突立つった)” の例文
そうして「御気の毒ですが、ただいま来客中ですからまたどうぞ」と云って、敬太郎の前に突立つったっていた。敬太郎も少しむっとした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白襯衣君が、肩をそびやかして突立つったって、窓から半身はんしん乗出のりだしたと思うと、真赤な洋傘こうもりが一本、矢のように窓からスポリと飛込とびこんだ。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
身繕みづくろいしてやゝしばし寝床ねどこ突立つったって居ると、忍び込んだと思った人の容子ようすは無くて、戸のそとにサラ/\サラ/\忍びやかな音がする。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
何時いつの間に登って来たのか、白ズボンをよれよれにし、紺の開襟かいきんシャツの胸をはだけた勇が三尺の登口のぼりぐちに不機嫌に突立つったって居た。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
「葉子さんおはよう!」光子はわざと意地悪く葉子の前へ突立つったってお辞儀をした。そして「葉子さん、今日はまわり道をしていらしたのね」
先生の顔 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
その次の瞬間、弦三の眼の前に、瓦斯ガスタンクほどもあるような太い火柱ひばしらが、サッと突立つったち、爪先から、骨が砕けるような地響がつたわって来た。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ガタピシと板戸を開けると、まきや炭を積んだ小暗い物置の隅っ子に、人間程の大きさの藁人形が、いかめしく突立つったっていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ただ茫然ぼうぜんとして私は、眼前がんぜんの不思議に雨に濡れて突立つったっていた。花の吉野の落花の雨の代りに、大和路で金銀の色の夕立雨ゆうだちあめにぬれたのであった。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
木の葉は何時いつか知らぬ間に散ってしまって、こずえはからりとあかるく、細い黒い枝が幾条いくすじとなく空の光の中に高く突立つったっている。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と、きゅうひと院長いんちょうだとわかったので、かれ全身ぜんしんいかりふるわして、寐床ねどこから飛上とびあがり、真赤まっかになって、激怒げきどして、病室びょうしつ真中まんなかはし突立つったった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
セーニャと黒い牝牛とが、ぽつりぽつりと、砂浜のくさむらに残されてしまった。いつまでもいつまでも黒く突立つったっていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
戸を叩こうか、叩いたらきっと開けてくれるには相違ない。しかし彼はこの事をなすことが出来なかった。彼は木像のように息を凝らして突立つったっている。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
相手の男を柱に縛りつけ、その鼻先の畳の上に白刃しらは突立つったて女に酌をさせながら一人で得意になっている光景を描いた芝居絵を、私は見たことがあった。
武州公秘話:02 跋 (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
「ソラ、天狗様の御立腹だ」と、一同は眼玉をまるくする。ヌット雲表うんぴょう突立つったつ高山の頂辺てっぺんの地震、左程の振動でもないが、余りい気持のものでもない。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
相手の男を柱に縛りつけ、その鼻先の畳の上に白刃しらは突立つったて女に酌をさせながら一人で得意になっている光景を描いた芝居絵を、私は見たことがあった。
熊がこの小さな球を呑み込むと脂肉はとける、さきのとんがった鯨髭がしゃっきり突立つったって、熊のはらわたに突きささります。そこで熊は病気になるのです。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
樫田刑事が駈けつけて見ると、夫人の化粧室の外に、蒼白まっさおな顔をして例の秋山という紳士が突立つったっていた。
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その石の割目われめには、色々のものが挟まっておるが、あるものはピンと突立つったち、あるものはまだ動いている。
不周山 (新字新仮名) / 魯迅(著)
大叫喚の地鳴りを立てている岩石の上に、赤い湯もじ一つにされ、突立つったたせられている一人のうら若い女性がある。たけなす髪はかの女のくびすまで届くかに見える。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
或日の夕暮、一人の若い品のい洋服の紳士が富岡先生の家の前えに停止たちどまって、しきりと内の様子をうかがってはもじもじしていたが遂に門をはいって玄関先に突立つったって
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうしてへやのまん中に立ち止まって、そこいらをジーイと見まわしながら突立つったっているようなの。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
矢比やごろを測つてひょうと放てば。竄点ねらい誤たず、かれが右のまなこ篦深のぶかくも突立つったちしかば、さしもにたけき黄金丸も、何かはもってたまるべき、たちま撲地はたと倒れしが四足を悶掻もがいてしんでけり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
一刀ひとかたなあびせたから惣次郎は残念と心得て、脇差の鞘ごと投げ付けました、一角がツと身をかわすと肩の処をすれて、すゝき根方ねがたへずぽんと刀が突立つったったから、一角はのりを拭いて鞘に収め
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
