生涯しょうがい)” の例文
五十余年の生涯しょうがいの中で、この吉左衛門らが記憶に残る大通行と言えば、尾張藩主の遺骸いがいがこの街道を通った時のことにとどめをさす。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼らの残りの生涯しょうがいは、自己真似まねをすることのうちに過ぎてゆき、昔生存していたころに言いし考えあるいは愛したところのことを
もとよりかかる変わった事件は彼の生涯しょうがいにおいてきわめてまれであった。われわれはただわれわれの知るところだけを物語るのである。
子供の時聖堂せいどうの図書館へ通って、徂徠そらい蘐園十筆けんえんじっぴつをむやみに写し取った昔を、生涯しょうがいにただ一度繰り返し得たような心持が起って来る。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蜉蝣かげろう生涯しょうがい永劫えいごうであり国民の歴史も刹那せつなの現象であるとすれば、どうして私はこの活動映画からこんなに強い衝動を感じたのだろう。
春六題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「えらい。おまえさん、人相見かね。そのとおりだよ。おれは陛下の忠勇なる陸軍大尉だった。生涯しょうがい、軍に身をささげるつもりだった」
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つくづくあなたのご生涯しょうがいを思えばただごとではない気がいたします。目に見えぬ悪業あくごうがあなたのうじにつきまとっている気がいたします。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
この高邁こうまいな精神にもかかわらず、薨去後に悲劇は起っている。憂悩をうちに抱いたまま、太子の生涯しょうがいは殉教の生涯だったと申してよい。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
たとえなおっても、あるいは眼がつぶれたり、あるいはあばたが残って、一生涯しょうがい、その人はいやな思いをしなければなりません。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ただ自分は普通の人の運命と違った運命を持っている人間であると自分を思って、生涯しょうがいをここで果たす気になっているがいい。
源氏物語:48 椎が本 (新字新仮名) / 紫式部(著)
伊那丸いなまるは、遠くへ向かってを合わせた。空をやく焔は、かれのひとみに、生涯しょうがいわすれぬものとなるまでやきついた。すると、不意だった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なに面白おもしろくねえことがあるもんか。二十五りょうといやァ、おいらのような貧乏人びんぼうにんは、まごまごすると、生涯しょうがいにゃぶらがれない大金たいきんだぜ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
きんは、爪を染めると云う事も生涯しょうがいした事がない。老年になってからの手はなおさら、そうした化粧はものほしげで貧弱でおかしいのである。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
おれの二十年の生涯しょうがいは、沙金のあの目の中に宿っている。だから沙金を失うのは、今までのおれを失うのと、変わりはない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それが出来ないなら、むしろ、「かつ粗衣そい)をて玉をいだく」という生き方が好ましい。生涯しょうがい孔子の番犬に終ろうとも、いささかのくいも無い。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
あなたの生涯しょうがい随分ずいぶんつらい一しょうではありましたが、それでもわたくしのにくらぶれば、まだはるかにはなもあって、どれだけ幸福しあわせだったかれませぬ。
就中此の夫人の、びしい、しょざいない、泣くにも泣かれない孤独な生涯しょうがいおもうと、事実こう云う顔つきをしていたらしい気もするのである。
とんだことさ。』と、ミハイル、アウエリヤヌイチは聴入ききいれぬ。『ワルシャワこそきみせにゃならん、ぼくが五ねん幸福こうふく生涯しょうがいおくったところだ。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
いかに繁劇はんげき生涯しょうがいを送る人でも、折々いわば人生より退しりぞいて黙想するの必要あることは、たがいの経験で明らかであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
お銀を妻とするについても、女をよい方へ導こうとか、自分の生涯しょうがいおもうとかいうような心持は、大して持たなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大宗匠たちの臨終はその生涯しょうがいと同様に絶妙都雅なものであった。彼らは常に宇宙の大調和と和しようと努め、いつでも冥土めいどへ行くの覚悟をしていた。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
娘艶儀、御前様へ生涯しょうがい抱切かかえきりお妾に差上げ申し候ところ実証なり。婿栄三郎方は右金子をもって私引き受け毛頭違背いはい無御座候。為後日証文依而如件よってくだんのごとし
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのとき、この勝利の感情は長い生涯しょうがいのあいだ一つの拠りどころを与えてくれるように彼には思われたが、それもまったくばかげたことではなかった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
いよいよ自分の文学的生涯しょうがいも、これで幕をとじたというかんじなのである。当時の私には、そういう誇張こちょうした感情にも、ぬきさしならぬものがあった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
しかし頑固がんこな意見はそれに注意を配らずに、全作品について、全生涯しょうがいについて、同じ一つの批判——あるいは黒のあるいは白の批判——で満足している。
