しな)” の例文
薪割りから水汲みと、越後から来た飯炊男めしたきおとこのように実を運んでも、笹の雪、しなうと見せて肝腎なところへくるとポンとねかえす。
すぐ眼の前に藪がかぶさっていて、雪でしなった枝葉のあいだから、細い笹の幹がぼんやりと見え、つい鼻のさきで、新らしい雪が匂った。
しかし私はこの女優が芸術家としての修養は、これ程の重い歎きにも堪へ得るだけの感情のしなやかさを持つてゐるに違ひないと思つてゐた。
といふやうな声を出して、彼は満足と緊張とのためにあの調子外れな表情になつて、しなつた竿をしつかりと引きつけはじめた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
そういううちにマダムの背後うしろに隠れていた白い肉付きのいい右手が前に出て来た。その手には黒い、短い、皮革なめしがわむちがシナシナとしなっていた。
継子 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それが殆ど折れそうなくらいにしないながら自分の花を持ちえているそばなどを通り過ぎる時は、私は何んだか切ないような気持にすらなった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ところどころ細い枝などが列をはずれて往来へ差し出ているのを、通りながらくぐけたり、しなわしたりして行き過ぎるのが何より愉快だった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
武道で鍛えあげた彼の体は、脂肪あぶら贅肉ぜいにくも取れて、痩せすぎるほどに痩せていた。それでいて硬くはなく、しないそうなほどにも軟らかく見えた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼女の感じでは、平生でもミシミシしなうヘギのような梯子段はしごだんが、両側から帆のように膨らむ壁と壁に挟まってメリメリ壊れかけて来たと思えた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かッとめ、極めはずした不思議のはずみに、太い竹がしののようにびしゃっとしなって、右の手の指を二本うちみしゃいだ。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
風にさえ、すぐブランブラン揺れる足場だし、歩くと、上下にもしなうので、自然、その上での動作は曲芸師の身ごなしが身につく程なものだった。
よしよ。今じゃあ痛くもなんともないが、打たれた時にあ痛かったよ。だって布袋竹ほていちく釣竿つりざおのよくしなやつでもってピューッと一ツやられたのだもの。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ポプラの大木は鞭のようにしない曲りながら、撓い返すと見る間に、片側の葉は残らずぎ飛び、現れた枝は半身むしり取ったこのしろの骨のように見えます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それでも敷居しきいをまたぐと土間のすみのかまどには火が暖かい光を放って水飴みずあめのようにやわらかくしないながら燃えている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
足下の地面がしなうのを感ずる下水夫らは、いつもまず第一に、その道具袋やかご泥桶どろおけを投げ捨てるのであった。
そう叫んだ彼は、冒険だったが横に出ている大枝の上を静かにっていった。枝はすこししなったけれど、三つ股のあるところへは、ずっと届きやすくなった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
父は故意わざと背を反らすようにして私を困まらせようとする。私は全身に力を入れて押しあげようとする。が、父の体はどっしりして重く、手がしなうようになる。
種紙の青む頃 (新字新仮名) / 前田夕暮(著)
二人分を感じて、私の心はしなうようです。撓いつつ甘美な苦痛を感じて、折れないという自覚のよろこび。
天秤棒てんびんぼうしなはせながら「金魚ヨーイ、鯉の子……鯉の子、金魚ヨイ」といふ觸れの聲がうら淋しい諧調を奏でて聞えると、村ぢゆうの子供の小さな心臟は躍るのだつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
葉のない木も、細いこずえの先まで雪を附けてしなっていた。樹氷にまつわりつかれて重くなっているのだ。ときわ樹は枝葉の上に山のように積みあげて幹から外れそうであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
それを無理に紫繻子が引張るので、そのたびに、つかまっている柱がしなって、テント張りの小屋全体が、大風の様にゆれ、アセチリン瓦斯ガスつりランプが、鞦韆ぶらんこの様に動いた。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しなってる枝々はその喜びの腕を、光り輝く空のほうへ差し伸ばしていた。急湍きゅうたんは笑ってる鐘のように響いていた。昨日は墳墓の中にあったその同じ景色が、今はよみがえっていた。
しかししないぐあいはたしかにこのほうが柔らかで、ぎごちなくないように思われる。
錯覚数題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一人が棹を弓のようにしなはせて、遅々として水に逆つて来たが、私の乗つてる船と、行き違はうとして、ひどい波におつかぶせられ、向うもこつちも、ヅブ濡れになつて、両方の船が
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
萩の枝がしなうばかりに露の置いたおもむきで、そう具体的に眼前のことを云って置いて、そして、「寒くも時はなりにけるかも」と主観を云っているが、感の深い云い方であるのは、「も」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
