻永は私の耳許みみもとに早口でささやいた。しかし私は辻永のような実践的度胸じっせんてきどきょうに欠けていた。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
仰いで空を、かっとしてにも見えず、お鶴耳許みみもと、まぶちのあたり、日はくれないに燃ゆるよう。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大隅学士は、河村を抱き起すなり、その耳許みみもとに口をつけて叫んだ。しかし彼は、かすかにうなったまま、またグッタリと長く伸びてしまった。河村の手足は、みるみる冷くなってゆく。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
耳許みみもとささやいたと思えば、背中へ倒れ込んで——その時、八郎は泣いたのだそうである。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヒューッ、ヒューッ——、廊下を飛ぶように走ってゆく僕の耳許みみもとかすめて、銃丸じゅうがんがとおりすぎた。そして或る弾は、コンクリートの壁に一度当ってから、足許にゴロゴロ転がって来た。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この声に、清らな耳許みみもと果敢はかなげな胸のあたりを飛廻られて、日向ひなたに悩む花がある。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婆さんの耳許みみもとんでふくめるように説明しなければならなかった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何しろ、同一おなじ方角に違いない。……開けて寝た窓から掛けて、洋燈ランプがそこで消えた卓子テエブルの脚をつたわって床に浸出す見当で、段々判然はっきりして、ほたりと、耳許みみもとで響くかとするとまたかすかになる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ドレゴは、少女のように耳許みみもとまで真赤に染めて、博士に挨拶をした。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
と直ぐ続けて、肩越に﨟長ろうたけた、すずしい目の横顔で差覗さしのぞくようにしながら、人も世も二人のほかにないものか。誰にも心置かぬさまに、耳許みみもとにその雪の素顔の口紅。この時この景、天女あり。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
テンテンカラ、テンカラと、耳許みみもと太鼓たいこの音。二人のほかに人のない世ではない。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)