うすもの)” の例文
紫紺のうすものに白博多の帯という、ひどく小粋ななりをしていた。戸口に立ったまま葵のほうを眺めていたが、すらすらと寄ってくると
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
裸体に蓑をかけたのが、玉を編んでまとったようで、人の目にはうすものに似て透いて肉が甘い。脚ははぎのあたりまでほとんどあらわである。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中の品物の見えないのも感じがいいのである。椅子の前には置き物の卓が二つあって、支那しなうすものすそぼかしのおおいがしてある。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
その時彼は鳥に説教した聖フランシスを、思ひ出した。彼の家の軒端からのぼる朝の煙が、光を透して紫のうすもののやうに柿の枝にまつはつた。
芳紀としのほども、美しさに過ぎて、幾つぐらいとも計りがたいが、蘭瞼細腰らんけんさいよううすものすがたは、むしろ天女に近いと云ってもいい。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ようとすると、蒼白い月光が隈なくうすものを敷たように仮の寝所ふしどを照して、五歩ばかり先に何やら黒い大きなものが見える。
「そうですか。もうじきです。」三人はむこうをきました。瓔珞ようらくは黄やだいだいみどりはりのようなみじかい光をうすものにじのようにひるがえりました。
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
青磁色のうすものをもれて来る、香ばしい美女の魅力は、羽がいの下のぬくめ鳥のように深井少年を押え付けてしまったのです。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
みやこの女はまだ市女笠いちめがさかぶ壺装束つぼしょうぞくのままだったが、突然、貝ノ馬介がそばに寄るとそのうすものを、さすがに手荒いふうではなく物穏かに引剥ひきはいだ。
と、大納言の歩く行くてに、うすものの白衣をまとうた女の姿が、月光をうしろにうけて、静かに立っているのであった。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
夫婦はうすものの裾をひきずりながら出たが、泣くこともできなかった。曾は歩くのが苦しいので悪い車でも手に入れて乗ろうとしたがそれもできなかった。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
空はぎ上げたつるぎけつらねたごとく澄んでいる。秋の空の冬に変る間際まぎわほど高く見える事はない。うすものに似た雲の、かすかに飛ぶ影もひとみうちには落ちぬ。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
Operaglass で ballet を踊る女のまたの間を覗いて、うすものに織り込んである金糸の光るのを見て、失望する紳士の事を思えば、罪のない話である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
画題は〈楊貴妃〉それもあの湯上りの美しい肌を柔らかなうすものに包んで勾欄てすりに凭れながら夢殿の花園を望んで見ると言った構図で、尤も湯上りと言いますと何だか意気に
月を見て涼を入れようと半裸体の麗人が高殿へ登つてゆく、いくら夏でも上層は冷い、そこで髪の上からトルコの女のするやうにうすものを一枚被いて残りの階を登つて行く。
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
彼がしきりに否定しようとするにもかゝわらず、月の面をおゝうていた雲のうすものが少しずつがれて行くに従い、だん/\とその人影は刻明になって来て、半信半疑であったものが
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
冷えびえとうごめいているこのうすものの陰には何事かがある? 本当に、何事かが起こっているに相違ない?——彼は東京の靄が濃くなるごとに、この抽象的な観念にとらえられるのだった。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
うすものひとつになって圓朝は、この間内あいだうちから貼りかえたいろいろさまざまの障子のような小障子のようなものへ、河岸の景色を、藪畳を、よしわらを、大広間を、侘住居わびずまいを、野遠見のとおみを、浪幕を
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
うすものに包まれていた時から目を悦ばせて、今は目映まばゆいように光って君臨している
男神をがみは萌黄のうすものを著流して手に短き杖を持ちながら透明なる卓にもたれ
花枕 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
黄金こがね織作おりなせるうすものにも似たるうるはしき日影をかうむりて、万斛ばんこくの珠を鳴す谷間の清韻を楽みつつ、欄頭らんとうの山を枕に恍惚こうこつとして消ゆらんやうに覚えたりし貫一は、急遽あわただし跫音あしおとの廊下をうごかきたるにおどろかされて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一日のあらゆる心の静謐せいひつねがって、『古今集』『源氏物語』へのおだやかな共感を、桜花や月光の織りなす情緒的な自然へ、そのまま流れこませ、想いうるかぎり甘美な気分のうすものを織りなすために
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
半身にうすくれなゐのうすもののころもまとひて月見ると言へ
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
すゞしいうすものの揺らぐやうに地の上を籠める。
修道院の月 (新字旧仮名) / 三木露風(著)
うすものに日をいとはるゝおんかたち 水