七分間で最終の停車場ステエシヨンに下車し、香港ホンコンホテルの門前に出て支那人のく長い竹のしなこし椅子に乗つた。轎夫けうふは皆跣足すあしである。山じやうみちすべてコンクリイトで固められて居る。石を敷いた所もある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
風は林檎の枝に歌い、花のたわわな枝は風に揺れ、風にしなった。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
風を切つて刀のしなひを試めし
しなへる棹をあやつりて
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
いろいろ当ってみたんだが、しなうのも困るし重くっても困るし、それで彫物部屋の伊助さんに相談したんだ、あの人は木を
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
眼尻の吊りあがった狐目でもしているどころか、張のある、くりっとしたうつくしい眼で、しなったような長い睫毛がほんのりと眼に深みをつけている。
生霊 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ほおの豊かな面長の顔で、それに相応ふさわしい目鼻立ちはさばけてついているが、いずれもしたたかに露を帯びていた。身丈も格幅かっぷくのよい長身だが滞なくしなった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
むかつてひだりはした、なかでも小柄こがらなのがおろしてる、さを滿月まんげつごとくにしなつた、とおもふと、うへしぼつたいと眞直まつすぐびて、するりとみづそらかゝつたこひが——
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しかし小さいだけあって、鈴なりに枝をしなわして、累々るいるいとぶら下っているところがいかにもみごとに見える。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ささえになった竹の幹は横にしなって、むらざさの葉からバラバラと瑠璃るりの雨……お米へ無残な露しぐれ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
象牙ぞうげのような指を持った、ぎゅっと抱きしめたらしなって折れてしまいそうな小柄な綺羅子は、舞台で見るよりははるかに美人で、その名のごとく綺羅を極めたあでやかな衣裳に
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
タラタラとしずくしたたった。スーッと肩まで持ち上げた。全体格が弓のようにしなった。思うさま胸が突き出された。ワングリと両乳房が膨れ上がった。全身の力が腰に集まった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
机の上にフリージアの花があってね、はじめピンと軽く立っていたのが、花が一つ一つひらきはじめたら、その花々の重さで茎が何とも云えないリズムをもってしなっています。
危急の際に底のどろの中で出会ったその足場は、底部の向こうの一端だった。それは曲がったままこわれないでいて、板のようにまた一枚でできてるかのように、水の下にしなっていた。
五十マイル、六十哩、彼の車は車体がしなう程の速力で、車輪も宙に疾駆した。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その富田とんだ屋の里栄さとえは、つて地唄の『雪』を舞つた。仏蘭西の象徴派詩人の作にあるやうな、幽婉いうゑんな、涙ぐましいこの曲の旋律は、心もち面窶おもやつれのしたをんなの姿に流れてしなやかな舞振まひぶりを見せた。
誰かが獲物を掛けたらしく、中腰になつて、大きくしなつたまゝで力強く顫へてゐる竿を両手でゆるやかに引よせにかゝると、彼等は何かの気配でそれと悟るのか、いつせいに釣り手の方をふりむく。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
月光に濡れた工兵中尉の剣光がビィヨンビィヨンと空間にしなった。
戦場 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
よくしなう大阪格子の戸をあけると、口髯ばかりいかめしい貧相な男が、袴のうしろをひきずりながら出てきた。
雲の小径 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
よるの樹立の森々しんしんとしたのは、山颪やまおろしに、皆……散果ちりはてた柳の枝のしなふやうに見えて、鍵屋ののきを吹くのである。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
半三郎の持っている竿がしなった。もっと大きく撓い、水面で魚が跳ねた。彼はその撓う竿を持ったまま、頭を垂れた、低く頭を垂れて、そして口の中で囁いた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自然だとて慾望もある、肉体もある。あのすざましい噴火の焔、あれを見て誰が意志の無いものと思えようぞ。このごうごうとしなう大地、誰が無生物と思えようぞ。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
綺麗きれいき取った〕頭髪とうはつもまた非常に多量で真綿のごとく柔くふわふわしていた手は華車きゃしゃで掌がよくしない絃を扱うせいか指先に力があり平手で頬をたれると相当に痛かった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かなり荒廃した海鼠塀なまこべいの一軒の屋敷、そこでミリッと生木の裂けるような音がしたかと思うと、松の枝をしなわせて塀を越えた一人の若者が、ひらりと、大地へおどり立ちました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木がよく枯れていないので、重い洋書を載せると、棚板が気の引けるほどしなった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)