この古びた学校のがっしりした壁に取りまかれて、私は、それでも退屈もせずいやにもならず、自分の生涯しょうがいの十歳から十五歳までの年月を過したのである。
とにかくあすの会見の次第に依っては、僕の生涯しょうがいの恩師が確定されるかも知れないのだ。実に、重大な日である。今夜は僕は、どうしたらいいのだろう。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その古い色を見ると、木村の父のふとぱらな鋭い性格と、波瀾はらんの多い生涯しょうがい極印ごくいんがすわっているように見えた。木村はそれを葉子の用にと残して行ったのだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
でも、その時わたしが味わったような至福の感じは、わたしの生涯しょうがいにもはや二度と再び繰返くりかえされなかった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
離婚はミンナの意志でありその後ワグナーが別れた妻に対して経済的援助を続けたにしても、無知な病妻を生涯しょうがい看通みとおさなかったことに対しての非難は免れない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
『スウェーデンにて I Sverige』、『わが生涯しょうがいの物語 Mit Livs Eventyr』
絵のない絵本:02 解説 (新字新仮名) / 矢崎源九郎(著)
この二人ふたり夫婦ふうふは、それからのちながあいだ子供こどもというものがなく、さびしい生涯しょうがいおくったのであります。
星の子 (新字新仮名) / 小川未明(著)
『スウェーデンにて I Sverige』、『わが生涯しょうがいの物語 Mit Livs Eventyr』
ちょうどわしが修行に出るのをして孤家ひとつやに引返して、婦人おんな一所いっしょ生涯しょうがいを送ろうと思っていたところで。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生涯しょうがいこまることのないくらいのお金もちでした。それですからね、わからずやはろくなものになれっこないなんて、決して、そんなことをいうものではありませんよ。
郷里の家を生涯しょうがいの住家ときめて、ひとりぼっちはひとりぼっちなりの楽しみもあったというのである。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
道江みちえ生涯しょうがいの幸福のために?——なるほど、自分は心のどこかで、そんなことを考えていないのではない。だが、それがはたして自分の真実の願いだと言えるのか。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「けれども、だめだ、もうだめだ、もう戦争いくさはやんじゃった、古い号外を読むと、なんだか急に年をとってしまって、生涯しょうがいがおしまいになったような気がする、……」
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
僕に約束をして下さって、たゞ、時期を待てと仰しゃるのなら僕は何時いつまでも待ちます。五年でも十年でも、二十年でも、いな生涯しょうがい待ち続けても僕は悔いないつもりです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
無数に生まれて一人一人にかわった無量の生涯しょうがいのこしてった人のなかで、よい人とよくない人と、優れた人と劣った人と、満足した人としなかった人とをくらべてみたら
最も楽しい事業 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
神学的に言えば、イエスは創造の始めから神とともであったと言われますが、人としてのイエスの生涯しょうがいにあっては、神の子たる自覚はヨハネの洗礼を受けた時に始まっています。
まえさんは、こころのええおひとじゃ、わしはなが生涯しょうがいじぶんのよくばかりで、ひとのことなどちっともおもわずにきてたが、いまはじめておまえさんのりっぱなこころにうごかされた。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
われわれ三人の生涯しょうがいはあなたの犠牲とならねばならず、それも成功の後ならばともかく、それ、御存じの待合事件の後を受けて、またまた、そんな行跡が社会へ暴露した日には
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
稼いでも足りぬ時は手前をった印に生涯しょうがいでも恵んでやるから、これを持って往って稼げ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
親が満足に産みつけてくれた身体からだにもし生涯しょうがい人前に出ることの出来ないような不具な顔にでもなったら、どうしよう。そのことを考えるとまた夜の眼も眠られないことがあった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
一方は、燃ゆるがごとき新情想を多能多才のうつわに包み、一生の寂しみをうちめた恋をさえ言い現わし得ないで終ってしまった。その生涯しょうがいはいかにも高尚こうしょうである、典雅である、純潔である。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
「まあまあ、裕助はおだまりなさい。けれどもあなた、これは正三の一生涯しょうがいに関係することですから、一応正三の意向もたしかめ、私にも相談してくださるのがほんとうでございましょう?」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
生涯しょうがいいいすてし句、ことごとくみな辞世であるといった芭蕉の心境こそ、私どもの学ぶべき多くのものがあります。こうなるともはや改めて「遺言状」をしたためておく必要は少しもないわけです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
詩人がその空想の中でえがくような、ファンタスチックな夢の国は、現実の地球上にあるはずがない。しかも宿命的な詩人の悲願は、その有り得べからざる夢の国を、生涯しょうがい夢見続けることの熱情にある。
「あさはかなことを言うな、生涯しょうがいあの邸には住まわれぬ」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)