本所ほんじょ)” の例文
彼は本郷の叔父さんの家から僕と同じ本所ほんじょの第三中学校へかよっていた。彼が叔父さんの家にいたのは両親のいなかったためである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一犬いっけんきょえて万犬ばんけんじつを伝うといってナ、小梅こうめあたりの半鐘が本所ほんじょから川を越えてこの駒形へと、順にうつって来たものとみえやす」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
日来ひごろ武に誇り、本所ほんじょなみする権門高家の武士共いつしか諸庭奉公人となり、或は軽軒香車の後に走り、或は青侍格勤の前にひざまずく。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかし中洲なかずの河沿いの二階からでも下を見下みおろしたなら大概のくだり船は反対にこの度は左側なる深川ふかがわ本所ほんじょの岸に近く動いて行く。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雷門かみなりもんを中心とし、下谷したや浅草あさくさ本所ほんじょ深川ふかがわの方面では、同志が三万人から出来た。貴方たちも、加盟していただきたい。どうです!
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕はひどい流感りゅうかんにやられましたが誰も看病してくれるものがないので、三日ばかり呑まず食わずに本所ほんじょの木賃宿でうんうんうなっていました。
『猫じやらし』という一巻ものなどは即ちそれで、読んでみますると、本所ほんじょ辺の賤しい笑を売る婦人の上を描こうと試みて居るのでございます。
この本所ほんじょの裏町では、彼女の高貴めいた身装みなりだの端麗たんれいな目鼻立ちが、掃溜はきだめの鶴と見えるらしく、妙な尊敬を持つのだった。
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本所ほんじょのお竹蔵たけぐらから東四つ目通、今の被服廠ひふくしょう跡の納骨堂のあるあたりに大きな池があって、それが本所の七不思議の一つの「おいてけ堀」であった。
おいてけ堀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
はなはだしきは社寺とか権門の名義だけを借りて、僅少な名義料を「本所ほんじょ」に納めて、実は自分が開墾を経営した場合も少なくないのであります。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
河竹さんとは、本所ほんじょに住む黙阿弥翁もくあみおうのことで、二人娘の妹さんが絵をかき、姉さんはお父さんの脚本のお手伝いをした。
そうしてその流した子は、一朱内外を添えて、隅田川のほとり、本所ほんじょ回向院えこういんへ収めたという事が書き添えられている。
すると本所ほんじょ北割下水きたわりげすいに、座光寺源三郎ざこうじげんざぶろうと云う旗下が有って、これが女太夫おんなだゆうのおこよと云う者を見初みそめ、浅草竜泉寺りゅうせんじ前の梶井主膳かじいしゅぜんと云う売卜者うらないしゃを頼み
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この篇の稿るや、先生一本を写し、これをふところにして翁を本所ほんじょの宅におとないしに、翁は老病の、視力もおとろえ物をるにすこぶる困難の様子なりしかば
瘠我慢の説:01 序 (新字新仮名) / 石河幹明(著)
午後は体もぬくもり殊に今日はいたみもうすらぎたれば静かに俳句の選抜など余念なき折から、本所ほんじょの茶博士より一封の郵書来りぬ。ひらき見れば他のことばはなくて
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
三人は互いに雀躍こおどりして、本所ほんじょ方面の初冬らしい空に登る太陽を迎えた。あかくはあるが、そうまぶしく輝かない。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たとえば京橋区きょうばしく日本橋区にほんばしくのごとき区域と浅草あさくさ本所ほんじょのごとき区域とで顕著な区別のあることが発見されている。
函館の大火について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それで自分は、天神川の附近から高架線の上を本所ほんじょ停車場に出て、横川に添うて竪川たてかわ河岸かし通を西へ両国に至るべく順序をさだめて出発した。雨も止んで来た。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
高く澄んだ空には美しい玉のような星の光りが、二つ三つぱっちりとかがやいて、十四日の月をはらんでいる本所ほんじょの東の空は、ぼかしたように薄明かるかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ナニ、東京は東京だがね。少し場末ばすえなんだ。本所ほんじょ宝来館ほうらいかんという活動小屋なんだ」益々意外な返事である。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかしたれにたよろうというあてもないので、うろうろしているのを、日蓮宗の僧日明にちみょうが見附けて、本所ほんじょ番場町ばんばちょう妙源寺みょうげんじへ連れて帰って、数月すうげつめて置いた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
本所ほんじょの五ツ目に天恩山羅漢寺らかんじというお寺がありました。その地内じない蠑螺堂さざえどうという有名な御堂がありました。
まぐろのぬたと云ったのに浅蜊あさりのぬたを持って来た、すると忠太のやつは鼻柱にしわをよせて、本所ほんじょじゃこのごろ浅蜊を鮪って云うようになったのかいってよ、——けっ
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
本所ほんじょのような一ばんひどかった部分では、あっと言って立ちあがると、ぐらぐらゆれる窓をとおして
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
三月十日の未明、本所ほんじょ深川ふかがわを焼いたあの帝都空襲の余波を受けて、盛岡もりおかの一部にも火災が起きた。丁度その時刻には、私は何も知らずに、連絡船の中でぐっすり寝ていた。
I駅の一夜 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
だが時としては、そうした面倒のない手軽の旅に出かけて行く。即ち東京地図を懐中にして、本所ほんじょ深川の知らない町や、浅草、麻布あざぶ、赤坂などの隠れた裏町を探して歩く。
秋と漫歩 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
