用達ようたし)” の例文
「今、ちょっと用達ようたしに出かけている。」彼は、そういうと、先へ大急ぎで、二階へ上ると、新子からの手紙を机の抽出ひきだしにかくした。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お通夜や又何やかや用達ようたしの道々などで、私は高木の妹から、彼が甚だ好色漢で、宿屋へ泊れば女中を口説くどく、或時バーの女に
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
曰く穀物の用達ようたし、曰く貨幣の用達これなり。穀物の用達なるものはただちに生産者より穀物を購買せず、政府の代官よりこれを購買す。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
三千代は下女も留守だと云った。自分も先刻さっき其所そこまで用達ようたしに出て、今帰って夕食ゆうめしを済ましたばかりだと云った。やがて平岡の話が出た。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
文一郎は弘前を発する前に、津軽家の用達ようたし商人工藤忠五郎蕃寛くどうちゅうごろうはんかんの次男蕃徳はんとくを養子にして弘前にのこした。蕃寛には二子二女があった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
神田から下谷の竜泉寺前まで用達ようたしに行った半七は、七ツ半(午後五時)頃に先方の家を出ると、帰り路はもう薄暗くなっていた。
半七捕物帳:09 春の雪解 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
煙草屋たばこやへ二町、湯屋へ三町、行きつけの床屋とこやへも五六町はあって、どこへ用達ようたしに出かけるにも坂をのぼったりくだったりしなければならない。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おかなは朝来ると、晩方には大抵帰って行ったが、旦那が東京へ用達ようたしなどに出るおりには、二晩も三晩も帰らないことがあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
幕府用達ようたし鏡師かがみしの子。中島または木村を姓とし初め時太郎のち鉄蔵と改め、春朗、群馬亭、菱川宗理、錦袋舎等の号あれども葛飾北斎最も現わる。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
神保町辺へ用達ようたしにおいでなさいましたお帰りがけ、ご散歩かたがた、「どうだい、新店は立行たちゆくかい。」と最初のっけから掛構かけかまいなくおっしゃって。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私が本日探索した所によると、ジョンという犬は、日頃から一寸した物をくわえて用達ようたしをする様に教え込まれて居った。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
この猛悪な貪慾漢どんよくかんは、主家を陥れて、現在の暴富を積んだにもかかわらず、なおこの上の希望として物産用達ようたしの御用を、柳営りゅうえいから受けたいのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
質草のはいっている小風呂敷を差し上げて見せると、率八は抜け露地を駈け出してあたふたと用達ようたしに急いで行く。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おつねさん。師匠はまだ、なかなか起きそうにもねえから、あっしゃ一寸並木まで、用達ようたしに行って来るぜ」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
何故なら牛馬は用達ようたしを催すときには先ず急に止るから、そのとき直ぐハンドルを引張れば、十分間に合う。
発明小僧 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
湯島の方へ用達ようたしに行った帰途かえりを近江屋の前へ差しかかったのが、八丁堀に朱総を預る合点長屋の釘抜藤吉、いきなり横合から飛び出して藍微塵あいみじんの袖を掴んだのは
「げに歌人、詩人といふは可笑おかしきものかな。蝶二つ飛ぶを見れば、必ず女夫めおとなりと思へり。ねぐらかえ夕烏ゆうがらすかつて曲亭馬琴に告げていわく、おれは用達ようたしに行くのだ」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
格太郎は紀伊家の用達ようたしにて家富みたるものなり。和学を好み網代弘訓あじろひろのりを師として国典を読み、又京師の縉紳家にも参して殊に三条さんじょう内府実万さねつむ公の邸に親しく昵近じっきんせり。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
縁を切っても片時も忘れるひまは有りません故、或日用達ようたしに参って帰りがけ、旧来居ります與助よすけと云う奉公人を連れて、そうっと忍んで参り、お累のうちの軒下に立って
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それ以来熊岡氏は隣で謡曲うたひが始まると、慌てて帽子をかぶつて用達ようたしに出る事にめてしまつた。
二月になってまもなく、下谷へ用達ようたしにいった帰りに、徳次郎はまた明神下へ寄ってみた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
わがクシュンコタンの貨物倉庫二棟切り破られた場所を発見せり、念のため在庫品をしらべしところ、浜の倉庫に於て狐皮五十枚、御用達ようたし和右衛門並びに彦兵衛の荷物全部紛失
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
一人で昼食をともかくも済まし——(彼女はいつもあまり食欲がなかった)——必要な用達ようたしに外へ出かけ、一日の用が済んで、四時ごろ居間に引っ込み、編み物と小猫こねことをかかえて
実はきのう越前堀えちぜんぼりまで用達ようたしに行ったら、途中であの山田の息子さんね、あの新太郎さん、あの人に逢って、この近所でお前によく似た人を見かけたと云うからしやそうじゃないかと思って
或る別れ (新字新仮名) / 北尾亀男(著)
……あごはずしというのは、言葉通り大笑いと、大あくびで、ひょっとすると、頤がはずれるので、両手でおさえたり、縦に八巻はちまきをしたりして、用達ようたしをして人を驚かせたり笑わせたりしました。