叔母に一礼して文三が起上ッて、そこそこに部屋へ戻ッて、しつの中央に突立つったッたままで坐りもせず、やや暫くの間と云うものは造付つくりつけの木偶にんぎょうの如くに黙然としていたが、やがて溜息ためいきと共に
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私は何んだか言葉をかけるのさえためらわれて黙ったまま突立つったっていました。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
顔をあからめ、しばらく孔子の前に突立つったったまま何か考えている様子だったが、急に雞と豚とをほうり出し、頭をれて、「つつしんで教を受けん。」と降参した。単に言葉に窮したためではない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
氏の家へ半月程前の夕刻玄関げんかんかせぎの盗人が入りました。ふと気が付いた家人かじん一勢いっせいに騒ぎ立てましたが、氏は逃げ行く盗人の後姿うしろすがたを見るくらいにしなが突立つったったまま一歩も追おうとはしませんでした。
すぐ目の前に、懐中電灯を持った一人の男が突立つったっていた。
炬燵櫓こたつやぐらまたいだ同然、待て待て禁札を打って、先達が登山の印を残そうと存じましたで、携えました金剛を、一番突立つったてておこう了簡りょうけん
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小暗こぐらいレールを踏み越えて、ヒラリとプラットホームに飛びあがった大江山警部の鼻先に、ヌックリ突立つったった男があった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
年久しく風霜ふうそうと闘うてかわは大部分げ、葉も落ちて、老骨ろうこつ稜々りょうりょうたる大蝦夷松おおえぞまつが唯一つ峰に突立つったって居るのであった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
娘の方でも番台を間に兼太郎の顔を見るといかにも不審そうに、手にした湯銭をそのまましばらく土間の上に突立つったっていたが、やがて肩で呼吸いきをするように
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
妙な事にこの男は主人と同じく懐手をしたまま、無言で突立つったっている。何だか見たような顔だと思ってよくよく観察すると、見たようなどころじゃない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
で、そいつをつづけているうちに、急に熊がまっすぐに突立つったちあがり、弓のように体をまげて、痛がってうなりたてて、気が変になったようにまえあしを振りまわし始めたもんだ。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
ミチは超然として蛇口じゃぐちの前に突立つったち、ざあざあと手桶ておけの湯を幾杯となく浴びる。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
仁王立におうだち突立つったちました。此のていを見るより先に立ちたるだいの男が
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
妾のすぐ傍に突立つったって、先刻さっきから何か話していたらしいの……。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
鯨の口の外にボンヤリ突立つったった刑事が意味ありげに云った。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
方太太は突然押掛けて来てとこの前に突立つったった。
端午節 (新字新仮名) / 魯迅(著)
そのまま突立つったって志村の方を見ていた。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
桂河探偵は顔色を変えて突立つったった。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
家、いやその長屋は、妻恋坂下つまごいざかした——明神の崖うらの穴路地で、二階に一室ひとま古屋ふるいえだったが、物干ばかりが新しく突立つったっていたという。——
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何くわぬ顔をして下へ降りて来ると、誰も居ないと思った二階に四宮理学士が突立つったっていたので、僕はギクッとした。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分は何事が起ったのかほとんど判じかねて、敷居際しきいぎわ突立つったったまま、ぼんやり部屋の中を見回みまわした。途端とたんに下女の泣声のうちに、泥棒という二字が出た。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遠くの沖には彼方かなた此方こなたみお粗朶そだ突立つったっているが、これさえ岸より眺むれば塵芥ちりあくたかと思われ
鍬柄くわづかついて畑の中に突立つったった時は、天も見ろ、地も見ろ、人も見てくれ、吾れながら天晴見事の百姓振りだ。額の汗を拭きもあえずほうと一息ひといき入れる。曇った空から冷やりと来て風が額を撫でる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ちょっとの間、四人は気まずい思いで突立つったっていた。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
取舵とりかじだい‼」と叫ぶと見えしが、早くもともかた転行ころげゆき、疲れたる船子ふなこの握れるを奪いて、金輪際こんりんざいより生えたるごとくに突立つったちたり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
御返しよ、ほうっておくれよ、よう、と精一杯にせっついたが与吉は毬を持ったまま、上を見て威張って突立つったっている。あやまれ、詫まったら返してやると云う。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博士は相変らず、銅像のように部屋の真中まんなか突立つったって居り、そして、首にかかったシャンデリアのわくを、面倒くさそうに外して床の上に放りだしただけであった。