掛念けねん)” の例文
これではとても文学でパンを得る事は覚束おぼつかないと将来ゆくすえ掛念けねんしたばかりでなく、実は『浮雲』で多少の収入を得たをさえ恥じていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ええそういうわけなら御嫁に来て上げましょうと、その場ですぐ承知しないとも限るまいと思って、ひそかに掛念けねんいだいたくらいである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あえてとがむるにらずといえども、これを文字にしるして新聞紙上におおやけにするに至りては、つたえまた伝えて或は世人をあやまるの掛念けねんなきにあらず。
そもそもまたわが日本の前途はいかん。まなじりを決して前途を望めば雲行はなはだ急なるを見るなり。吾人は実にこれを掛念けねんするに堪えざるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
娘を人の家に嫁せしめて舅姑の機嫌に心配あり、兄公女公こじゅうと親類の附合も面倒なり、幸に是等は円く治まるとしても、肝心の夫こそ掛念けねん至極の相手なれ。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
事情にうとい外国の婦人の身をもって、果して適当な配偶者を異郷に見出みいだすことが出来たであろうか、こうした掛念けねんがありありと老婦人の顔に読まれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あれが一人の母のことは彼さえいねば我夫にも話して扶助たすくるに厭は云わせまじく、また厭というような分らぬことを云いもしますまいなれば掛念けねんはなけれど
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
子供に種痘をすれば暫く熱が出ること位彼も知っていたが、それは五日も続くものだろうか、何か他の病気になったのではなかろうかとそんな掛念けねんが起って来た。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
が味方の手綱には大殿(義貞よしさだ)が仰せられたまま金鏈かなぐさりが縫い込まれてあッたので手綱を敵に切り離される掛念けねんはなかッた。その時の二の大将(義興)の打扮いでたち目覚めざましい物でおじゃッたぞ
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
しかしどうやらジツト私の様子を見て居る様に掛念けねんされて、まだモヂ/\して居升と、折よくぢいやが庭の草花を植ゑ直す指図をしてらひに来て、母はぢいやを先にたて、行つてしまひ升た。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
恐らくは妻もまた、誰からと云う事なく、この恐しい噂を聞いていたのでございましょう。私は妻のことばが、私もそう云う疑を持ってはいはしないかと云う掛念けねんで、ふるえているのを感じました。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
不審ふしんといはゞ不審ふしんもたつべきながら子故こゆゑにくらきはおや眼鏡めがね運平うんぺい邪智じやちふかきこゝろにもむすめ何時いつ無邪氣むじやき子供こどもびしは脊丈せたけばかりとおもふかしやの掛念けねんすこしもなくハテなかかりしはむかしのことなりいま芳之助よしのすけなにとして愛想あいそつきぬものがあらうかむすめはまして孝心かうしんふかしおや命令いひつけることそむはずなし心配無用しんぱいむよう勘藏かんざう注意ちゆうい
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それまで自分の云った事について、その方面の掛念けねんをまるでもっていなかった私は、彼の言葉を聞くとひとしく、意外の感に打たれた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
商業家はその商業の前途はいかんと掛念けねんし、学者なり、宗教家なり、いやしくも現今の形勢を観察したるものはあわせてその将来をも知らんと欲し
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一、これまで駄賃だちんの儀、すべて送り状は包み隠し、控えのつけにて駄賃等書き込みにして、別に送り状をしたため荷主方へ付送つけおくりのこと多く、右にては一同掛念けねんやみ申さず。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
日本人においても敵味方てきみかたともに実際干渉かんしょう掛念けねんしたるものはあるべからず。
其波瀾を掛念けねんとならば、もくして弊事へいじの中に安んずるの外なし。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
私は今までひとの事と私の事をごちゃごちゃに書いた。他の事を書くときには、なるべく相手の迷惑にならないようにとの掛念けねんがあった。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
堅い石のかんの中に置いてすらどうかと思われるようなものを、まして漆もはいっていない木の箱の中に納めたのですから、よくいく日もちこたえようとは掛念けねんされましたが
