くじ)” の例文
お組の声はすっかりしおれて居ります。お園と張合って、一寸も退けを取らなかったお組にしては、それは思いも寄らぬくじけようです。
それでもいい塩梅に頭をたなかったんですけれど、左の足を少しくじいたようで、すぐにお医者にかかってゆうべから寝ているんです
半七捕物帳:16 津の国屋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「足をくじいたのさ。立つことに定めてあった朝、道子さんの大切にしていた九官鳥が逃げ出した。ロマンスといえば先ずあれだろうね」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
でも、その手つきにいつものような力がなく、途中で腰を折られたようにくじけた。いつも無遠慮なコーリヤに珍らしいことだった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
伸子は、彼の気をくじく気はなかった。佃が、重い筆を働かして、それだけの仕事をしたのは、彼女も悦びと感じているのであった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
『ナニ、くじくとふのか』公爵夫人こうしやくふじんあいちんやが、地軸ちゞくつたのをくじくとちがへて、『むすめあたま捩斷ちぎつてしまへ』とひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
外国公使らの専横をくじいて、凜然りんぜんとした態度を持ち続けたことにかけては、老中の右に出るものはなかったと言い出したものもあった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕は相手の気勢をくじくつもりで、その言出すのを待たず、「お金のはなしじゃないかね。」というと、お民は「ええ。」とあご頷付うなずいて
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし多くのばあい戦の成敗は微妙なある瞬間に懸っている、全滅を期した源七郎の戦気が、ついに敵の鋭鋒えいほうくじくときがきた。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
コンナ連中を片端かたっぱしからタタキたおして、逃げ出すくらいの事は何でもないとも思ったが、親方の死骸を見ると妙に勇気がくじけてしまった。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ぬけぬけと、ようそんな顔ができたものだ。彼方かなたの僧房を覗いてみよ、汝のために手足をくじかれた怪我けが人が、枕を並べてうめいておるわ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとり仏の文豪ヴィクトル・ユーゴーはいうた、神はこの朝二、三十分間の小雨を降らしてナポレオンの勢威をくじいたのであると。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
泥鉢は一堪ひとたまりもなく踏潰ふみつぶされた。あたかも甚平の魂のごとくにくじけて、真紅の雛芥子は処女の血のごとく、めらめらとさっと散る。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれはこの能力のために、今日まで一図に物に向って突進する勇気をくじかれた。かず離れず現状に立ちすくんでいる事がしばしばあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子の計画も惨敗におわり、立て直そうとした小説道への精進もくじけたとなると、彼女の運命も庸三の手には支えきれなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
飛び上がる方ももちろんかないませんでしたが、飛び下りる方になると、大抵たいていの者は足をくじいたりこしの骨を折ったりして、逃げ戻りました。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
木の芽はいくらんでも摘んでも生える。正義はどんなことがあってもやり通す。爆弾事件なぞが幾度いくたびあったって志士の決心はくじかれない。
青年の天下 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
これで日本人の出鼻をくじこうとしたのである。彼女の計は見事まとに当って、日本人は蒼白な顔に苦笑を浮べたきり黙り込んだ。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
殊にこの返事にもあるように、さきは一途に人形を見に来たと思って、直ぐその手柄話になるであろう。そうしたらいよいよ出鼻をくじかれる。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
脊骨せぼねくじいた人が三人程に、火傷やけどの人や、三階や二階から落ちた人や、盲腸炎もうちょうえんの人や、なか/\種々な種類の患者が居ります。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ちあがろうとしたけれど、駄目です。折れ曲った両脚がもう利かなくなっています。転ぶ拍子に何処ぞくじいたのでしょう。
むしろこのごろは毎日、九州の飛行場を爆撃に来るという執拗しつっこさ、熱心さである。わが特攻隊の出鼻をくじかんためであることはいう迄もない。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
するとその同志は奇妙な顔をした。案に違わず五日目にアジトを襲われた。その時同志は窓から飛んだ。飛びは飛んだが足をくじいてしまった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
どうかしてあの鼻先をくじいて、この際、思い入り恥辱を与えてやりたいものだと、番組を持つ手先がブルブルと慄えるほどに残念がりました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ともすればくじけようとする気力を、正統を信ずる心によってむち打ちつづけた厳しくもわびしい感触をあたえているのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