つけ晝夜ちうやとなく駈廻かけまははたらく程に夫婦は又なき者といつくしみける扨も此餠屋このもちやと云は國主こくしゆ細川家の御買物方の御用達ようたしにて御城下にかくれもなき加納屋かなふや利兵衞とて巨萬きよまんの身代なる大家に數年來實體じつていに奉公を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二時間の後、用達ようたしに上高井戸に出かけた。八幡はちまんの阪で、誰やら脹脛ふくらはぎを後からと押す者がある。ふっと見ると、烏山からすやま天狗犬てんぐいぬが、前足をげて彼のはぎを窃とでて彼の注意をいたのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
翌日よくじつ、みつは、用達ようたしかえりに、わざわざ交番こうばんりました。小僧こぞうさんのようすをきたかったからです。やはり病気びょうきをがまんして、おもってたためにたおれたのだということでした。
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)
「一寸用達ようたしして、そのまま夜行で帰る。もう寄らんよ。」
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
少し用達ようたし
壽阿彌が水戸家の用達ようたしであつたと云ふことは、諸書に載せてある。しかし兩者の關係は必ず此用達の名義に盡きてゐるものとも云ひにくい。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
毎日のように岸本は旧馴染むかしなじみの高台を下りて、用達ようたしに出歩いた。下町の方にある知人の家々へもそれとなく別れを告げに寄った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから車をやとって、中学校へ来たら、もう放課後でだれも居ない。宿直はちょっと用達ようたしに出たと小使こづかいが教えた。随分ずいぶん気楽な宿直がいるものだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余所よその障子を張ってやりの筆法で芸妓げいしゃ用達ようたしから傭婆やといばば手助てだすけまでする上に、ひまな時は長火鉢の前で飼猫の毛をいている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お前の祖父おじいさんが隣村まで用達ようたしに出かけて、日が暮れてから帰って来た。その晩はい月夜で二三町先までく見える。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
川西は、ひと店頭みせさきにいた小僧を、京橋の方へ自転車で用達ようたしに出してから、註文先の話をしてお島に言った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
鶉坂うずらざか住居すまいにも戻らず、用達ようたしにも出ず、毎日、黙々と、何事かを調べ、何事かを考えている老先生だった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ご三卿様のご用達ようたし、松倉屋の別邸だと存じますが、何事が起こるのでござりましょうか?」
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「よく来たね。矢部君。きょうは君に八十円ばかり用達ようたしをしてもいいと思っていたところだ」
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
寝こかして置いて、自分は用達ようたしくとかなんとか云って、スーッと腕車くるまに乗って来て夜明まで十分若に逢って帰れるじゃアないか、貴様は伊之助に寝こかしにされたことを知らぬか
「もう小一時間も立たせやがる。これだけのひまがあつたら地獄へでも用達ようたしけら。」
用達ようたしには誰よりも早く、十日ぎり、六日限などという期限つきの飛脚は彼の役ときまっているくらいなのに、酒癖が悪くて時どき失敗し、店を逐われてはまたびを入れて戻るという風だった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今や彼のいちばん大きな喜びは、母が一日雇われて出かけてゆく時か、町に用達ようたしに出かける時かであった。彼は階段を降りてゆく足音に耳を傾ける。足音は早くも表に出で、しだいに遠ざかってゆく。
のがれさせたく思ひ此上は家老方へ御なげき申より外なしと豫々かね/″\心掛居ける中或日あるひ本多家の長臣ちやうしん都築外記つゞきげき中村主計かずへ用人笠原かさはら常右衞門の三人が相良さがら用達ようたし町人織田おだ七兵衞が下淀川しもよどがは村の下屋敷しもやしきへ參られ終日しゆうじつ饗應きやうおうになる由を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その反対の側に腰掛けた三吉は、丁度家を探し歩いた帰りがけで、用達ようたしの都合でこの電車に乗合わせた。彼は森彦の旅舎やどやへも寄る積りであった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この眩暈と、風邪と、も一つ、用達ようたしと云う断りが出る、と箱三はこさんの札は、裏返らないでも、電話口の女中が矢継早の弓弦ゆんづるを切って、断念あきらめて降参する。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
保さんの母五百いおの話に、五郎作は苦味走にがみばしったい男であったということであった。菓子商、用達ようたしの外、この人は幕府の連歌師れんがしの執筆をも勤めていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今来て見るとまるで方角も分らんくらいで、——迷亭にでもれてあるいてもらわんと、とても用達ようたしも出来ません。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
途中で二軒ほど用達ようたしをして、家へ帰って夕食を食って、それから近所の湯へ行くと、その留守に善八が来ていた。
染屋の宿の実家へ用達ようたしにゆくというていで、おりんは高麗の峡谷きょうこくから武蔵根のすそへ降りてゆきます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)