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こういう父の顔には深い掛念けねんくもりがかかっていた。こういわれる私の胸にはまた父がいつたおれるか分らないという心配がひらめいた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いささかもその辺に掛念けねんなく押し切って充分の談判を願いたいと。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれども——代助は覚えずぞっとした。彼は血潮によって打たるる掛念けねんのない、静かな心臓を想像するに堪えぬ程に、生きたがる男である。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は二三度それを不愉快に経験した後で、あるいは今度も規則正しく一定の時間中繰り返さなければならないのかという掛念けねんに制せられた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうして叔父夫婦をあざむいてきたお延には、叔父夫婦がまた何の掛念けねんもなく彼女のためにだまされているという自信があった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しょうの知れぬ者がこの闇の世からちょっと顔を出しはせまいかという掛念けねんが猛烈に神経を鼓舞こぶするのみである。今出るか、今出るかと考えている。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかその悲劇ひげきまた何時いつ如何いかなるかたちで、自分じぶん家族かぞくとらへにるかわからないとふ、ぼんやりした掛念けねんが、折々をり/\かれあたまのなかにきりとなつてかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼らの不平のうちには、同情から出る心配も多量にこもっていた。彼らは兄の健康について少からぬ掛念けねんをもっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかしその悲劇がまたいついかなる形で、自分の家族をとらえに来るか分らないと云う、ぼんやりした掛念けねんが、折々彼の頭のなかにきりとなってかかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを平生の細心にも似ず、一顧の掛念けねんさえなく、ただ無雑作むぞうさ話頭わとうに上せた津田は、まさに居常きょじょうお延に対する時の用意を取り忘れていたにちがいなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貸してくれと切り込んで頼んだ時は、ああ手痛てきびしく跳ね付けて置きながら、いざ断念して帰る段になると、かえって断わった方から、掛念けねんがって駄目を押して出た。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
して呉れと切りんでたのんだ時は、あゝ手痛てきびしく跳ね付けてきながら、いざ断念して帰る段になると、却つて断わつた方から、掛念けねんがつて駄目だめしてた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「はあ賛成員にならん事もありませんが、どんな義務があるのですか」と牡蠣先生かきせんせい掛念けねんていに見える。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
実を云うと、今朝けさ兄から「二郎、二人で行こう、二人ぎりで」と云われた時、自分はあるいはこの問題が出るのではあるまいかと掛念けねんしておのずいやになったのである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人とも父の病気について、色々掛念けねんの問いを繰り返してくれた中に、先生はこんな事をいった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだとこを離れるほどに足腰がかないうちに、三山君に遺った詩が、すでにこの太平の趣をうたうべき最後の作ではなかろうかと、自分ながら掛念けねんしているくらいである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして死は明け渡る夜と共に退いたのだろうぐらいの度胸でもすわったものと見えて、何らの掛念けねんもない気分を、障子しょうじから射し込む朝日の光に、心地ここちよくさらしていた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれどもそんな家族のうちに、私のようなものが、突然行ったところで、素性すじょうの知れない書生さんという名称のもとに、すぐ拒絶されはしまいかという掛念けねんもありました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と申すのは種々の職業をもっておられる方々のすべてに興味のあるようなことは、私の研究の範囲、あるいは興味の範囲からしてとても力に及ばないという掛念けねんがあるからです。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下女の返事が私の想像と一致したので、私はそれ以上の掛念けねんはぶいて、ごろりとそこに横になりました。すると衣桁いこうはじにかかっている兄さんの夏帽子がすぐ眼に着きました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女は石像をさえ、自分と比較して愛人の心をうかがって見る。ヴィーナスを愛するものは、自分を愛してはくれまいと云う掛念けねんがある。女はヴィーナスの、神である事を忘れている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
きのうの澄み切った空に引きえて、今朝宿を立つ時からの霧模様きりもようには少し掛念けねんもあったが、晴れさえすればと、好い加減な事を頼みにして、とうとう阿蘇あそやしろまではぎつけた。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の頭は考えれば考えるほど、同じ場所に吸いついたなりまるで動くことを知らなかった。そこへ、どうしても目指す人には会えまいという掛念けねんが、不安を伴って胸の中をざわつかせた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たとい母が心配するにしても、単に彼女に対する掛念けねんだけが問題なら、あるいは僕の気随きずいをいざという極点まで押し通したかも知れなかった。僕はそんな風に生みつけられた男なのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
死んだ過去のうちに静かにちりばめられて、動くかとは掛念けねんしながらも、まず大丈夫だろうと、その日、その日に立ち退いては、顧みるパノラマの長く連なるだけで、一点も動かぬに胸をでていた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)