やぐら)” の例文
四つのやぐらのそそり立つ方形の城の中は、森閑しんかんとして物音もない。絵のやうにかすむリスタアの風物のさなか、春の日ざしに眠つてゐる。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
この炬燵こたつやぐらぐらいの高さの風呂にはいってこの質素な寝台の上に寝て四十年間やかましい小言こごとを吐き続けに吐いた顔はこれだなと思う。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十五糎の砲弾は、戦艦を沈めることは出来ないが、甲板かんぱんを焼き、やぐらをたおし、煙突をつき破る。敵艦は火の手をあげて、もえ出した。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
ここばかりでなく、恐らくは、やぐらの上でも、武者溜むしゃだまりでも、支塁のここかしこでも、一瞬ことごとく同じ思いにとらわれたのではなかろうか。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたしはそれを思うと、その大勢の同胞のために、喜んで三吉を、防空監視哨のやぐらの上に送りたいと思います。いいでしょう、兄さん
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
緩やかな斜面に沿つて、粗末な小舎カツテージが一棟。斜面の尽きるあたりに、水量の乏しい渓流。温泉鑿掘のためのやぐらが、その岸に立つてゐる。
浅間山 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
父はすぐその手桶に嘉永四年云々と書き認めていた。その時俄に邸内が騒がしくなって、火の見やぐらで鐘と板木はんぎとあえぜに叩き出した。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
よいと思ったら何事にも機敏な秀吉のことだから、直ちに陣営の塀ややぐらを白紙で張り立て、前面の杉林を切払って模擬城を築いた。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
階段が尽きると、百何十尺の空中に、探照燈を据付けた、四方開っぱなしの、火の見やぐらみたいな小室こべやがある。それで行きどまりだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
早朝上刻じょうこくから、お呼び寄せの大太鼓が、金線を溶かしたお城の空気をふるわせて、トーッ! トウトーットッとおやぐら高く——。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お雪ちゃんは、じっとその様子をながめただけで何とも言わず、ただ深々とやぐらの下に手を差込んで首を投げるばかりでありました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
西類子にしるいこ九郎兵衛などとおなじように、武士から町人になった、いわゆる引込ひっこみ町人で、七十歳で死ぬその年の秋まで、舵場のやぐらに突っ立ち
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「飛んだ災難——と言ひたいが、實は内儀さん、あのやぐらは落ちるやうに、繩をきつて置いたものがあると聽いたら、驚くだらう」
蠣殻町かきがらちょうの有馬の屋敷の火の見やぐらには、一種の怪物が棲んでいたのを火の番の者に生け捕られ、それが瓦版の読売の材料となって
山腹にあるやぐらのあたりまで登つてゆくと、鳥取の町がそこから見渡される。千代川はこの地方の平原を灌漑する長い水の流れだ。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
海上を見ればすぐ手近に、そのやぐらを黒く塗った、海賊船の親船が、しずまりかえって横たわり、こっちの様子をうかがっていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三の丸にいた味方の人数が二の丸へ追い詰められ、二の丸が窮屈になって本丸へなだれ込み、部屋と云う部屋、やぐらと云う櫓に人が充満した。
そして、頭を炬燵のやぐらの中へ突つ込み、蒲団をすつぽり被つて、息つまるやうな炭酸瓦斯の香にむせかへりながら、すぱ/\とむさぼり喫つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
と羽根つきながら風が出てくるとまじないに唄う大川端の下邸跡しもやしきあとである。向岸には大橋の火の見やぐらがあって、江戸風景にはなじみ深い景色である。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
小初は、み台のやぐらの上板に立ち上った。うでを額にかざして、空の雲気を見廻みまわした。軽く矩形くけいもたげた右の上側はココア色に日焦ひやけしている。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
町には古い火の見やぐらが立っていた。櫓のさきには鉄葉ブリキ製の旗があった。その旗は常に東南の方向になびいていた。北西の風が絶えず吹くからである。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
炬燵のやぐらを卓子にして、私は昼食を供せられた。青楓氏、夫人、令嬢、それから私、この四人が炬燵の四方に座を占めた。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
そのために炬燵のやぐらが半分丸出しになって、その左右に、お父様の黒いおみ足がニュッと二本つき出ておりましたそうで
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それでも猪や鹿が出沒して作物を荒すのでやぐらを掛けて猪を打たといふ時代もある。此枝へ吊るして鹿の皮を剥いだのだといふ澁柿の大木があつた。
菠薐草 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
爾時そのときであつた。あの四谷見附よつやみつけやぐらは、まどをはめたやうな兩眼りやうがんみひらいて、てんちうする、素裸すはだかかたちへんじた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
