たしか)” の例文
男は足場を選びながらゆっくり歩いて来る、四辺あたりが静かなので、身動きをしても気付かれるに違いない。——誰だかたしかめてやりたい。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
亭「へい中身なかごは随分おもちいになりまする、へいお差料さしりょうになされてもおに合いまする、お中身もおしょうたしかにお堅い品でございまして」
しかしあの「よごれて戻る」様子は、すこぶるのんびりした情景である。「春風」を配合しないでも、たしか春風駘蕩しゅんぷうたいとうたるところがある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
あつくして問るべしまづ第一に天一坊の面部めんぶあらはれしさうは存外の事をくはだつる相にて人を僞るの氣たしかなり又眼中に殺伐さつばつの氣あり是は他人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
故に慾心と云ふもの仰山ぎようさん起り來て、天理と云ふことをさとることなし。天理と云ふことがたしかわかつたらば、壽殀何ぞねんとすることあらんや。
遺教 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
「早々本意を達し可立帰たちかへるべしもし又敵人死候しにさふらはば、たしかなる証拠を以可申立もってまをしたつべし」と云う沙汰である。三人には手当が出る。留守へは扶持ふちが下がる。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「待って下さい私です」坂口は大声に叫んで後を追かけたが、二人はたしかに後を振向きながらも、そのまま一散に疾走し去った。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
今詳に之を知るによしなしと雖も、蛤貝の殼の内に魚鱗の充實じうじつしたるを發見はつけんする事有れば貝殼を以て魚鱗をのぞく事の有りしはたしかなるべし。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
それにあのくるくると巻かれた口、あの口はたしかにこの世のものではありません。あれは悪魔の口です、恐ろしい因果を捲込まきこんだ口なんですよ
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
が、そういう瑕瑾かきんを認めても、なお、玄蕃允の素質は、たしかに、衆にすぐれていた。べつに、良いところを、多分に持っていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此歌も余りまずいから、多分後の物語作者などが作ったのだろうと思われては迷惑であるから断って置くが、たしかに右衛門集に出ているのである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
余計な穿鑿せんさくだては入らないことと、しい探出さがしだそうとはしなかったが、たしかな説に拠ると、上州で、かなり資産家の一人息子に父親は生れたらしい。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一番繁く出入して当人たしか聟君むこぎみ登第とうだいえいを得るつもり己惚うぬぼれてゐるのが、大学の学士で某省の高等官とかを勤める華尾はなを高楠たかくす
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
僕はここで白状するが、この時の僕はたしかに十日以前の僕ではなかった。二人は決してこの時無邪気な友達ではなかった。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「——課長」吾妻の声はふるへり「川地さん、——かし篠田はさとつて居るらしいのです、たしかに覚つて居るらしいのです」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
尤も今は絶滅してしまったが、内地にも狼の一亜種である朝鮮狼の一層小形になった山犬の居たことはたしかで、その山犬に狼という字があてられている。
二、三の山名について (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
三千代ののあたり、苦しんでゐるのは経済問題であつた。平岡が自力で給し得る丈の生活費を勝手の方へまはさない事は、三千代の口吻でたしかであつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
提灯ちょうちんをかざして橋の下を見ると、波の上にたしかに物影があって、しきりに浮きつ沈みつしていることを認めました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どのくらいの温度か知りませんが、たしか百三十度以上の温泉でありました。はなはだ冷めたいというようなものはなかったです。いずれも透明な清水である。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
れば、とやさしき名と覺えしが、何とやら、おゝ——それたしかに横笛とやら言ひし。嵯峨の奧に戀人こひびとの住めると、人の話なれども、定かに知る由もなし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
だからこれは物理学的仮説としてはたしかに無理な内容のものではあるが、経験的事実と理論的認識との連絡づけが仮説であるという意味を偶〻たまたまよく物語っている。
辞典 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
先づ大丈夫と思つた。書く、書く、と心に誓つた。ズウデルマンは、「芸術家よ、ゑがけ、語るなかれ。」と云つたと聞いた。自分はたしかに語り過ぎた。交り過ぎた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
お秋さんは鼻筋のたしかな稀な女である。然し世間の若い女の心に滿足と思はるべきことは一つも備はつてない。かう思ふと何となく同情の念が思はず起るのである。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
かつその趣味の微妙な処がわかつて居るといふことは、この一冊の画を見てもたしかに判ずることが出来る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
否々、たしか糸女いとめにて釣りしなり、今日は水濁り過たれば、小鱸は少しも懸らず、鯰のみ懸れるなり。其の如きものを呑み居しは、想ふに、その鯰は、一旦置縄の鈎を
釣好隠居の懺悔 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