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
うすものに人肌見えて尊とけれ
普羅句集 (新字旧仮名) / 前田普羅(著)
月なき暗い夜に、うすものはだが白く透く、島田髷しまだと、ひさし髪と、一人は水浅葱みずあさぎのうちわを、一人は銀地の扇子を、胸に袖につかって通る。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
例の兵部卿ひょうぶきょうの宮も来ておいでになった。丁子ちょうじの香と色のんだうすものの上に、濃い直衣のうしを着ておいでになる感じは美しかった。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その子供らはうすものをつけ瓔珞ようらくをかざり日光に光り、すべて断食だんじきのあけがたのゆめのようでした。ところがさっきの歌はその子供らでもないようでした。
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そのとき烈しい香料の匂いが、溝の臭気をあっしながら、ふうわりとうすもののように漂いながら匂っていることをかんじた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
青磁色のうすものはやや崩れて、黒髪もあやうく乱れて居りますが、その美しい面には、何んかしら必死の色があって、深井少年に一言の反抗も許しません。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そして根際ねぎわになったところもことごとく内へ入って、前の盆のようにひろかった腫物とは思われなかった。そこでうすものの小帯から佩刀はいとうをぬいた。その刀は紙よりも薄かった。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は、周泰の功を平常にも耀かがやかすべく、うすものの青いがいを張らせ、「陣中に用いよ」と与えた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、うちかけをかけてやるふりをして、うすものの白衣すら、ぬがせたい思いであった。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
若き空には星の乱れ、若きつちには花吹雪はなふぶき、一年を重ねて二十に至って愛の神は今がさかりである。緑濃き黒髪を婆娑ばさとさばいて春風はるかぜに織るうすものを、蜘蛛くもと五彩の軒に懸けて、みずからと引きかかる男を待つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細かに編んだうすものの奥に隠してしまった。6920
半身に薄紅うすくれなゐうすものの衣纏ひて月見ると云へ
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
しかも、晶子の動悸どうきうすものとほしてふる
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
さてその夜は、取って返して、両手に雑巾を持って、待合の女房があらわれたのに、染次はしおれながら、うすものの袖を開いて見せて
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青磁色のうすものは波打って、安楽椅子に身も浮くばかり、仔細は知らず、その歎きには容易ならぬ深刻さがあります。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
袴野のいいつけで一頭の馬が用意され、すてはそれにまたがると例のうすものの虫の垂衣たれぎぬを抱えて、それを証拠に四条院のやしきと聞いたみやこに、山の塞を去って行った。
大人は唐衣からぎぬ、童女はかざみも上に着ずくつろいだ姿になっていたから、宮などの御座所になっているものとも見えないのに、白いうすものを着て、手の上に氷の小さい一切れを置き
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
白い衣の上にやはり白いうすもの衣被うわぎを著て、古文字のような物を書いた木簡もっかんを読んだ、読み終るとそれを石の下に置いて、今度は剣を舞わして身を躍らしたが、あたかも電光のようであった
美女を盗む鬼神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
しかし、この老書家は、行儀がわるく、夏など、冠だけはかぶっているが、うすもの直衣のうしの袖などたくしあげて、話に興ずると、すぐ立て膝になり、毛ぶかいすねや腕をムキ出しに談じるのである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふと私は私の前に三人の天の子供こどもらを見ました。それはみなしもったようなうすものをつけすきとおるくつをはき私の前の水際みずぎわに立ってしきりに東の空をのぞみ太陽たいようのぼるのをっているようでした。
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
時々鏡の面をうすものが過ぎ行さままで横から見える。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その軽いうすもののような中から、調子の歩様あるきざま
さて、寝る段になって、そのすっと軽く敷いた床を見ると、まるで、花で織ったうすもののようでもあるし、にじで染めた蜘蛛の巣のようにも見える——
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
不思議な友情をはっきり見てから、すても永い間経験したことのない女の気持をむさぼるよう、むねにかきいだいた。すては元来た道を、うすものおもてを蔽うたまま馬をはしらせた。
非常に崇厳すうごんな仏事であった。五日の間どの日にも仏前へ新たにささげられる経は、宝玉の軸にうすものの絹の表紙の物ばかりで、外包みの装飾などもきわめて精巧なものであった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)