貫一はあやしみつつも息を潜めて、なほ彼のんやうを見んとしたり。宮は少時しばしありて火燵に入りけるが、つひやぐら打俯うちふしぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
又別の芸当(図629)では、鳥が梯子を一段々々登り、上方のやぐらに行ってから嘴でバケツを引き上げる。たぐり込んだ糸は脚で抑えるのである。
われかうべをかなたにめぐらしていまだほどなきに、多くの高きやぐらをみしごとく覺えければ、乃ち曰ふ、師よ、告げよ、これ何の邑なりや 一九—二一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
円陣の中央にはやぐらがしつらわれ、はじめて運び込まれたという、拡声機からはレコードの音頭歌が鳴りもやまずに繰返されてこずえから梢へこだました。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
橋のたもとは例の八ツ橋団子、深川へ渡ると狭い道が右と左、右は六間堀から高橋通り、左は八名川やながわ町、その角に消防最初の古風な火の見やぐらが眼についた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
博士はその折、女中が自分の膝側ひざわきに朱塗のやぐらのやうな物を置いてゐるのを見つけた。それを漬物台と知らうやうのない博士は一寸覗き込むやうにして
よくお城のやぐらに上ったり、広いお庭に出たりして、夜遅くまで月を見ていられました。月を見ていると、亡くなられたお母様を見るような気がしました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
高い鉄のやぐらだの、何階建かのコンクリートの壁だの、殊に砂利を運ぶ人夫だのは確かに僕を威圧するものだった。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
乗りつけて来たのは夏目次郎左衛門吉信である、彼は城のやぐらから、家康危急のさまをみて駈けつけたのであった。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今日も今日、父なる燈台守は、やぐらのうえに立って望遠鏡を手にし、霧笛きりぶえならしながら海の上を見戍みまもっていた。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
鬼髯おにひげが徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺かなつぼの内ぐるわに楯籠たてこもり、まゆが八文字に陣を取り、くちびる大土堤おおどてを厚く築いた体、それに身長みのたけやぐらの真似して
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
石小屋というのは山を背負って低く、出張って銃眼のあるやぐらを持っていて、土と同じ色のへいに囲まれていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
円筒から墜落する滝のわた。廻るローラー。奔流する棉の流れの中で工人たちの夜業は始まっていた。岩窟のような機械のやぐらが、風を跳ね上げながら振動した。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
余は奥村政信が堺町さかいちょう町木戸まちきどより片側かたかわには中村座片側には人形芝居辰松座たつまつざやぐらを見せ、両側の茶屋香具店こうぐてんの前には男女の往来せるさまを描きしものを見たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今もその城址じょうしには立派な城門ややぐらが残り、花の季節などには絵のようであります。雪に深い町でありますから、店の前に更にのきを設けて雪よけの囲いをします。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
大きなやぐらの形の模型をあちこち指さしながら、さっきのままの高い声で、みんなに説明しておりました。
グスコーブドリの伝記 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
軍治は立つにも立てず、蒲団の下で炬燵のやぐらをしつかりとつかみ乍ら、ぶるぶる小さい身体を顫はせた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
とうとうしまいに僕もSさんのやぐらの上にあがりこんで、いま描いている部分をちかぢかと見せて貰った。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やぐらができたら少なくも一年は放置して構造の狂いを充分に落ち着かせてからいよいよ観測にかかる。一点における観測作業に天気がよくても二週間ぐらいはかかる。
地図をながめて (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
瀬尾は備前の福隆寺畷ふくりゅうじなわてささせまりに城を構え、防禦の陣を急造した。楯垣を立て並べ、やぐらを立て、逆茂木を植え、城には幅二丈、深さ二丈の堀を掘って、待ち受けた。
仲店から伝法院へ曲がる角にあった火の見やぐらに火が掛かり、真赤になって火柱のように見えました。
奥の壁には一種のぶかっこうな丸窓みたようなものが一つある。たぶん砲弾の穴であろう。そのやぐらようのものには屋根がついていたが、今はその桁構けたがまえしか残っていない。
ふっと眼を上げると、向うには鶴子がやぐら突伏つっぷして好い気もちにスヤ/\寝て居る。炬燵の上には、猫がのどらさず巴形ともえなりに眠って居る。九時近い時計がカチ/\鳴る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
で、ふたたび炬燵の側へ戻って、額をやぐらの縁に押当てて、取りとめのない空想にふけりだした。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
ある日、長者がやぐらへあがつて沼の中を見渡すと、沼の中には一羽の白鳥が餌をあさつてゐたのぢや。長者は、急にその白鳥がほしくなつて、下僕しもべにいひつけて射らせたのぢや。
黄金の甕 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)