たしかにここと見覚えの門のとぼそに立寄れば、(早瀬、引かれてあとずさりに、一脚のベンチに憩う。)
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とにかくまああれなら人柄だけはたしかなやうだから、私はあらかた取り極めて置いたんだけどね。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
百千年来圧制の下に養われて官民共に一般の習慣を成したるこの国民の気風を活溌かっぱつに導かんとするには、お辞儀の廃止もおのずから一時の方便で、その功能はたしかに見えました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
たしかに此故とは申難きことなれども、ひそかに是を考へ思ふに、さて御奉行ともうすは日々に諸方の公事訴訟を御裁判被成、御政務の御事繁く、平人と違ひ、年中に私の御暇有る事稀也
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
すべて赤誠と確信からほとばしずるものであって、その一語が、ただちにその人の名誉地位に連関し、一命をして吐露する、というほどの概があるならば、その言はたしかに「行」である。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それともなく見ちがえたのだろう、たしかにこの貞之進と見たらば何とか云ったに相違無い、証拠には我れ玄関に立出た時、羽織の紐を結びながらあなたどうぞと云って跡は聞えなかったが
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
血液ガ混入シタカドウカヲ念ノタメニたしかメテ見ルノガ常識ニナッテイル。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
え、犬、犬を目「爾よ、プラトと云う黒犬をさ、店番がたしかにプラトを認めたと云う事だ」此語を聞きて藻西太郎の驚きは殆どたとうるに者も無し、彼れ驚きしか怒りしか歯を噛みこぶしを握りて立ち
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
……先日は貞助様(領左衛門舎弟)御入京御座候ところ御匇々そうそうにて残意少からず存じ奉り候。さて愚意いささ御咄おはなし申し候ところ、御承知にて早速金百両御差し向け下され、たしか収手しゅうしゅ御芳情感佩奉り候。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
ト云うはたしかに昇の声。お勢はだらしもなく頭振かぶりを振りながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
わしはたしかにお前の宿命を見透した。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
本人にあっては滑稽でも何でもないであろうが、あわただしく三味線をやめて嚔をしたという事実には、たしかに或滑稽味が伴っている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
「妙な作声つくりごえをしていたけどたしかに橋本の奴だ。また詰らぬ悪戯いたずらをして笑おうというのだろう、その手に乗ってたまるかってんだ」
劇団「笑う妖魔」 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
山鹿の別荘から出て来たのはたしかだけれど、もっとも考えてみれば、後姿を、それも輪廓だけで、或は別人だったのかも知れない——と思いついた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
湊川の土かつぎを、いつもしている気で、働いていることはたしかでございます。佐々さっさの旦那も、それだけは証人になって下さるだろうと思います
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上着にもたしかに二種の別有り。第一種は普通のフラネル製のシヤツの如く胸部きやうぶより腹部ふくぶけてたてに眞直に合はせ目有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
其れからと云ふもの、昨日迄の無情の世の中とはうつかはつて、たしかに希望のある楽しき我が身と生れ替つたのです、——そして日曜日が誠に待ち遠くて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
くらなかから大事だいじさうにしてたと所作しよさくはへてかんがへると、自分じぶんつてゐたときよりはたしかに十ばい以上いじやうたつといしなやうながめられただけであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
されどこれは大町の百瀬ももせ君が大正二年に鹿島槍惻から此方面を探検されて、通行の可能なることをたしかめられた。
八ヶ峰の断裂 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
見懸みかけられざりしやあとの宿にてたしかに昨日の晝頃ひるごろに通りしときけもし見當り玉はゞをしへ玉はれといふに善六はくだんの小袖を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
純一はそれをたしかめたいような心持がしたが、そんな問を発するのは、人に言いたくない事を言わせるに当るように思われるので、気を兼ねて詞をそらした。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
孝「そういたしますると、廊下を通る寝衣姿ねまきすがたたしかに源次郎と思い、繰出す槍先あやまたず、脇腹深く突き込みましたところ間違って主人を突いたのでございます」
しかし年はわかいし勢いは強い時分だったからすぐにまた思い返して、なんのなんの、心さえたしかなら決してそんなことがあろうはずはないと、ひそかにみずから慰めていた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
十津川とつがわの時の中山卿、朔平門外さくへいもんがいで暗殺された姉小路卿、洛北らくほくの岩倉卿、それらはたしかに公卿さんには珍しい豪胆な人に違いないが、この高村卿の突拍子には格別驚かされる。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まあ我々が早く読み早く数えて一時間位で済ます加減乗除の勘定を彼らは四人ばかり掛ってたしかに三日間の仕事があるのですから、実に迂遠千万うえんせんばんと言わなければならんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)