剣付鉄砲けんつきでっぽうを肩にして調練に三ヶ年の長の月日をやられては、第一技術の進歩をくじき、折角のこれまでの修業も後戻あともどりする。
その苦痛を忍びてわが志をくじくことなく、一寸の兵器を携えず片手の力を用いず、ただ正理を唱えて政府に迫ることなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この時我身いかばかりえわが心いかばかりくじけしや、讀者よ問ふ勿れ、ことば及ばざるがゆゑに我これをしるさじ 二二—二四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
彼は左の手をくじいていた。動かすことが出来なかった。はげしい痛みに堪えられなかった。で、彼は転げ廻った。土佐犬が悲しそうに吠え立てた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、筋々がれるほどの痛みを感じた。骨の節々のくじけるような、うずきを覚えた。……そうして尚、じっと、——じっとして居る。射干玉ぬばたまの闇。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
自分の命を投げ出したこともあり、強きをくじき弱きをたすくるを主義とし、を見ればいかなることにも躊躇ちゅうちょしなかった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
文麻呂 何が駄目だ! おい、しっかりしろ! 勇気を出すんだ! そんなことでへなへな気がくじけるようでどうする。……戦いはこれからだぞ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
その他山田長政が威を暹羅シャムに振いたる、天竺てんじく徳兵衛が印度に渡りたる、浜田弥兵衛が台湾にある和蘭オランダ人をくじきたる、みな元和げんな、寛永の間にありとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ところが、日がたつにつれて、反撥する気持がくじけ、ふと眼に浮ぶ彼の面影にわけもなく心をときめかすやうになると、もうどうにもしようがない。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
が、その内に素戔嗚と争ったものは、手を折られたり、足をくじかれたりして、だんだん浮き足が立つようになった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今春の議会に海軍拡張案を提出した政府がしきりに日本を例に引いて反対党の気勢をくじいたのは目覚めざましい現象であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そして彼の本心は、彼をくじき苦しめ打ち折った後、恐ろしい煌々こうこうたる落ち着いた姿をして彼の上につっ立ち、彼に言った、「今は平和に歩くがいい!」
勇は首だけミチの方へ向けたが、横坐わりしたピンクの裾からあざやかにのぞいた白く豊かな線の暗い奥に眼がぶつかると、くじけた様に荒い言葉を呑んだ。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
「あいや、伊達だて侯……先刻よりお見受けするところ、御貴殿、首をまっすぐに立てたきり、曲がらぬようじゃが、いかがめされた。寝くじきでもされたか」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
己は後見になって、弱きを助け強きをくじき、不当者のある時は仲へ入って弱い者を助けて遣りいとの志を立てまして、幼い時から剣術を習いましたが
この信條を持つてゐれば、私の心はどんな場合でも復讐ふくしうに惱まされたり、墮落にひどきずつけられたり、不義の爲めにぺしやんこにくじかれたりしないで濟むの。
その人たちはこの物語を気違い沙汰ざただと思って、極力彼女の名声をくじこうとするとともに、一方には狼狽してその物語を一笑にふしてしまおうと努めている。
生の意志をくじいて無に入らせようとする、ショオペンハウエルの Quietiveクヰエチイフ に服従し兼ねてゐた自分の意識は、或時懶眠らんみんの中からむちうち起された。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いたくもこの弁論に感じたる彼の妻は、しばしば直道の顔を偸視ぬすみみて、あはれ彼が理窟りくつもこれが為にくじけて、気遣きづかひたりし口論も無くて止みぬべきを想ひてひそかよろこべり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
昼間の、灼かれようともくじけない人道主義ヒューマニズムの天使が、夜は、想像もされない別貌をしてあらわれたのだ。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
鷲郎に助けられて、黄金丸は漸く棲居へ帰りしかど、これより身体みうち痛みて堪えがたく。加之しかのみならず右の前足ほねくじけて、物の用にも立ち兼ぬれば、口惜くやしきこと限りなく。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
颶風ぐふうの勢少しくくじけたるとき、こゝに坐したる女子をみなごの、彼恢復せられたるエルザレム中の歌を歌ひ、耳を傾けて夫の聲のこれに應ずるや否やをうかゞひしこと幾度ぞ。
「飲め」傍の二人に聞かすように、「俺だちは、強きをくじき弱きをたすける性分しょうぶんだから、しかたがない」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
泉原は家主の婆さんからその話をきいて、すっかり気をくじかれてしまった。やや明るくなりかけていた気持が大きなたなごころで押えつけられたように、倏忽たちまち真暗になって了った。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
が、瀕死の瀬戸際に臨んでも少しもくじけなかった知識の向上慾の盛んなるには推服せざるを得なかった。紅葉は真に文豪の器であって決してただの才人ではなかった。