私は子供たちと茣蓙の上で遊びながら、お金を貰いに、本所ほんじょから歩いて来たとか深川から歩いて来たとか云う人たちに、「林さんはさっき出て行きましたよ」と嘘を云った。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
毛利小平太もうりこへいだ小商人こあきゅうどやつして、本所ほんじょ二つ相生あいおい町三丁目、ちょうど吉良左兵衛邸きらさひょうえやしきの辻版小屋筋違すじかい前にあたる米屋五兵衛こと、じつは同志の一人前原伊助まえばらいすけの店のために
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
虎太夫は中気で、本所ほんじょ石原いしはら見横町みよこちょうに長らく寝ていますが、私は此大師匠に拾われました捨児で、真の親という者を知りませんのです。私には大師匠夫婦がうみの親も同然。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そういう塀つづきのはずれに、うすいのいろをにじませた本所ほんじょ石原町の街があった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
私の方からは遠い本所ほんじょくんだりに余り足が向かなかったが、緑雨は度々やって来た。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
お島はぞろぞろ往来ゆききしている人やくるまの群に交って歩いていったが、本所ほんじょや浅草辺の場末から出て来たらしい男女のなかには、美しく装った令嬢や、意気な内儀かみさんもたまには目についた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
東京の本所ほんじょで、やはり自転車屋をしていた彼女一家が、今どこにどうしているか、おそらくは三月九日の空襲くうしゅうで一家全滅ぜんめつしたのではなかろうかと考えだしたのは、戦争も終るころだった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
言われる通り、二三歩遠退とおのいて、ともしびまばらな本所ほんじょ河岸かしの方を向いたまま
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その後このオムニバスの残骸は、しばら本所ほんじょの緑町によこたわっていたのですが、その後どうなりましたかさっぱり分らなくなってしまいました。これから後に鉄道馬車が通るようになったのです。
銀座は昔からハイカラな所 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
本所ほんじょ。鎌倉の病室。五反田ごたんだ同朋町どうほうちょう和泉町いずみちょう柏木かしわぎ新富町しんとみちょう。八丁堀。白金三光町しろがねさんこうちょう。この白金三光町の大きな空家あきやの、離れの一室で私は「思い出」などを書いていた。天沼あまぬま三丁目。天沼一丁目。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
本所ほんじょ茅場町かやばちょうの先生の家は、もう町はずれの寂しいところであった。庭さきのかきの外にはひろい蓮沼はすぬまがあって、夏ごろはかわずやかましいように鳴いていた。五位鷺ごいさぎ葭切よしきりのなく声などもよく聞いた。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
私が東京に来て、三筋町のほかにはやく覚えたのは本所ほんじょ緑町であった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
最後の吃又どもまたの幕が開く少し前、舞台の方の拡声機が絶えずいろいろな人の名前を、———「本所ほんじょ緑町の誰々さあん」、「青山南町の誰々さあん」、———と呼び立てるのを聞いていた時であった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
夕方、本所ほんじょのごみごみした町の、とある路地ろじの奥にある、海の上でも一日として忘れたことのないなつかしい我が家へ入ると、すぐ下の妹、十五になるすみが、前掛まえかけで手をきながら飛び出して来た。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
「芝にはそんな所はない、錦糸堀は本所ほんじょだわえ!」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ありますよ。ちょいと、乗りかえ。本所ほんじょは乗り換えじゃないんですか。」髪を切り下げにした隠居風の老婆ろうば逸早いちはやく叫んだ。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大導寺信輔の生まれたのは本所ほんじょ回向院えこういんの近所だった。彼の記憶に残っているものに美しい町は一つもなかった。美しい家も一つもなかった。
下谷したや佐竹ッぱらの浄るり座や、麻布あざぶ森元もりもと開盛座かいせいざを廻り、四谷よつや桐座きりざや、本所ほんじょの寿座が出来て、格の好い中劇場へ出るようになるかと思うと、また
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「機首を左へ曲げ、隅田川すみだがわ沿って、本所ほんじょ浅草あさくさの上空へやれ。高度は、もっと下げられぬか」そう云ったのは、警備司令部付の、塩原参謀しおばらさんぼうだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ところで、その日は本所ほんじょの親類の者が、夕方から来ることになっていたので、その日はそのまま帰って、その翌日、とうとう神保町で電車を降りた。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すこしおそいが、大引おおびけ過ぎのこぼれを拾いに、吉原なかへでもかせぎに行こうと、今し本所ほんじょのほうから、吾妻橋の袂へさしかかっていた一ちょうの辻駕籠。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
糟谷かすやはあければ五十七才になる。細君さいくんはそれより十一の年下とかいった。糟谷は本所ほんじょしてきて、生活の道が確立かくりつしたかというに、まだそうはいかぬらしい。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
あとは瓦が数枚落ちたのと壁に亀裂が入ったくらいのものであった。長男が中学校の始業日で本所ほんじょの果てまで行っていたのだが地震のときはもう帰宅していた。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
江戸は本所ほんじょの方に住んでおられました人で——本所という処は余り位置の高くない武士どもが多くいた処で、よく本所の旗本ぱたもとなどと江戸のことわざで申した位で
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)